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研究・観測活動

北極温暖化研究の序章

地球温暖化の中で、北極域では海氷域面積の急減、海洋上層の水温上昇、地上気温や地温の著しい上昇、氷河・氷帽の消耗、グリーンランド氷床の融解、そして永久凍土の融解に伴うメタン等の温室効果気体の放出が懸念される等、様々な変化が起っている。これら環境の変化に伴う植生の変化、生物圏の変化は、さらに温室効果気体の交換や陸上アルベードの変化として気候・環境にフィードバックをもたらす可能性もある。積雪面積・期間の減少、人為起源ブラックカーボンの雪氷面アルベード低下、大気中二酸化炭素増加による海洋酸性化の進行など様々な異変が起こっていて、人間生活・生態系への影響も懸念される。このように、北極温暖化は、待ったなしで解明を求められている緊急課題である。これら北極温暖化の現況把握とその背後に潜む様々な気候の仕組み、フィードバック機構の解明をめざし、大気・海洋・雪氷分野をまたがる観測・研究計画の樹立をめざし、研究の体制固めと予備解析を進める。

国立極地研究所では、これまで、南極域の研究は大気・物質循環研究をはじめ氷床コア解析、南大洋観測など共同研究としても大いに進められてきたが、北極域においては、過去にはいくつかのプロジェクトが実施されてきたものの、現在では定常的な観測を細々と継続する以外共同研究の大きな動きにはなし得なかった。そこで、国内外の研究グループの加わる本格的な北極温暖化研究の構築をめざし、解析、計画検討の共同研究が必要となった。分野ごとの具体的な研究内容は次の通りである。

気候・海氷・海洋研究

国際極年(IPY)2007-2008観測として実施されてきたTHORPEX Winter観測結果や観測船LANCEなどによる海洋上大気の観測結果の解析を進め、北太平洋の低気圧活動やグリーンランド海など中・低緯度側の大気循環場が北極域の大気循環にどのように影響しているか、それが北極域・海の擾乱や降雪、エネルギー収支を通じて温暖化にどのような寄与をしているかを明らかにする。温暖化に伴うストームトラックの偏倚も重要な課題である。さらに、北極域における雲分布がこれらの大気循環場にどのように関連し、またどのような放射収支の偏倚を引き起こしているか、近年の北極温暖化や海氷減少との関わりはいかなるものであるかについての解明を進める。

温室効果気体

北極域は,周囲を温室効果気体の人為的・自然的放出源である大陸に取り囲まれているため、気候・環境変化に対する温室効果気体循環の変動が最も顕著に現れる領域である。そのため、今後起こりうる気候温暖化によって温室効果気体の放出源・吸収消滅源がどのような応答を示すかを明らかにする上で、北極域における温室効果気体の長期時系列観測は最も基本的なデータを提供する。

本研究では、国立極地研究所ニーオルスン基地で1991年以来実施している系統的な大気採取を継続し、ニーオルスンにおける大気中の温室効果気体(CO2、CH4、N2O、SF6)濃度およびそれらの安定同位体比、O2/N2比の高精度時系列観測を行う。また、カナダ環境省研究所と共同で2007年から実施しているカナダ亜北極域チャーチルでの温室効果気体観測を継続し、特にCH4の安定同位体比の時系列観測を行う。得られた時系列観測データから、北極域における温室効果気体濃度・同位体比の変動を明らかにし、それらの変動原因と気候・環境変化との関係について解析を進める。

エアロゾル・雲・積雪面の放射過程

極域における大気地表面の放射過程では、雪氷面の持つ高い反射率(アルベド)が重要な役割を担う。大気中のエアロゾルや雲の散乱・吸収特性は地表面の高いアルベドによりその効果が増幅され、また、エアロゾルや雲粒子の乾性・湿性沈着により地表面アルベドそのものが変化する。そのため、エアロゾル・雲・雪氷面の放射過程とその気候影響の理解を深めるためには、現地観測に基づく研究が必要となる。極地研の研究活動として、北極・ニーオルスンでは、すでに長期間にわたり晴天大気を中心とする放射観測が行われている。また、現地ではAWIによりBSRN(基準地上放射観測網)としての放射観測(上下フラックス観測を含む)が行われている。しかし、積雪面反射特性に関する観測は行われておらず、また、積雪面との相互作用という観点での雲・放射の観測も十分とはいえない。近い将来のエアロゾル・雲・積雪面放射過程の総合観測の計画立案に向けて、既得データの解析を通してフィージビリティ・スタディを行う。観測の実施にあたっては、北極センターが運営するRabben観測施設の他に、Zeppelin観測所、AWIPEV観測所、気象タワーを利用することになるため、関係機関との連携が不可欠であり、その調整を行う。

これまで継続してきた基本的な気候要素の観測を継続し、これまで取得されてきた様々な試資料を分析・解析することで、北極温暖化研究のフィージビリティー・スタディーを行い、将来の研究計画を構築することが目的である。

氷河・氷帽

国立極地研究所は1990年代にはスバールバルやカナダ北極群島で、また、2002年にカナダユーコン準州で浅層雪氷コアを掘削し、北極域の多点において、過去数十年~数百年の気候・環境変動に関する情報を蓄積してきた。これにより、北極域における1930~40年代の温暖化や大気汚染物質の変動の地域差などについて、重要な知見を得た。その後、雪氷コア掘削当時は情報が乏しかったブラックカーボンや、大気-雪面―海氷表面の間の物質交換過程に関する観測研究、また、大気・気候変動のテレコネクションに関するモデル研究が進展し、直接観測が行われていない北極の氷河や氷帽においても、これらの研究を進めることが重要であるとの認識が高まってきた。また、2002年以後、国立極地研究所は新たな雪氷コアの掘削を実施しておらず、温暖化が顕著になった1990年代後半~2000年代にかけてのデータが欠如している。このような背景により、北極の氷河・氷帽における新たな浅層氷コアの掘削と観測の必要性が高まってきた。

本研究では、過去に掘削した多点北極雪氷コアの解析データを整理し、解析を進めることにより、気候・環境変動のテレコネクションに関する研究を実施する。サンプルが残っているコアについては、高時間分解能の詳細分析を実施するとともに、ブラックカーボンの分析を試みる。さらに、今後、新たに浅層コアを掘削するための研究計画を立案する。浅層コア掘削だけでなく、氷河・氷帽におけるブラックカーボン大気-雪面―海氷表面の間の物質交換過程に関する観測計画も立案する。新たな浅層コア掘削と氷河・氷帽における観測を実施するためには、国内における共同研究体制を構築し、外国との共同研究を立ち上げることが必要であり、本研究によって、内外の研究機関との共同研究体制を確立する。

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所 北極観測センター
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