大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

福島第一原発由来の土壌中セシウム微粒子の分析に成功

2017年10月27日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

九州大学理学研究院化学部門の宇都宮聡准教授、および、国立極地研究所の堀江憲路助教、竹原真美研究員らの研究グループは、福島第一原子力発電所から放出された高濃度放射性セシウム含有微粒子(CsMP)の二次イオン質量分析、放射能分析、電子顕微鏡分析を行いました。2011年の福島第一原子力発電所での事故により放出された放射性核種(注1)のうち、難水溶性のCsMPは事故当時の炉内の情報を記録していると考えられ、様々な分析が行われています。研究グループはCsMPに含まれる元素の質量分析を初めて行い、他の分析結果と合わせることで、原子炉燃料成分であるウランをはじめとした複数の元素の由来や化学状態を同定することができ、事故当時の炉内の反応、放射性核種の挙動を知ることができました。

研究の背景

2011年に発生した東日本大震災の津波によって、福島第一原子力発電所で原子炉燃料のメルトダウンを伴う重大な事故が発生しました。およそ520ペタベクレル(ペタは10の15乗)の様々な放射性核種が放出され、周辺地域に降りそそいいだことがわかっています(文献1)。事故から6年が経過した今、放出された核種のうち、比較的長半減期であり、透過性の高いβ線、γ線を放出するCs(セシウム)の放射性同位体による土壌汚染などが問題視されています。

放出当時のCsの性質は大きく分けて水溶性・難水溶性の2種類が存在すると考えられますが、そのうち難水溶性Csは、高濃度放射性セシウム含有微粒子(CsMP)と呼ばれる数マイクロメートルのガラス質粒子を形成していることがわかっています。難水溶性であるため、事故当時の炉内の情報を記録した貴重な資料であると考えられ、粒子の存在が明らかになって以来様々な分析がなされてきました。

研究グループは、考えられるCsMPの形成プロセスの一つとして、事故発生時、高温の溶けた燃料が構造物であるコンクリートと接触した際に発生する一酸化ケイ素ガスと、Csを吸着したZn(亜鉛)–Fe(鉄)酸化物ナノ粒子やその他の小さな粒子が凝集してこの粒子を形成するという「molten core-concrete interaction」を発表しました(文献2)。炉内は未だ高い放射線量であり直接的な分析ができていませんが、この粒子が持つ情報は過去のみならず現在の炉内の状況を知る手がかりにもなります。

本研究では、マイクロメートルサイズの個々のCsMPに対して二次イオン質量分析を初めて行った結果を報告します。また電子顕微鏡での観察の結果を組み合わせ、含まれる核種の同位体割合からそれらの由来や化学状態を解き明かしました。

研究手法

本研究に用いたCsMPは全て福島県の土壌中から発見しました。福島第一原発から西側に4km以内に位置する双葉郡大熊町夫沢から2つ(CsMPのラベル名:OTZ3、OTZ10)、2.9km南西に位置する双葉郡大熊町小入野から1つ(KOI2)、10.5km北西に位置する双葉郡浪江町小丸から1つ(OMR1)単離し、それぞれに対してγスペクトロメーターで放射能を測定し、形状や主要元素を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察・分析しました(図1)。さらに、OTZ3、KOI2、OMR1に対して、高感度・高分解能イオンマイクロプローブ(Sensitive High-Resolution Ion Microprobe、SHRIMP)二次イオン質量分析計を用いて、同位体分析を行いました。OTZ3の残存部分とOTZ10は集束イオンビームを用いて薄片加工し、高分解能の走査透過電子顕微鏡(STEM)で観察しました。

図1:(左)CsMPの採取場所。(右)CsMPのSEM画像と元素マップ。

研究の成果

SHRIMP分析によりCsMPのそれぞれの粒子に含まれる元素の同位体情報を得ることで、含まれるU(ウラン)、Cs、Ba(バリウム)、Rb(ルビジウム)、K(カリウム)、Ca(カルシウム)の由来や化学状態を同定することができました。KやCaの同位体比は天然存在比と同一である一方で、U、Ba、Rbの同位体比は天然存在比より高いことから、後者は原発の燃料由来であるとわかります(表1)。また、135Cs/133CsがORIGENコード(注2)から計算される現在の燃料中の同位体比(文献3)とほぼ一致していることから、事故当時に燃料から揮発したCsがそのまま含まれていることがわかります。

表1:3つのCsMPの同位体比。n/d: 検出なし。ORIGENの#1, #2, #3はそれぞれ福島第一原発の1号機、2号機、3号機を意味する。

また、Csの新たな結晶として、OTZ3の粒子の一部分が「Fe-pollucite」であると同定しました(図2)。この結晶はFeとSiが高温で混じり合う条件で形成されたと考えられます。

さらに、136Ba/138Ba同位体比の測定により、CsMPに含まれるBaのほとんどは放射性Csの崩壊生成物であることがわかりました。測定した136Ba/138Ba同位体比は、天然存在比や、ORIGENコードにより計算される現在の燃料中の同位体比(文献3)よりも高い値となりました(表1)。この理由は以下のように考えられます。Baは揮発しにくいため、CsMPの形成時にはほとんど取り込まれませんでした。一方でCsMPには136Cs(半減期13.16日)が取り込まれており、これがその後放射壊変して136Baに変化しました。そのため、136Baの割合が、天然存在比や現在の燃料中の同位体比より高くなります。

