南極氷河の大崩壊で海洋のCO2吸収量が倍増
〜地球規模の気候システムにも影響を与える南極底層水の生成量が大幅減少〜

掲載日:2013年3月15日

国立極地研究所(所長:白石和行)は、南極気候生態学共同研究センター(豪州)を中心とした研究グループの下、メルツ氷河周辺の海洋観測を詳細に行った結果、2010年2月の氷河の大崩壊を境に、この海域での高密度水生成量が大きく減少し、海洋のCO2吸収量が倍増した事を明らかにした。これは海洋深層循環の長期にわたる沈み込みの力の弱化を引き起こすだけでなく、周辺海域の生化学的循環にも大きな影響を与えるものである。この影響は豪南極海盆を通して世界の海洋の底層に拡がり、今後の地球規模の海洋大循環や気候システム、物質循環にも及んでいく事が考えられることから、その将来を予測する上で今後も監視と分析を続けていくことが大変重要である。

研究の背景

東南極東経145度付近の沿岸域に存在するメルツ氷河が、2010年2月に大規模に崩壊した。このメルツ氷河周辺海域にはメルツポリニヤと呼ばれる海氷生成域が存在し、この氷河の存在によって海氷が大量に生産されており、この活発な海氷生産(→塩分排出→重い水の生成に繋がる)によってアデリーランド底層水(南極底層水の一つ)が生成されている。南極底層水という地球で最も重い水の沈みこみは、地球規模の海洋大循環の駆動源であり、全球気候システムの肝である。昨年、衛星リモートセンシングの研究(Tamura and Williams et al., Nature Communications, 2012)により、このメルツ氷河(正確には氷河が海に突き出している氷舌と呼ばれるもの)の大規模な崩壊が(図1参照)、ここでの海氷生産量が大きく減少させた事を明らかにした。本研究は研究観測船による現地での直接的な海洋物理観測によって、この海域での高密度水の生成量の減少、植物プランクトンの増殖とCO2吸収量の増加を定量的に明らかにした。

研究対象・手法

2011年1月、及び2012年1月に研究観測船がメルツ氷河周辺の海域に行き、表層から底層に渡る採水等の直接的な観測を行い、物理・化学・生物学的解析に必要な各現場観測データを取得した。氷河が崩壊した2010年以前に取得されていた過去の観測データと比較して、同海域の水質の変化を解析した。


図1:
a.b.メルツ氷河周辺の衛星画像
MGT:メルツ氷舌、B9B:1992年からこの海域で座礁していた巨大氷山
FI:定着氷域、PI:海氷域、IB:氷山、MG:メルツ氷河、赤線:海岸線
2010年2月、これまで座礁していた巨大氷山(B9B)が移動してメルツ氷舌に衝突。それにより折れたメルツ氷舌は速やかに他の海域に移動し、B9Bは同海域内に留まった。
c.メルツ氷河の位置及び、船舶による過去の観測点

研究成果

メルツ氷河崩壊後の表層塩分は1gKg-1ほど低塩化している。この低塩化傾向は底層まで渡っており、この海域で生成される南極底層水が低塩化していた事が明らかになった(図2参照)。これは昨年の衛星リモートセンシングの研究結果で明らかになった低塩化にも対応する(Tamura and Williams et al., Nature Communications, 2012)。この低塩化の傾向は過去の低塩化の傾向に比べて5倍程度と急激なものである(図2d参照)。この海域で生成される南極底層水の低塩化傾向は、メルツ氷河が崩壊前のレベルまで復活すると予測される50年後まで続くものと予想される。これは今後50年に渡って、この海域で生成される南極底層水が低塩化し続ける事を意味する。また、メルツ氷河崩壊と周辺の定着氷の流出による古い氷の融解により、鉄の流出が起こったと考えられ、プランクトンの爆発的な増殖であるブルームが起きるなど植物プランクトンの活動が盛んになり、それによってCO2の海洋吸収量が崩壊前のそれと比べて約2倍に増えた事が明らかになった(図3参照)。この氷河の崩壊は自然現象であるが、崩壊の引き金となる氷河・氷床の底面融解は海水温の上昇によるものである。南極周辺での温暖化は、今後もこのような現象が引き続き起こりうるという事を意味する。氷河崩壊は海洋循環やCO2を含む物質循環及び生物生産に顕著な変化を引き起こす現象であり、全球規模の海洋大循環や気候システム、物質循環を予測する上で、今後もこの南極沿岸域の監視と分析を続けていく事が大変重要である。


図2:
過去の観測結果を含めた、メルツポリニヤ周辺の、「a.西部」、「b.中央部」、「c.東部」での塩分の各水深における値と、「d.底層での塩分の時系列」。


図3:
「a.塩分」と「b.炭素(塩分の値で規格化されたもの)」の各水深における値。
緑線:1999年、黒線:2001年、青線:2008年、赤線:2011年、の結果。

発表論文

この成果は、アメリカ地球物理学連合(American Geophysical Union)が発行する [Geophysical Research Letters]に、2013年3月14日に掲載されました。

論文タイトル

Glacier tongue calving reduced dense water formation and enhanced carbon uptake
(氷河の崩壊による高密度水生成量の減少と二酸化炭素吸収量の増加)

著者

E. H. Shadwick1, S. R. Rintoul1,2,3,4, B. Tilbrook1,2, G. D. Williams1, N. Young1,5, H. Marchant6, J. Smith7, A. D. Fraser1, and T. Tamura1,8.

1 Antarctic Climate and Ecosystems Cooperative Research Centre, University of Tasmania, Hobart, Australia
2 CSIRO Marine and Atmospheric Research, Hobart, Australia
3 Centre for Australian Weather and Climate Research, Hobart, Australia
4 Wealth from Oceans National Research Flagship, Hobart, Australia
5 Australian Antarctic Division, Hobart, Australia
6 Australian National University, Canberra, Australia
7 Geoscience Australia, Canberra, Australia
8 National Institute of Polar Research, Tokyo, Japan

 

お問い合わせ先

研究成果について

国立極地研究所 助教 田村 岳史
TEL:042-512-0682 FAX:042-528-3497 E-mail:tamura.takeshi@nipr.ac.jp

報道担当

国立極地研究所 広報係長 小濱 広美
TEL:042-512-0652 FAX:042-528-3105 E-mail:kofositu@nipr.ac.jp