PANSYレーダーが南極最大の大気レーダーとして本格観測開始

掲載日:2012年6月19日

1. 発表者

佐藤 薫 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授(PANSYプロジェクトリーダー)
堤 雅基 国立極地研究所 研究教育系 准教授
(PANSYプロジェクトサブリーダー、第52次南極地域観測隊越冬副隊長)
佐藤 亨 京都大学大学院情報学研究科 情報通信システム専攻 教授(研究科長、第53次南極地域観測隊)

2. 発表のポイント

どのような成果を出したのか

南極昭和基地大型大気レーダーは、全体の1/4にあたるシステムの調整を終え、稼働に成功し、南極最大のレーダーとなった。現在対流圏・成層圏の観測を継続中である。

新規性(何が新しいのか)

オーストラリアDavis基地の中型の大気レーダーを超えて南極最大の大型大気レーダーとなったこと。

社会的意義/将来の展望

環境が苛酷であるため他の緯度帯に比べて遅れがちだった南極大気の観測的研究に大きな進歩がもたらされること。これにより気候の将来予測の精度向上に結びつくこと。

3. 発表概要

南極昭和基地大型大気レーダー(PANSYレーダー)(PANSY:Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar、東京大学大学院理学系研究科佐藤薫教授代表)は、2012年5月初めに、第53次南極地域観測隊により全体の1/4にあたるシステムの調整を終え、オーストラリアDavis基地の中型の大気レーダーを超えて、南極最大の大型大気レーダーとしての本格観測を開始した。これによってブリザードをもたらす極域低気圧の物理的解明や、オゾンホールにも関係する対流圏界面の時間変動などの研究が可能となる。現在、きわめて良好なデータが得られており、対流圏と成層圏の空気交換の様子がわかってきた。

PANSYレーダーは、第52次南極地域観測隊により2011年2月に南極昭和基地に建設された世界初の南極大気レーダーである。国立極地研究所堤雅基准教授を中心とする作業チームにより同年3月に部分稼動による初期観測に成功したが、その後の記録的な大雪被害のため、観測を中断していた。第53次隊では、18年ぶりの南極観測船「しらせ」の接岸断念という非常事態となったが、京都大学大学院情報学研究科佐藤亨教授を中心とする作業チームはこれを乗り越え、2011年12月下旬からの約1か月半の夏期間に、予定されていたアンテナの大移設作業を完遂した。そして、越冬中に予定されていた1/4のシステム調整を本年5月に終え、対流圏・下部成層圏の本格観測を開始した。

2012年11月出発予定の第54次隊では、PANSYレーダーフルシステムを稼働させる予定。これによってさらに上空の中間圏や電離圏での大気現象の解明にも取り組む。環境が苛酷であるため他の緯度帯に比べて遅れがちであった南極大気の観測的研究に大きな進歩がもたらされ、気候の将来予測の精度向上などが期待される。

4. 発表内容

2011年3月に部分稼動により初期観測に成功した南極昭和基地大型大気レーダー(PANSYレーダー:Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar)は、第52次南極地域観測隊が越冬期間中の2011年4月以降に記録的な大雪に見舞われ、アンテナエリアにも被害が出たため観測を中断し、周囲の比較的標高の高い場所へのアンテナ移設を検討していました。そして、53次隊を中心に2011年12月下旬から約1か月半にわたり移設工事を行いました。53次隊は現在まですでに数回のブリザードに見舞われていますが、移設先のアンテナにはほとんど積雪は見られていません。

第53次隊では、南極観測船「しらせ」の昭和基地接岸断念という18年ぶりの非常事態となり、輸送が大幅に制限されました。PANSY計画も2012年に予定されていた世界初の中間圏乱流観測を断念し、予定の1/2システム稼働から1/4システム稼働へと目標を変更せざるを得ませんでした。しかし、PANSY計画は「越冬成立」に次ぐ優先プロジェクトとして位置づけられていたため、移設に必要な建設機材、および、第54次隊で計画しているフルシステム稼働につなげるための屋内制御機器の全ての搬入ができました。2012年1月には、除雪後、52次隊で導入したシステムを立ち上げ、極中間圏雲に関連する強いエコーであるPMSE(Polar Mesosphere Summer Echo)の観測にも成功しています。

2012年2月下旬に夏隊が基地を出発した後は、越冬隊によりシステム調整が行われていました。そして、5月初めにほぼ終了し、対流圏と下部成層圏の観測が開始されました。図1は5月初旬の鉛直ビームを用いて観測されたエコー強度の時間高度断面図です。きわめて良好なデータが得られています。図には、気象庁の1日2回の高層気象観測により得られた対流圏界面の高度を重ねてあります。対流圏界面付近で散乱エコー強度が大きくなっており、それが時間的にダイナミックに変動している様子がわかります。これは、オゾンや水蒸気の量が大きく異なる対流圏と成層圏の空気の交換が盛んになされていることを示唆しています。今後、大型大気レーダーでのみ観測可能な鉛直風の推定等を行い物質交換に関する定量的解明を進めるとともに、ブリザードをもたらす極域低気圧や、オゾンホールに関連する極成層圏雲などの極域固有の現象に関する研究テーマに取り組んでいく予定です。

2012年11月出発予定の第54次隊では、海氷の状況等が平年どおりであれば、アンテナ全数を使用したPANSYレーダーのフルシステムを稼働させる予定です。フルシステムによって地上1kmから500kmの対流圏・成層圏・中間圏・熱圏/電離圏の観測が可能となり、環境が苛酷であるため他の緯度帯に比べて遅れがちであった南極大気の観測的研究に大きな進歩がもたらされることが期待されます。これによって、地球気候における極域の位置づけがより明確になり、気候の将来予測の精度向上に結びついていくことになります。

