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[プレスリリース]温暖な地球では南極氷床の形が大きく変化する:氷河地形の年代から解明

2014年7月28日

情報・システム研究機構国立極地研究所(極地研、所長:白石和行)の菅沼悠介助教らの研究グループは、3ヶ月間にわたる南極大陸東部セール・ロンダーネ山地の地形・地質学調査から、氷床高度の変動史を明らかにしました。その結果、同山地を覆う氷床の厚さは、250万年前には、現在より500メートル以上厚かったことが分かりました。

地球が温暖であった約300万年前には、西南極では氷床が大規模に融解する一方で、東南極の大半で氷床が増加することが明らかになりました。従って、南極氷床の融解において、西南極と東南極の両氷床の特性や気候条件の変化を充分に検討していくことが、地球温暖化が進行したときの海面上昇を予測する上で重要であることを、この研究は示しています。

この成果は、Quaternary Science Reviews誌のオンライン版に掲載されました。

なお、本研究は南極地域観測事業、ならびに、極地研の先進プロジェクト研究「極地の過去から『地球システム』のメカニズムに迫る」の一環として実施されました。

研究の背景

現在、大気中の二酸化炭素濃度の上昇に起因する地球温暖化によって、世界各地の氷河や氷床が融け、世界中の海面が上昇することが懸念されています。一方、全世界の淡水の約6割を占める南極氷床は、ほぼ全域が一年中氷点下であることから、従来温暖化に対しても比較的安定であると考えられていました。しかし近年、そのような南極観は大きく修正されつつあります。例えば、南極氷床の特に西側(西南極)では氷床の流出速度の増大によって氷床量が減少していることが報告され、その後南大洋(南極海)の水温上昇がその原因であることが明らかになりました。しかし、このような現在の観測だけでは、将来劇的に変化するかもしれない地球環境の精密な予測は難しいのが実情です。

一方、長い地球の歴史を紐解くと、今から約300万年前の地球は、大気中の二酸化炭素濃度が高く、現在よりかなり暖かかったことがわかってきました(温暖地球)。つまり、この当時の南極氷床の分布や量を調べることで、地球温暖化が進行した状態の地球環境を「知る」ことができるのです。

研究チームはこれまでも、東南極のセール・ロンダーネ山地(図1)に注目し、過去の氷床の痕跡(氷河地形)を調査することで、温暖地球下における氷床高度を明らかにすることを試みてきました。

研究の内容

本研究では、第51次日本南極地域観測隊夏隊(2009年11月~2010年2月)において、2009年12月から2010年2月の3ヶ月間、東南極のセール・ロンダーネ山地で野外調査を実施しました。この調査では、地形・地質学調査に基づく地形面(※1)を新旧(4段階)に区分し、採取した試料に対して表面露出年代法(※2)を用いた年代測定(露出年代の同定)を行いました(図2、3)。そして、この結果から得られた氷床高度データを基に、氷床変動によって生じる地殻の隆起量をアイソスタシーのモデル(※3)を用いて計算した上で、セール・ロンダーネ山地における詳細な氷床高度の変動史を明らかにしました。この結果、同山地における氷床高度は過去250万年間に約500 m以上も低下した(250万年前の氷床が現在よりも約500 m以上も厚かった)ことが判明しました(図4)。

この氷床高度の低下は、地球が温暖であった約300万年前以降、地球気候システムにおける水循環が大きく変化してきたことが原因だと考えられます。すなわち、温暖地球においては南極周極流が現在よりも南にあり、東南極インド洋側への水蒸気輸送が活発だったために、積雪の増加によって氷床高度が上昇していました。その後、気候が徐々に寒冷化するに伴って南極周極流が北上し、東南極インド洋側への水分輸送と積雪は減少し、氷床高度が低下(氷床量の減少)したと考えられます(図5)。この結果は、先行研究(※4)とも整合的です。

以上の結果から、地球が温暖であった頃の南極氷床は、かつての想定と大きく異なり、西南極や東南極の一部で大規模に融解する一方、セール・ロンダーネ山地を含む東南極の大半の地域では水分輸送(積雪)増で氷床量が増加していたことが明らかになりました。この結果を踏まえると、今後の地球温暖化によって東南極の特にインド洋側では積雪の増加によって氷床が成長する可能性があります。しかし、南極全体としては、温暖化による氷床融解の効果の方が大きいため、将来的には世界的な海面上昇が予測されます。

