グリーンランド氷床の表面温度を過去4千年にわたり正確に復元

掲載日:2011年11月22日

グリーンランドでは近年記録的な高温が続き、それに伴い沿岸部では急速に氷床が融解しています。こうした温度変動とそのメカニズムを探るため、国立極地研究所を中心とした国際研究グループは、グリーンランド氷床コア中の気泡を分析したデータを用いて、過去4千年間の温度変動を復元することに成功しました。その結果から、過去4千年のグリーンランド氷床頂上付近の気温は、長期の寒冷化傾向と数十〜数百年スケールの上下変動で特徴づけられることが分かりました。最近十年間の平均気温は、過去4千年間に出現した温暖期と同等であり、過去千年のなかでは、2回しか起こらなかった特に気温の高い時期に匹敵することが判明しました。気候変動予測モデルによれば、人類が排出し続けている温室効果ガスによって温暖化がさらに進行することが指摘されており、今世紀の終わりのグリーンランドの気温は過去4千年の気温変動範囲をも超えてくると懸念されます。人類や社会に影響の大きい温暖化と、結果として起こる海水準変動を予測するために、今後さらに監視と分析を必要とします。

研究の背景

グリーンランドでは、周辺の急速な温暖化に伴い近年氷床の縁辺部で融解が進んでいる。たとえば、1993年から2005年の海水面上昇の4-23%がグリーンランド氷床の融解によって発生したと見積もられている。このように、グリーンランドが海水面上昇にもたらす影響が大きいため、温度変動とそのメカニズムの理解は、将来の温暖化を予測するために欠かせない。こうした予測には、過去数千年規模の信頼できる気温復元データが必要とされていた。従来は、氷床コア(氷床で掘削した氷柱)にふくまれる水の同位体成分が温度の指標とされてきたが、種々の誤差を含む問題があった。そこで、本研究グループは、過去の氷床表面の温度を復元する新たな手法として、氷床コアの気泡中のアルゴンと窒素の同位体比を用いて氷床表面温度を導出する手法を開発した。この手法により、従来の温度復元手法より誤差を大幅に軽減し信頼度の高い復元結果を得た。

研究対象・手法

グリーンランド氷床の頂上付近にある氷床コア掘削地点「GISP2」(地図参照)から掘削された氷を米国スクリップス海洋研究所において分析し、気泡空気中のアルゴンと窒素の同位体比を分析した(Kobashi et al., 2008に出版済み)。本研究では、その同位体比データと積雪量の復元データ、掘削孔中の深さ方向の温度分布データ、雪や氷の圧密・熱伝導計算を組み合わせることにより、過去4千年の表面温度復元を実現した。最近十年の平均気温を、過去4千年の温度復元データと比べるため、過去約150年間の気象データを用いた。

研究成果

気温変動の長期傾向としては、過去4千年間で1.5℃程度の寒冷化傾向を見いだした。過去十年間(西暦2000年から2010年まで)におけるグリーンランド氷床の頂上付近の平均気温は、過去千年の温度記録のなかで2度起こった特に気温の高い時期に匹敵することが判明した。なお、それらの高温期は西暦1930-1940年代と西暦1140年代に発生している。過去4千年間には、現在を上回る温暖期が繰り返し発生していることがわかった。これらの結果から、最近十年間の平均気温は、過去4千年でみれば自然起源で変動しうる範囲に収まっている。しかしながら、人為起源の温室効果ガスの放出により今後さらに温暖化が進行することが懸念されている。IPCC第四次報告書でまとめられた気候モデルによる予測結果を、本研究の成果に照らし合わせれば、西暦2100年までにグリーンランドの温度が過去4千年の自然起源の変動範囲をこえる可能性が示唆される。さらなる温暖化と、結果として起こるグリーンランド氷床の融解の継続は、海水準変動を加速し、人類とその社会に影響の大きい変動となる。継続した監視と分析を必要とする。

発表論文

この成果は米国地球物理学連合誌 [Geophysical Research Letters] に11月10日に出版されました。Geophysical Research Letters, Vol. 38, L21501, doi:10.1029/2011GL049444, 2011

論文タイトル

High variability of Greenland temperature over the past 4000 years estimated from trapped air in an ice core(氷床コア中の気泡空気を使って復元された過去4000年のグリーンランド温度の高い変動)

著者

Kobashi, T.1,2, Kawamura, K.1, Severinghaus, J.P.2, Barnola, J.-M.,3 Nakaegawa, T.4, Vinther, B.M.5, Johnsen, S.J.5, and Box, J.E.6
1 National Institute of Polar Research, 10-3 Midoricho, Tachikawa, Tokyo 190-8518, Japan
2 Scripps Institution of Oceanography, University of California, San Diego, La Jolla, California 92093, USA
3 Laboratoire de Glaciologie et Géophysique de l'Environnement, CNRS - Université Joseph Fourier Grenoble, Saint-Martin d'Héres, France
4 Meteorological Research Institute, Japan Meteorological Agency, Tsukuba 305-0052, Japan
5 Centre for Ice and Climate, Niels Bohr Institute, University of Copenhagen, Juliane Maries Vej 30, 2100 Copenhagen Oe, Denmark.
6 Byrd Polar Research Center, The Ohio State University, Columbus, Ohio, USA

参考論文 Kobashi et al., Geochimica et Cosmochimica Acta, 72, 4675-4686, 2008.

図1:グリーンランドの地図とGISP2の場所(赤の四角)。

図2:グリーンランドでの過去4千年の温度復元結果。 [上段] 過去170年間の結果。[中段] 過去千年間の結果。[下段] 過去4年間年の結果。「気象観測データ(赤)」と「観測と気候モデルから導出したデータ(黒)」を、「氷床コアを使った温度復元データ(青)」と比較して示す。上段の点と細線は年データ、中段と下段の赤線と黒線は十年平均を表す。緑の丸と黒線は、最近十年間の氷床頂上部の平均温度(-29.9℃;2000-2010)。