ドームふじ基地が地球上で最も天体観測に適した場所であることを発見

掲載日:2013年6月27日

本研究の概要

ドームふじ基地は天文学にとって地球上で最も適した観測地であると考えられており、南極天文コンソーシアム(代表:中井直正、筑波大学)では大型望遠鏡の建設に向けた技術開発と天文学的な観測条件調査を行っています。第54次日本南極地域観測隊(隊長:渡邉研太郎)では観測条件調査としてドームふじのシーイングを観測しました。この観測からドームふじの自由大気シーイングが0.2秒角程度であり、接地境界層の高さは11mと同程度に低いことが判明しました。0.2秒角の自由大気シーイングは地球上で観測された最も小さな値です。また接地境界層が低いことは自由大気シーイングが雪面から僅か数10m上空で得られる事を意味するため、望遠鏡の建設にとって極めて有利です。これらからの結果から私達はドームふじ基地が地球上で最も天体観測に適した場所であることを発見しました。

研究の背景

(1)南極大陸内陸高原での天体観測

南極大陸内陸高原は寒冷な気温、乾燥した大気、高い標高によって赤外線からサブミリ波(テラヘルツとも言う)の天体観測にとって地球上で最も適した場所であると考えられています。低温のため地球大気や望遠鏡からの熱ノイズが非常に小さく、水蒸気量が極端に少ないことから地球大気の透過率が極めて高いのがその理由です。これらの利点を生かした天体観測を行うため、南極天文コンソーシアムでは口径2.5mの赤外線望遠鏡と口径10mのテラヘルツ望遠鏡をドームふじに建設する事を目指しています。低温環境でも動作可能な望遠鏡の技術開発と現地の天文学的な観測条件の調査をこれまで行ってきました。

(2)シーイングの定義

地球上で天体観測する場合、地球大気が観測の障害となります。地球の大気は地球規模の大気の循環・上空の風の影響・日射の影響・地表面との摩擦等によって常に温度ムラが生じています。温度ムラによって天体からの光は揺らぎ、ぼやけて観測されます。このぼやけた星の直径(正確には半値全幅)の大きさを「シーイング」と定義し、角度の単位で表します。シーイングは「接地境界層」と呼ばれる地表面との相互作用によって生じる温度ムラと、それより上空の温度ムラを原因とする「自由大気」の2つの成分に分けることができます。接地境界層の高さは数10~数100mで地形に依存し、また自由大気はジェット気流や上昇気流等の気象条件に依存します。接地境界層が薄く、自由大気シーイングが良い場所が天体観測に適した場所と言えます。南極を除くと地球上で最もシーイングの良い場所はハワイ・マウナケア山頂(標高4200m)で、高さ数10mの接地境界層より上空で約0.7秒角(1秒角は1度の3600分の1)の自由大気シーイングが得られることが知られています。

(3)南極大陸内陸高原のシーイング

(図1)南極大陸の標高とドームA、ドームC、
ドーム(F)の位置。村田他(2009)より引用。

南極大陸の内陸部は標高3000m以上の雪原が広がり、特に「ドーム」と呼ばれる雪原の頂上部では平滑な地形と安定した大気によって非常にシーイングが良いと考えられています。諸外国の先行研究から、ドームC(南緯74度39分、東経124度10分、標高3240m)では高さ30m程度の接地境界層より上空で0.36秒角の自由大気シーイングが観測されています(参考文献1)(参考文献2)。また最も標高の高いドームA(南緯80度22分、東経77度21分、標高4093m)では接地境界層の厚さが僅か約14mであることが報告されています(参考文献3)。日本の南極観測基地が置かれているドームふじ(南緯77度19分、東経39度42分、標高3810m)では第52次隊によって初めてシーイングが測定されましたが、雪面から高さ2mで行われた観測のため、接地境界層の影響を強く受け自由大気シーイングについて測定する事が出来ませんでした(参考文献4)。そこで本研究ではドームふじ基地に雪面からの高さ9mの天文観測架台を建設することで接地境界層の影響を受けていない、ドームふじの自由大気シーイングを測定する事を計画しました。

観測装置

(1)シーイング観測望遠鏡

(図2)東北大学で開発したシーイング観測望遠鏡

シーイングを観測する装置は東北大学で開発しました(図2)。測定の原理はDifferential Image Motion Monitorと呼ばれるもので、1つの明るい恒星について地球大気の異なった経路を通ってきた光を同時に観測しシーイングを算出します(参考文献5)。望遠鏡は口径20cmの市販品を改造して用いました。低温でも動作するように望遠鏡を完全に分解してケーブルやグリスを低温対応のものに交換しました。冷凍庫で-80度まで冷却して実験を繰り返し、必要に応じて部品の交換やヒーターを取り付けました。また天体を導入するためのカメラ、自動でピントを調整する装置も開発しました。望遠鏡の動作や観測データの解析のための統合観測ソフトも今回の目的のために独自に作成しました。

(2)天文観測架台

(図3)天文観測架台(写真右の櫓)と無人発電通信
モジュールPLATO-F(写真中央の黄色いコンテナ)。
写真左にソーラーパネルも写っている。

接地境界層の影響を出来るだけ避けるために、シーイング観測望遠鏡は雪面から出来るだけ高い場所に設置する必要があります。そこで第54次日本南極地域観測隊ではドームふじ基地に雪面からの高さが9mとなる天文観測架台を建設しました(図3)。この天文観測架台の上にシーイング望遠鏡を設置することで開口部の高さは雪面から約11mとなり、自由大気シーイングの測定を可能にしました。