図2:(a) OTZ3のSTEM画像と原子マップ、(b) (a)の矢印部分の拡大図、(c) (a)の矢印部分のエネルギー分散型X線分光スペクトル、(d) (a)の矢印部分のTEM画像、(e) (d)部分の2方向からの制限視野回折像。Fe-polluciteと同定。

加えて、福島第一原発の燃料成分由来である235U/238Uの同位体比の検出に初めて成功しました。過去にバルク試料で235U/238U同位体比を測定した報告(文献4)では、共存する天然Uの量が多いために原発由来であると決定できませんでしたが、本研究では測定サンプルをCsMP一粒子に絞ることで、CsMP形成時に取り込まれたUの同位体組成を得ることができました。CsMPから検出された235U/238Uの比は~0.030であり、天然の同位体比(0.00729)やORIGENコードにより計算される現在の燃料の平均同位体比(~0.0193)より大きく、未使用燃料の同位体比(0.0389)より小さいことがわかりました(表1)。一般的に燃料集合体や燃料棒は、内側ほど温度が高くて燃焼度が低く(=235U/238Uが大きい)、外側ほど温度が低くて燃焼度が高い(=235U/238Uが小さい)ことが知られています(文献5)。CsMPから検出されたUは燃料中心の燃焼度が低い部分からの揮発成分であるために、ORIGENコードによる計算値(文献3)より235Uの割合が高いと考えられます。

また、OTZ10のSTEM分析から、UはZn–Fe酸化物とともに存在していることが示唆されました(図3)。

図3:(a) OTZ10のSTEM画像とSAED画像、(b) OTZ10の元素マップ、(c) (a)のedx1部分のエネルギー分散型X線分光スペクトル、(d) Zn–Fe酸化物のTEM画像と高速フーリエ変換像。frankliniteと同定。(e) (a)の粒子端の拡大像と元素マップ、(f) (e)のedx2部分のエネルギー分散型X線分光スペクトル。

これらの結果から、CsMP形成時、すなわち事故当時の炉内の反応の重要な情報を得ることができました。さらなる情報を得ることにより、メルトダウン中のソースターム評価(注3)に貢献するとともに、シビアアクシデント解析コード(注4)のさらなる改善に繋がると期待します。

注1 放射性核種:
原子は陽子と中性子から成る原子核と電子で構成される.原子核中の陽子の数と中性子の数、核エネルギー準位によって規定される特定の原子の種類を核種と呼ぶ。核種の中には、自然に放射線を放出して他の核種に変化するものがある。これを放射性核種と呼ぶ。

注2 ORIGENコード:
1960年代の終わりから 1970年代初めにかけて、米国のオークリッジ国立研究所(ORNL)によって開発された核種崩壊生成計算プログラムのこと。使用済み核燃料の放射能の残存量(放射能インベントリ)や崩壊熱などの計算評価に広く利用されている。

注3 ソースターム評価:
ソースターム(source term)とは、環境汚染の恐れのある物質を取り扱う施設で事故等が発生した際に、施設外部に放出される可能性のある汚染物質の種類、量、物理的・化学的形態の総称。原子炉損傷の場合、放射性核種(核燃料物質や核分裂生成物、その壊変核種)が汚染物質となる。ソースタームは施設内での事故・故障等が外部環境、特に住民の生命や健康に与えるリスクを的確に評価する上で不可欠の情報である。

注4 シビアアクシデント解析コード:
炉心損傷後に格納容器内で発生する種々の多様な物理化学現象を評価するための解析プログラム。重大事故等発生時の対策の有効性を評価する際に用いられる。

発表論文

掲載誌: Scientific Reports
タイトル: Isotopic signature and nano-texture of cesium-rich micro-particles: Release of uranium and fission products from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant
著者:
井元純平1、落合朝須美1、古木元気1、末武瑞樹1、池原遼平1、堀江憲路2,3、竹原真美2、山崎信哉4、難波謙二5、大貫敏彦6、Gareth T. W. Law7、Bernd Grambow8、Rodney C. Ewing9、宇都宮聡1
1九州大学、2国立極地研究所、3総合研究大学院大学、4筑波大学、5福島大学、6東京工業大学、7University of Manchester, UK、8University of Nantes, France、9Stanford University, USA
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-017-05910-z
DOI: 10.1038/s41598-017-05910-z
受理原稿公開日: 2017年7月14日(オンライン公開)

文献

文献1: Steinhauser G., Brandl A. & Johnson T.E. Comparison of the Chernobyl and Fukushima nuclear accidents: A review of the environmental impacts. Sci. Total Environ. 470-471, 800-817 (2014).

文献2: Furuki G. et al. Caesium-rich micro-particles: A window into the meltdown events at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant. Sci. Rep. 7, 42731 (2017).

文献3: Nishihara K., Iwamoto H. & Suyama K. Estimation of fuel compositions in Fukushima-Daiichi Nuclear Power Plant. JAEA-Data/Code 2012-018 (2012).

文献4: Zheng J., Tagami K. & Uchida S. Rapid analysis of U isotopes in vegetables using ICP-MS: application to the emergency U monitoring after the nuclear accident at TEPCO’s Fukushima Dai-ichi power station. J. Radioanal. Nucl. Chem. 292, 171-175 (2012).

文献5: Ewing R.C. Long-term storage of spent nuclear fuel. Nature Mater. 14, 252-257 (2015).

研究サポート

本研究は文部科学省の科学研究費(16K12585, 16H04634, No. JP26257402)の助成を受けて実施されました。

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