「世界一のろい魚」発見!

掲載日:2012年6月8日

国立極地研究所を中心とするノルウェー極地研究所、ウィンザー大学(カナダ)との国際共同研究により、「世界一のろい魚」が発見された。北極海に生息するニシオンデンザメは、体の大きさや系統関係の違いを考慮すると、これまでに調べられたどんな魚よりもゆっくり泳ぐことがわかった。北極海の冷たい水の影響が、筋肉の活性を落とすという形で強く表れていると考えられる。それにもかかわらず、このサメはアザラシを襲って食べることが知られている。もしかしたら水面で眠るアザラシを狙うのかもしれない。

研究の背景

動物の体にとりつけるデータロガーで調べたところ、体長3mにもなるこの大きなサメは驚くほどのろかった。プロペラセンサーで記録した泳ぐ速さは、平均でわずかに時速1キロ。赤ちゃんのハイハイほどの速度である。泳ぎにともなう尾びれの動きの速さを、加速度の記録から推定すると、左右の往復運動になんと7秒もかかっていた。

これらの値を、体の大きさや系統関係の違いを考慮して他の魚と比較すると、これまでに調べられたあらゆる魚(ニシン、サケ、タラ、ヒラメ、マンボウ、チョウザメ、他のサメ等)よりも遅いことがわかった。

一般に、動物の筋肉の収縮速度は温度の低下とともに急激に遅くなる。北極海の冷たい水の影響で、尾びれの動きが鈍くなり、それにともなって泳ぐ速さも落ちているのだと考えられる。

南極の魚の中には、低水温の中でも高い筋肉活性を保てるよう、特別な適応をした仲間がいる。北極のニシオンデンザメには、そのような適応は見られず、低水温のなすがままにされていることがわかった。

不思議なことに、この「世界一のろい魚」はアザラシを襲って食べる。アザラシは哺乳類であり、体温を常に高く保っているので、低水温の中でも筋肉の活性を落とさずに済み、ニシオンデンザメよりもはるかに速く泳ぐことができるのに。

北極のアザラシは、ホッキョクグマを避けるために水面で眠ることがある。私もフィールドワークをしているときに、水面にプカプカ浮かぶアゴヒゲアザラシを見たことがある。死んでいるものと思ってボートで近づき、手でつっついてみたところ、ハッと目を覚ましたように動き出し、潜り去っていった。もしかしたらニシオンデンザメはこのように眠るアザラシを探し出し、襲っているのかもしれない。

雑誌名 Journal of Experimental Marine Biology and Ecology
タイトル The slowest fish: Swim speed and tail-beat frequency of Greenland sharks
著者 Watanabe YY, Lydersen C, Fisk AT, Kovacs KM

図1.ニシオンデンザメにデータロガーを装着。一番右側が筆者

図2.ニシオンデンザメ

図3.(A)これまでに調べられたあらゆる魚類における、泳ぐ速さと体重の関係。 (B)一秒あたりの尾びれの往復運動の回数と体重の関係。

図4.ニシオンデンザメと筆者