ホームページ:http://pansy.eps.s.u-tokyo.ac.jp/

5. 発表雑誌

本成果は、2012年5月に行われた日本地球惑星科学連合の連合大会、日本気象学会春季大会で発表されました。

6. 注意事項

解禁の制限はございません。

7. 問い合わせ先

研究に関すること

東京大学・大学院理学系研究科・地球惑星科学専攻・教授(国立極地研究所・客員教授) 佐藤 薫
TEL:03-5841-4668 / E-mail:kaoru@eps.s.u-tokyo.ac.jp

報道に関すること

東京大学大学院理学系研究科 広報室副室長 / 科学コミュニケーション准教授 横山広美
TEL:03-5841-7585 / E-mail:kouhou@adm.s.u-tokyo.ac.jp

情報・システム研究機構 国立極地研究所 広報室 川久保守
TEL:042-512-0655 / E-mail:kofositu@nipr.ac.jp

8. 用語解説

大気レーダー

大気中には風に乗って動く微弱な乱流が常に存在する。大気中に強い電波を発射すると、乱流から電波が散乱される(これを散乱エコーと呼ぶ)。大気レーダーは、大気乱流からの散乱エコーを受信し、その周波数のドップラー偏移を調べることで風を推定する。雨粒からの散乱エコーを受信する気象レーダーとは区別される。大気レーダーは大気中の物質や運動量輸送を研究するのに必要な風の鉛直成分を直接推定できる唯一の観測器である。PANSYレーダーは特に大型であり、フルシステム稼働によって中間圏の乱流散乱を受信できる感度も持つのが最大の特徴。現在のPANSYレーダーは1/4システムであるため中間圏の乱流散乱は検出できない。電子密度、電子温度、イオン温度等の推定に必要な電離圏散乱エコー観測もフルシステム稼働により初めて実現される。

対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、電離圏

平均的な気温の鉛直勾配の正負によって分類される大気領域の名前。成層圏と中間圏の境である成層圏界面は温度が極大となっている。この温度極大は、中低緯度および夏の極域では太陽の紫外線をオゾン層が吸収し大気を加熱しているためであるが、冬の極域は、大気波動が駆動する大気大循環によって維持されており、時間的に大きく変動する。電離圏は大気が電離している大気領域であり、中間圏~熱圏に広がるが、その広がりや電離の強さは季節や時刻による。たとえば、中低緯度の電離圏は1日変化が顕著であるが、極域では夏は白夜(太陽が1日中沈まない状態)となるため強い電離が長期間継続し、冬は極夜(太陽が1日中沈んだ状態)となるため電離が弱い状態が続くといった固有の特徴がある。

ブリザード

強い吹雪と強い地吹雪の総称。降雪がなくても積雪が舞い上がり吹雪となるのが地吹雪。風の強さや視程(目視可能な距離)、継続時間によって、強いほうからA級ブリザード、B級ブリザード、C級ブリザードに分類される。基準は国によって異なる。ブリザードは猛烈な低気圧の接近に伴うことが多いが、その精密な観測はまだ行われておらず、PANSYレーダーの観測に期待がかかる。

オゾンホール

南極の春に現れる成層圏のオゾン層が極度に薄くなった状態。南極を中心にオゾン層に穴があいたようにみえるためオゾンホールと呼ぶ。以前冷蔵庫などの冷媒、スプレーなどに使用されていたフロンを起源とする物質がかかわる光化学反応によりオゾン層が破壊されてオゾンホールが発生する。オゾン層破壊物質は、極成層圏雲と呼ばれる高度20km付近の極域固有の雲の表面で起こる反応によって生成されるので、中低緯度にはオゾンホールは出現しない。また、夏になると、中緯度のオゾン層のオゾンが極域に流れ込みオゾンホールは消滅する。このとき極域のオゾンが薄い空気が中低緯度に流れ出すので中緯度のオゾン層も薄くなる。現在の気候モデルではこのようなオゾンホールの季節変化を正確に予測できておらず、PANSYレーダーによる研究観測の成果が待たれている。フロンの使用は禁止されているが、フロンの寿命は長いのでオゾンホールは今世紀後半まで出現し続けると考えられている。北極の成層圏は南極よりも気温が高いため極成層圏雲が少なく、南極ほどのオゾン破壊が起こらないと考えられていたが2011年の3月には南極オゾンホールに匹敵するオゾン破壊が起こり注目されている。

越冬成立

冬期間に必要な食糧や燃料、観測機材などが昭和基地に到着し、越冬できる状態になること。53次隊ではしらせの接岸断念等のため輸送が大幅に制限され、昭和基地の備蓄燃料はあまり余裕のない状況である。

夏隊、越冬隊

南極観測船しらせは、1年に1度南極昭和基地と日本の間を往復する。つまり、11月中旬に日本を出発し、12月中~下旬に昭和基地に付近に到着。翌年2月中旬には昭和基地付近を出発して、4月中旬に日本に到着する。12月下旬から2月中旬の夏期間のみ南極で活動し、帰国するのが夏隊、1年間南極で長い冬を過ごし、出発の翌々年に帰国するのが越冬隊である。

過去のPANSYのプレスリリースの用語解説も参考にしてください。

昭和基地に世界初の南極大型大気レーダーを設置
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2010/43.html

南極大型大気レーダー初観測に成功
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2011/09.html

9. 添付資料

図1 2012年5月5~8日に観測された大気散乱エコー強度の時間高度断面図。オレンジの○は昭和基地における気象庁のラジオゾンデ観測により得られた対流圏界面の位置。対流圏界面ではエコー強度が強くなっており、時間的に大きく変動していることが明瞭にとらえられている。