今後の展望

南極氷床は非常に大きく、現状ではまだ得られるデータが限られており、南極氷床の将来的な融解量やその開始時期などは未だ不明な点が多く残されています。従って、精度良い将来予測に結びつけるためには、今後も南極での現地調査を進め、より広範囲からデータを取得していく必要があります。

*本研究の調査は南極地域観測事業の一般プロジェクト研究観測のひとつとして、第51次日本南極地域観測隊(隊長:本吉洋一)で実施されました。また、本研究は極地研の先進プロジェクト研究「極地の過去から『地球システム』のメカニズムに迫る」の一環として実施されました。

※1 地形面: 平坦なひとつづきの地表面を一般に地形面と呼ぶ。氷河の作用によって作られた特徴的な地形面を、地形を覆う氷河起源の堆積物の風化の度合いなどに基づいて地形面を新旧に区分し、広域の地形面の対比から過去の氷床の空間分布を推定するとともに、各地形面が氷床から解放された順番(氷床の形の変化)を判断することができる。

※2 表面露出年代法: 銀河宇宙線による被爆によって岩石中に作られる宇宙線生成核種の蓄積量を基に、岩石が地表に露出した(氷床から解放された)年代を決定する手法。

※3 アイソスタシーのモデル: 氷床が融解して消失すると、融解した氷床の分だけ地球上にかかる荷重(重し)がなくなり、地球はアイソスタシーの状態(釣り合った状態)へ回復していく。その過程をコンピューター上に再現する数値計算モデル。

※4 Fujita, S. et al. “Spatial and temporal variability of snow accumulation rate on the East Antarctic ice divide between Dome Fuji and EPICA DML” The Cryosphere, 5, 1057-1081, doi:10.5194/tc-5-1057-2011, 2011

発表論文

掲載誌:Quaternary Science Reviews, 97 (2014), pp102-120
タイトル:East Antarctic deglaciation and the link to global cooling during the Quaternary: Evidence from glacial geomorphology and 10Be surface exposure dating of the Sør Rondane Mountains, Dronning Maud Land
著者:
Yusuke Suganuma1,2, Hideki Miura1,2, Albert Zondervan3, Jun’ichi Okuno1,4
1 National Institute of Polar Research
2 Department of Polar Science, School of Multidisciplinary Sciences, The Graduate University for Advanced
Studies (SOKENDAI)
3 GNS Science, National Isotope Centre, New Zealand
4 Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC)
出版日:2014年8月1日(オンライン版公開日:2014年6月6日)
論文URL: http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0277379114001760
DOI:10.1016/j.quascirev.2014.05.007

図1 セール・ロンダーネ山地の位置と、南アフリカからのフライトルート。セール・ロンダーネ山地は昭和基地から遠く離れているため、南極観測船「しらせ」ではなく、ケープタウンからチャーター便を乗り継いで現地に向かった。現地では、外国基地(ベルギー基地)の協力を得て、調査道具や食料などの物資をスノーモービルに積み込み、ベースキャンプを移動させながら数ヶ月間の野外調査を実施した。

図2 採取した試料の産状と露出年代(左写真:標高2470m、右写真:標高1454m)

図3 セール・ロンダーネ山地の南北断面図。氷河によって形成された地形面の対比によって、氷床高度が段階的に低下したことがわかる。

図4 採取試料の露出年代と高度。セール・ロンダーネ山地における氷床高度が約250万年前から、約500m以上低下したことが明らかになった。

図5 温暖/寒冷な地球における南極への水分輸送と氷床高度の関係。過去の温暖地球では、西南極や東南極の一部で大きく氷床が融解する一方、インド洋側では水分輸送(積雪)増で氷床が成長した可能性が高い。しかし、急激な温暖化に対しては、氷床融解が成長に先行すると考えられる。(EAIS:東南極氷床、ACC:南極周極流、WG:ウェッデル海、AAIW:南極中層水、AABW:南極底層水)

お問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 地圏研究グループ 助教 菅沼悠介(すがぬま ゆうすけ)
TEL:042-512-0702

報道について

国立極地研究所 広報係長 小濱広美(おばま ひろみ)
TEL:042-512-0655 FAX:042-528-3105

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