東南極内陸部で、氷床と大陸岩盤の界面の大部分に融解水があることが判明

掲載日:2012年10月29日

国立極地研究所を中心とした研究グループは、南極大陸・東南極内陸部の広域において、大陸岩盤を最大約三千メートル以上の厚さで覆う氷床の底面の環境を詳細に調査しました。その結果、内陸地域の大部分で、氷床の底面は融解していることを見出しました。対照的に、南極の沿岸地域では、氷床底面が大陸岩盤に凍結している傾向にあり、谷地形や低地にのみ融解水が存在していることを見出しました。この観測事実から、南極大陸氷床では、内陸部の広域で大量の底面融解水が形成され、それが海岸部に向かって流れ出し、南極沿岸部の低地や谷地形を通じて海に流出している構造が存在することが明らかになりました。本研究は、南極大陸上を覆う巨大な氷床の基本的な存在メカニズムの一端を明らかにしたほか、将来に地球温暖化が進行した際の南極大陸氷床の挙動を数値モデル化して予測するうえで重要な基礎情報になります。

研究の背景

極地氷床の氷の下の環境において、融解水の存在の有無の判定は非常に重要と考えられている。たとえば、大陸内陸部から沿岸に向かって流出する氷の挙動で、底面融解水の有無は氷床流動の際の岩盤と氷の間の摩擦を支配すると考えられている。また、地球の気候変動史を探る目的で、氷床コアの掘削を実施する際に、より古い氷が融解・流出せず残るためには氷床底部が岩盤に凍結している地域を掘削地点として選点する必要がある。しかし、大陸の上に厚さ数千メートルをもつ氷の下の環境を知ることは容易ではない。こうした氷を電磁波が通過できるように設計したレーダを用意し、南極の内陸部に調査隊が広域に立ち入って探査する必要があった。南極大陸内陸は、厳しい気候により現地アクセスは難しく、詳細な現地広域データの取得が期待されてきた。「国際極年」の2007年と2008年に、国際連携による観測が実施された。

研究対象・手法

国立極地研究所を中心とした研究グループは、スウェーデン国と共同で、東南極ドロンニングモードランド地域内陸部広域の氷床環境を、雪上車隊で数ヶ月をかけて詳細に調査した。調査風景を図1に示す。調査の主要地域は、この地域の最高点であるドームふじを含む2800キロメートルの区間(図2)である。氷床の内部を電磁波が透過できるレーダを用いて、氷床の厚さの調査を実施した。氷床と大陸岩盤の界面で反射する電磁波の反射強度とその変動の特徴(図3)をとらえることにより、界面が融解しているかあるいは凍結しているかを判別した。融解・凍結の空間分布と関連のプロセスが明らかになった。


図1:氷床内部や底面をアイスレーダで探査しながら進む日本南極地域観測隊の内陸調査の雪上車。

図2:南極大陸における探査地域。昭和基地、ドームふじ基地、それにワサ基地を結ぶ広域の氷床環境を調査した。

図3:氷床の底面から反射してきたレーダの電波強度の一例。ドームふじ基地近傍の約300キロメートルの範囲のもの。底面が凍結している場合には、氷床が厚いほど、電波強度は弱まる。しかし、底面に水が存在すると、変則的に電波強度がはねあがる特徴をもつ。こうした特徴を分析し、底面に水があるかないかを地点ごとに判別できる。

研究成果

東南極での内陸部の広域では、氷床と大陸岩盤の界面には融解水があることが明らかになった(図4~6)。氷床下に山脈がある一部の地域は、例外的に界面は凍結している。対照的に、沿岸部では、界面が凍結する傾向にあるが谷地形や低地では融解水が存在する。ただし、こうした融解水の存在は、広域な内陸域からの融解水が流れ下る地域では見出すことができるが、低地であっても、上流からの水の流入がない地域では凍結していることがわかった。沿岸域では、谷地形や低地を通じて氷流が発生しており(図7に示す、しらせ氷河などの例)、底面融解水が、氷流の存在や氷床流動量を決定づける大きな要因となっていることが示唆された。近年の地球温暖化に対応した氷床流動の変動をモデル化して計算する際には、こうした物理メカニズムを計算モデルに組み込むことが不可欠である。

図4:図3に示した探査地域に沿った氷床の断面図。氷床底面の融解と凍結の状態を色で表現している。縦方向に約50倍の強調をしている。なお、コーネン基地近傍の約400キロメートルの区間は、レーダで基盤からの信号が得られず、底面の融解・凍結の判別対象から除外している。

図5:調査地域の大陸岩盤の標高図(背景の色地図)と氷床表面高度(等高線)に載せた、底面の融解・凍結の判別結果。内陸部は、その大部分が融解している。なお、図4と同様、東経0~17度の区間は、底面の融解・凍結の判別対象から除外している。

図6:底面の融解・凍結の判別結果を、調査地域の南極氷床の表面流動速度地図に載せた。背景の色地図が、人工衛星データを用いて米国の研究グループが調査した氷床表面流動速度。昭和基地やワサ基地近傍の沿岸地域において、氷床流動速度の速い地域は、氷床底面に水が存在する地域に一致する。南極内陸部から氷床の底面を流れ下った水が、基盤岩の低地や谷に集まった結果、その地域の氷の流動速度が大きくなったと解釈できる。(a)地域全体図。(b) 昭和基地、みずほ基地やしらせ氷河を含む地域を拡大した。しらせ氷河が、この地域の氷の大部分を海に輸送している。(c) スウェーデンのワサ基地およびドイツのコーネン基地を含む地域を拡大した。ベストストラウメン氷河の下に、大きな水流があることが判明した。


図7:南極昭和基地近傍に位置する白瀬氷河。この氷河は、内陸から沿岸に向かって流れる氷を海に排出する役割をしており、速い氷の流れは、内陸で大量に生成されて、氷の下を流れ下って底面の谷地形に到達した水によって起こっていると推定される。

発表論文

この成果は欧州地球物理学連合誌 The Cryosphere誌に出版されました。

論文タイトル

Radar diagnosis of the subglacial conditions in Dronning Maud Land, East Antarctica
(東南極ドロンニングモードランドの氷床下環境のレーダ診断)

著者

Fujita, S1. , Holmlund, P2., Matsuoka, K3., Enomoto, H4,1., Fukui, K1, Nakazawa, F1., Sugiyama, S5. and Surdyk, S1.
1 National Institute of Polar Research, Tokyo, Japan;
2 Stockholm University, Stockholm, Sweden
3 Norwegian Polar Institute, Tromsø, Norway
4 Kitami Institute of Technology, Kitami, Japan
5 Hokkaido University, Sapporo, Japan

論文出版情報

The Cryosphere, 6, 1203-1219, 2012
http://www.the-cryosphere.net/6/1203/2012/tc-6-1203-2012.html