氷床コア中の空気組成に過去数十万年の
南極の日射強度が記録されるメカニズムを解明

掲載日:2009年10月8日

 国立極地研究所(所長:藤井理行)および北海道大学低温科学研究所(所長:香内晃)は、南極ドームふじ基地(図1)で採取された氷床コアの空気組成に過去数十万年の南極の日射強度が記録されるメカニズムを解明しました。氷床コアを用いた気候変動史の研究では,氷の年代を正確に決める必要があります。南極地域の日射強度の変遷は、太陽と地球の天文学的な軌道計算によりわかることから、空気組成のうちの「酸素・窒素比率」のデータをこれと比較することにより、年代を決定してきました(図2)。しかし、なぜ日射強度が酸素・窒素比率に影響をあたえたのかが未解明でした。研究グループが南極の雪の微細層構造を先端技術群を用いて調べた結果、夏に強い日射を受けた雪の層ほど硬くなり、より長い時間をかけて氷に変化することを見いだしました。そして、時間の長さが氷床コア中の空気組成に影響を与えていることを説明しました(図3)。本研究は、過去の気候変動の発生年代やタイミングの研究を進展させる基盤となります。

研究の背景

 氷床コアを用いた古気候変動の研究では、南極の氷に閉じこめられた空気成分などから過去の気候を復元する。過去数十万年の氷の年代の推定には、氷床コアから抽出した空気中の酸素・窒素比率と、天文学的に計算をした夏の日射強度の経験的な同期関係が有力な手がかりとされてきた(図2)。しかし、これまでこれらの両者の因果関係は未解明であった。夏の日射の影響を直接受けるのは南極の雪のごく表面であるのに対し、氷床コアに空気が閉じこめられるのは雪がその自重によりつぶれて最終的に通気度を失う深度約80〜100メートルである。太陽が南極表面の雪にどう作用し、信号が深部に沈降する雪のなかでどのように維持され、そして深度約80〜100メートル付近の気泡形成にどんな影響を与えているのかが研究上の課題だった。

研究対象・手法

 北海道大学低温科学研究所の本堂武夫教授を代表とした研究グループは、雪の圧密や気泡の形成過程についての理解を深めることを目的に、南極ドームふじ(図1)から1993年に採取された112m長の氷床コアを用いて、その微細構造の発達を調査した。測定項目は、マイクロ波誘電率、ミリメートル分解能の密度、空隙の3次元構造、それに結晶主軸方位分布である。これらに加え、既に測定されていた雪の通気度の連続計測データをあわせてデータの分析を実施した。上記の全計測がミリメートルから2センチメートル以下の高分解能の計測であり、且つ、革新的な計測手法であった。南極の雪の層構造が前例のない内容と詳細度で明らかになった。

研究成果

 ドームふじの積雪は数センチメートル毎の密度のコントラストをもつ層構造をなしている。この層構造は夏の日射により発生する。30メートル深付近までは、この密度は雪を構成する氷と空隙の構造異方性と明瞭な正の相関をもつ。対照的に、より深部ではこの相関が負に転ずる。この事実は初期に低密度であった層の密度が、初期に高密度であった層の密度に追いつき追い越していく「交差現象」の存在を意味する。これに加え、雪の変形はこの初期低密度層で選択的に発生している無数の痕跡を見いだした。さらには、初期高密度層は、深度約80〜100メートル付近で高い通気度をもつことが判明した。これらの事実から、強い日射を受けた雪ほど深部での通気度が高く、結果として長い時間をかけて気泡が形成されることが明らかになった(図3)。氷結晶の内部を空気が通過する際に、酸素と窒素の分子サイズの差が原因となって酸素が選択的に逃げ出してしまい、氷のなかに取り残される酸素の量が相対的に少なくなることがわかった。同時に、氷の中に取り込まれる空気の総量も少なくなることがわかった。

発表論文

 この成果は9/30付けの米国地球物理学会誌[Journal of Geophysical Research – Earth Surface –]電子版に掲載されます。

論文タイトル

Metamorphism of stratified firn at Dome Fuji, Antarctica: A mechanism for local insolation modulation of gas transport conditions during bubble close-off(南極ドームふじにおける積層化したフィルンの変態: 地域日射が気泡クローズオフ中のガス輸送条件を変調するメカニズム)

著者

Shuji Fujita 1, Junichi Okuyama 2, 3, Akira Hori 2, 4, Takeo Hondoh 2

1 National Institute of Polar Research, Research Organization of Information and Systems, Midori-chou 10-3, Tachikawa, Tokyo, 190-0014 JAPAN

2 Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University, N19, W8, Kita-ku, Sapporo, 060-0819, JAPAN

3 Present address: Advanced Applied Science Department, Research Laboratory, IHI Co., Ltd., Shin-Nakahara-Cho, 1, Isogo-ku, Yokohama, 235-8501, JAPAN

4 Present address: Department of Civil Engineering, Kitami Institute of Technology, 165 Koen-cho, Kitami, Hokkaido, 090-8507, JAPAN

 

図1:南極大陸とドームふじ地域

 

図2:天文学的な軌道計算により算出した南極地域の日射強度の変遷(緑、左軸)と氷床コアの「酸素・窒素比率」(赤、右軸)の比較。(引用元:Kawamura他 (2007), Northern Hemisphere forcing of climatic cycles over the past 360,000 years implied by accurately dated Antarctic ice cores, Nature, 448(7156), 912-916, doi:10.1038/nature06015.)

 

図3:メカニズムの模式図。フィルン(雪と氷の中間状態)の底部での空気輸送が、南極の地域日射の変動の結果として影響をうける。横軸は深さ。現在のドームふじでの78mから104m深付近でこの現象が起きている。 (i) 深さとフィルンの通気度の関係の模式図。通気度の上限が日射によって変動することが、気泡の形成が完了する深さの変動として反映する状況を示す。(ii) 深さと、形成された気泡の体積の関係を示す模式図。強い日射を受けた雪に起源をもつフィルンの中では、気泡形成の完了が遅れる。これは、気泡から、まだ気泡として閉じていない空隙に向かって空気が移動できる時間を長くする。