未知の南極底層水を発見
─海洋大循環を駆動する一番重い水─

研究成果のポイント

  • 南極底層水は、全世界の海洋深層に拡がり海洋大循環を駆動し、全海水の30〜40%を占める。
  • 東南極(東経65〜69度)において、未知(第4)の南極底層水生成域を直接観測から発見。
  • ここでは、多量の海氷生産があることで重い水が生成され、南極底層水が生成される。
  • 近年、南極底層水の生成が減少していることが示唆されており、気候変動の理解と予測のために今後もこの底層水を監視する必要がある。

研究成果の概要

世界で一番重い海水は南極海で作られ、南極底層水として沈み込み、全世界の海洋深層に拡がっていくことで、海洋の大循環が駆動されます。南極底層水の生成域として今まで3ヶ所が知られていましたが、今回新たに、南極昭和基地の東方1,200kmのケープダンレー沖でも南極底層水が生成されていることを突き止めました。この海域では、多量に海氷が生産され、その際に塩分の大半が氷からはき出されることで低温・高塩の重い水が多量に作られます。そして、これが底層水生成域となっている要因であることも明らかにしました。この底層水生成域の発見は、今までの海洋深層循環像を一部描き換えるものであり、地球の気候を決める海洋大循環とその変動の理解にもつながる研究と言えます。

本研究は、北海道大学低温科学研究所(古川義純所長)の大島慶一郎教授、深町康准教授が中心となり、タスマニア大学、東京海洋大学、国立極地研究所などとの共同研究として実施されました。本研究成果は、英国の科学誌『Nature Geoscience』電子版(2013年2月24日付オンライン先行出版AOP(Advance Online Publication))にArticleとして掲載されました。

論文発表の概要

研究論文名:Antarctic Bottom Water production by intensesea-ice formationin the Cape Darnley Polynya
和訳名:ケープダンレーポリニヤでの高海氷生産による南極底層水の生成
著者:氏名(所属)大島慶一郎、深町康(北海道大学)、G.D.Williams(タスマニア大学)、二橋創平(苫小牧工業高等専門学校)、F.Roquet(ストックホルム大学)、北出裕二郎(東京海洋大学)、田村岳史(国立極地研究所)、平野大輔(東京海洋大学)、L.Herraiz-Borreguero(タスマニア大学)、I.Field(マッコリー大学)、M.Hindell(タスマニア大学)、青木茂、若土正曉(北海道大学)
公表雑誌:NatureGeoscience オンライン先行出版
公表日:日本時間(現地時間)2013年2月25日(月)午前3時(英国時間2月24日午後6時)

研究成果の概要

背景

世界の最も大きな海洋循環は、南極海と北大西洋の2ヶ所で重い水が沈み込み全海洋の深層に拡がりながら徐々に湧き上がることで作られる循環(海洋深層循環)です。より冷たくて一番重いのは南極底層水で全世界の底層に拡がっており、南極底層水起源の水は、地球の全海水の30〜40%をも占めます。重い水の沈み込みが弱くなったり、沈み込む場所が変わったりすると、海洋深層循環が変わってしまいます。そうすると、海の持っている熱容量は非常に大きいので、地球上の気候が激変することになります。実際に古い過去にはそのようなことが起こっていたことが示唆されています。

南極底層水は南極海のどこにでもできているわけではなく、沿岸ポリニヤ(用語解説参照)という、海氷生産が非常に大きな海域で生成される重い水が起源になっています。海氷生成の際に塩分の大半が氷からはき出されることで低温・高塩の重い水ができるからです。当研究グループの先行研究では、人工衛星データを駆使して海氷情報を取り出し、海洋のどこでどれだけ海氷生産があるかを世界で初めて示し(図1)、南極昭和基地の東方1,200kmのケープダンレーポリニヤが南極海で第2位の生産量を誇る海氷生産領域であることを明らかにしました。南極底層水の生成域は、ロス海・ウェッデル海・アデリーランド沖が3大生成海域として知られていましたが、ここが未知(第4)の南極底層水生成域なのではないかと予想し、それを確かめるべく集中観測を行いました。本研究は、予想通り、ここが南極底層水の生成域であることを実測で明らかにしました。