(3)無人発電通信モジュールPLATO-F

観測に用いた電力や通信は第52次日本南極地域観測隊で持ち込んだ無人発電モジュールPALTO-Fから得ました(図3)。PLATO-Fはオーストラリア・UNSW大学との共同研究で開発したもので、太陽パネル、大容量バッテリー、ディーゼル発電機の組み合わせによって1kWの電力を1年中得ることが出来ます。イリジウム衛星携帯電話による通信によって観測データの日本への送信や日本からのリモート観測を行うことも可能です。

観測結果

(図4)(図5)に観測された全シーイング測定結果を示します。横軸が時刻(現地時刻)、縦軸がシーイング値(秒角)を表します。1月4日~1月23日の期間で合計3814回の有意な測定に成功しました。シーイング値は18時頃(現地時間)に約0.3秒角の極小値となることが観測されました。この現象は期間中4回観測されました(6、7、9、16日)。また1月6日1時~5時(現地時間)の約4時間にわたって0.2秒角以下のシーイングが観測されました。現地時刻0~6時頃に極めて良いシーイングが得られるというこの現象は合計6回観測されました(6、11、15、19、21、23日)。

(図4)時系列に並べたドームふじでのシーイング観測結果

(図5)時系列に並べたドームふじでのシーイング観測結果

考察

まず18時頃(現地時間)にシーイング値が極小値をとることについて考察します。同様の現象はドームCで行われたシーイング調査でも示されています(参考文献6)。この先行研究によると18時頃の良いシーイングは地表付近の温度分布が一様となって接地境界層がほぼ消失することが原因だと結論づけられています。ドームふじとドームCは地形的に似た環境であると考えられるため、今回観測された18時頃にシーイング値が極小値0.3秒角となることはドームCと同様、接地境界層がほぼ消失した結果生じたと考えられます。

次に0.2秒角程度の極めて良いシーイングが現地時刻0~6時頃に観測された事について考察します。現地時刻の0時頃は太陽高度が1日のうちで最も低く、太陽からの熱エネルギーが最も弱くなります。雪面付近の気温はどんどん下がり、上空との温度差から強い温度ムラが生じ、接地境界層シーイングはこの時間帯に1日のうちで最も悪くなると考えられます。そのため現地時間0~6時頃に観測された0.2秒角程度のシーイングは、接地境界層の高さが望遠鏡の設置高11mよりも低くなって自由大気シーイングのみを観測した結果と考える事ができます。

まとめ

今回の観測結果からドームふじの自由大気シーイングが0.2秒角程度であり、接地境界層の高さは11mと同程度であることが判明しました。0.2秒角の自由大気シーイングはこれまで地球上で観測された最も小さな値です。また接地境界層の高さが11mと同程度に薄いことから、0.2秒角の自由大気シーイングは雪面から僅か10数m上空で得られる事も判明し、南極天文コンソーシアムで推進する望遠鏡の建設にとって極めて有利な条件であることが示されました。よって今回の観測からドームふじ基地が地球上で最も天体観測に適した場所であることが示されました。

実施メンバー

沖田博文 第54次日本南極地域観測隊 夏隊隊員(東北大学)
小山拓也 第53次日本南極地域観測隊 越冬隊隊員(東北大学)
観測協力: 第54 次日本南極地域観測隊 ドーム旅行隊隊員、第53次日本南極地域観測隊 越冬隊隊員

発表論文

この成果はヨーロッパ南天天文台誌“Astronomy and Astrophysics”に6月10日に出版されました。
Astronomy and Astrophysics, 554, L5, 2013

なお以下のページから論文はダウンロードできます。(フリーアクセス)
http://www.aanda.org/articles/aa/abs/2013/06/aa21937-13/aa21937-13.html

論文タイトル

Excellent daytime seeing at Dome Fuji on the Antarctic plateau
(南極内陸高原のドームふじで観測された極めて優れた日中のシーイング)

著者

Hirofumi Okita1, Takashi Ichikawa1, Michael C. B. Ashley2, Naruhisa Takato3, and Hideaki Motoyama4

1) Astronomical Institute, Tohoku University, 6-3 Aramaki, Aoba-ku Sendai 980-8578, Japan
2) School of Physics, University of New South Wales, Sydney, NSW 2052, Australia
3) Subaru Telescope, 650 North A`ohoku Place, Hilo, HI 96720, USA
4) National Institute of Polar Research, 10-3, Midoricho, Tachikawa, Tokyo 190-8518, Japan

参考論文

1) Lawrence, J. S., Ashley, M. C. B., Tokovinin, A.,& Travouillon, T. 2004, Nature, 431, 278
2) Aristidi, E., Fossat, E., Agabi, A., et al. 2009, A&A, 499, 955
3) Bonner, C. S., Ashley, M. C. B., Cui, X., et al. 2010, PASP, 122, 1122
4) Okita, H., Takato, N., Ichikawa, T., et al. 2013, in IAU Symp., 288, 25
5) Swain, M. R., & Gallée, H. 2006, PASP, 118, 1190
6) Aristidi, E., Agabi, A., Fossat, E., et al. 2005, A&A, 444, 651

本件問い合わせ先

研究成果について

東北大学大学院理学研究科 天文学専攻 博士課程後期3年 沖田 博文
TEL:022-795-6776 FAX:022-795-6513
E-mail:h-okita@astr.tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科 天文学専攻 教授 市川 隆
TEL:022-795-6500 FAX:022-795-6500
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国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授 本山 秀明
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報道について

国立極地研究所 広報係長 小濱 広美
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