研究手法・成果

研究観測では、係留系観測、人工衛星観測、バイオロギング、という主に3つの手法を用いました。係留系観測とは、浮きと重りで海中に立ち上げたロープに測器を取り付けて観測する手法で、ケープダンレー沖に4つの係留系を設置し、1年間の水温・塩分・流速の長期連続データを取得しました。係留系の設置は2008年2月に海洋研究開発機構の白鳳丸で、回収は東京海洋大学の海鷹丸で行われました。係留系観測によって、重い水が陸棚より峡谷に沿って流出し底層水となっていく様子を直接捉えることに成功しました(図2)。人工衛星観測では、合成開口レーダ(図3)などによって、ケープダンレー沖では最大規模のポリニヤ(新生氷域)が形成され大量に海氷ができていること、また上流に存在する氷山舌(座礁した氷山群によって作られる動かない氷)の海氷堰き止め効果により巨大なポリニヤが形成されること(図4)が示されました。係留観測と人工衛星観測から、ここを起源とする南極底層水の生成量は平均して毎秒65〜150万立方メートル(東京ドーム1杯分程度)と推定され、これは全南極底層水の生成量の10%程度に相当します。バイオロギング(biologging:生物に小型のセンサーを取り付けてデータを取得する研究手法)では、水温塩分計を取り付けたゾウアザラシによって、ケープダンレーポリニヤでは南極陸棚で最も重い水が生成されることや、それが斜面を下る様子も観測されました。

今まで、底層水生成に関しては、ロス海・ウェッデル海のように広い陸棚・窪地と棚氷が不可欠とされていましたが、本研究はそれらの条件がなくても、海氷生成が非常に強力であれば底層水は作られることを示したことになります(図4)。また、ケープダンレー沖で生成された底層水は西のウェッデル海へ拡がっていくと考えられ、今回の底層水生成域の発見は今までの海洋深層循環像を一部描き換える研究とも言えます。

今後への期待

東南極では、ケープダンレー沖ほどではないが、海氷生産量が大きい海域が複数あります(図1)。本研究は、これらの海域でも多量ではなくとも底層水ができている可能性を示すものであり、実際にごく最近の観測からそれを示唆するものもあります。今回の研究は、底層水形成域は3ヶ所のみという従来の常識に捉われず、底層水や海洋深層循環を見ていく必要があることを促すものと言えます。

最近の研究から、南極底層水の生成量が有意に減少しているということが報告されています。底層水の減少は海洋深層循環の沈み込みの力の弱化を引き起こし、地球規模の海洋大循環や気候システムに影響を及ぼす可能性があります。これらの将来予測の上でも、今後はケープダンレー沖で生成される底層水も考慮に入れて、底層水及び海洋深層循環の監視とさらなる分析が必要であると考えます。

なお、本研究は科学研究費補助金基盤研究S(課題番号20221001)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

所属・職・氏名:北海道大学低温科学研究所 教授 大島慶一郎(おおしまけいいちろう)
TEL:011-706-5481 FAX:011-706-7362 E-mail:ohshima@lowtem.hokudai.ac.jp
ホームページ:
http://wwwod.lowtem.hokudai.ac.jp/~ohshima/
http://wwwod.lowtem.hokudai.ac.jp/~ohshima/kaken.html

参考図


図1:人工衛星データ等による、南極海における年間積算海氷生産量の空間分布(1992-2001年で平均:Tamura et al., 2008)
赤とオレンジの海域が海氷生産量が大きい海域。ロス海に次ぐ第2の高海氷生産領域が日本の南極昭和基地東方約1、200km(ケープダンレー沖)にあることがわかり、ここが未知の南極底層水生成域である可能性が示された。


図2:係留系で捉えた、南極底層水の流出
ケープダンレー沖の底層水が下り降りると予想した峡谷(水深約2、600m)に設置された係留系による水温(a)と下り降りる方向の流速(b)。青が海底より約20m、赤が海底より約225mの地点でのデータ。海氷生成が盛んになって約2ヶ月後に、底層水の性質を持つ低温で重い水が到来し(赤矢印)、それと同期して海底付近ほど強い降下流が観測された(赤矢印)。この底層水を伴う降下流は4〜5日周期をもって半年以上続いている。


図3:衛星(合成開口レーダ)で観測されたケープダンレーポリニヤ
白い筋状の列が新生氷(出来立ての海氷)を示しており、100km×100kmに及ぶ最大規模のポリニヤ(薄氷域)が形成されている。ポリニヤの上流(図の右側)には、氷山舌(緑で囲った領域)が形成されていることもわかる。ヨーロッパ宇宙機構のENVISAT衛星によるASAR画像。


図4:南極底層水が形成される模式図
南極大陸から張り出す氷山舌の下流に、多量に海氷が生産される海域(沿岸ポリニヤ)が作られる。この高海氷生産によって重い水が作られ、その重い水が海の峡谷に沿って沈み込み、周りの水と混合しながら南極底層水となって、南極海さらには全世界の海洋深層に拡がっていく。

用語解説

沿岸ポリニヤ(coastalpolynya)
沿岸ポリニヤとは、風や海流によって生成された海氷が次々と沖へ運ばれ薄氷域が維持される場所である。通常海氷は、ある程度厚くなると自らの断熱効果の働きによって、ほとんど成長しなくなる。しかし、沿岸ポリニヤでは、十分成長しないうちに海氷が運ばれるため薄氷域が維持され、大量の熱が大気によって奪われる。奪われた熱に比例して海氷が生産されるので、ポリニヤでは大量に海氷が生産され、「海氷の生産工場」となっている。