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第1章 学術研究活動に関する評価

第1章 学術研究活動に関する評価

1 地球環境、地球システムの研究領域

(1)地球温暖化
 化石燃料の燃焼による大気中の二酸化炭素等による温室効果の増大で、気温上昇が懸念されている。昭和基地では20年以上にわたる継続的な二酸化炭素計測を行っているが、植生の影響を受けず海洋面積の多い南極付近での観測は、きわめて良いバックグランドデータを提供しており、これにより、人間活動の影響の少ない南極大陸でも二酸化炭素濃度が、北半球と同じ増加率で、絶対値は数年遅れで増加していること、また二酸化炭素増大が全球的に生じていることを示し、温暖化防止のための国際的な取り組みに貢献した。自然がどれほど温室効果ガスを吸収しているかは、温暖化の科学における目下の重要課題である。特に低温な海水はより多くの二酸化炭素を吸収するので、全球的な吸収での南極底層水の沈み込みの役割は大きい。この定量的な評価のために、昭和基地では炭素同位体を精密観測し、南極観測船「しらせ」では大気と海洋間の二酸化炭素分圧を測定して大気へ放出しているのか吸収しているのかを明らかにした。この海洋過程の研究の取り組みは評価できる。
 温暖化予測での最大の不確実性要因はエアロゾルにあり、このところ雲粒形成や放射に大きな影響をもつエアロゾルの研究も進展した。夏季に増加するエアロゾルの成因について、生物過程が関与していることが、本プロジェクトの観測から示されているが全容の解明は今後の課題である。
 南極氷床の融解による緩やかな、あるいは西南極氷床の棚氷崩壊に起因しての壊滅的な、海面上昇が予想されており、南極の潮汐観測は重要である。1965年から継続されている潮汐観測は、水準観測で示される氷河期以降の地殻隆起による水位低下が顕著であるが、重力観測、水準測量などと合わせて温暖化による海水準上昇を把握することが期待される。世界海面水位観測システム(GLOSS)にデータが伝送されており、南極大陸の貴重な観測点としてこの観測の継続は、測地系モニタリング観測とともに必要不可欠と考えられる。
 気候変動の検出には、地表面全般にわたる長期的な大気と海洋の観測データが必須である。地上気象観測、高層気象観測を実施し、国際的にデータを提供している昭和基地は南極大陸の30地点の一つとして、1969年に世界気象機関(WMO)の標準観測所に指定され、恒久的にこれを維持することが世界から期待されている。

(2)オゾン層破壊
 有害な紫外線の地上到達を防いでいるオゾン層の変動を、昭和基地では1961年以来観測を続けている。1967年からは毎週1回オゾンゾンデを放球し成層圏までの鉛直分布を測定している。この観測により、1982年に起きた南極上空のオゾン全量の急激な減少を世界に先駆けて計測した。やや遅れてこれを観測していたイギリス隊の結果とあいまって、いわゆるオゾンホールの出現を明らかにした。この発見は、それまでオゾン層減少のメカニズムの不確実性のため遅滞していたオゾン層保護条約交渉を一気に進めることになり、1985年のウィーン条約、1987年のモントリオール議定書の締結に結びついた。継続的な計測が力であることを示す好例である。
 オゾン全量はフロン等規制後も減少を続けており、その監視はさらに継続されねばならない。昭和基地は国際的にデータを通報している有力な南極の観測点である。8月から11月の春に南極大陸を覆うオゾンホール出現には、冬に形成される極成層圏の低温が作用していることが明らかにされつつある。米国の人工衛星の分光計(TOMS)によってオゾン全量は計測できるが、オゾンホール形成のメカニズム解析には、その鉛直方向計測が欠かせない。日本は2003年に打ち上げた「みどり2号」に、極域オゾン層鉛直計測センサー(ILAS-II)を搭載し、同時に南極基地でゾンデによる鉛直分布の観測を行ない、低緯度域への大気輸送過程の解明をリードしている。南極を対象とする日本のオゾン層観測事業での学術的・環境政策面での貢献は大きく評価されるところである。

(3)海洋観測
 世界の海洋の57%が南半球にあり、海洋観測を実施する国が少なく、特に南極海は海洋データの少ない海域で、1965年以来の南極観測船のデータは世界的に評価されている。1988年以来、東経150度線のデータが蓄積され、南極周極流の流量は黒潮の約2倍以上であること、極前線の位置の変動が評価されている。水温・塩分は航走観測が実施されている。一方、専用観測船によって海洋構造の精密観測が実施されている。大陸付近で沈降する南極底層水は南極周極流によって運ばれ、世界の海洋の深層水を供給している。気候変動の検出のためにも南極海の海洋観測は重要である。

(4)生物・生態系
 南極地域観測における生物系の研究グループの観測・研究は、1.海氷域における低次生産過程の研究、2.高次捕食者の捕食戦略と生態系の研究、3.陸域の主に蘚苔類植物や微小動物を中心とした系統分類学、生態学に関する研究であった。これらの研究はいずれも南極地域観測における生物系の研究グループの研究課題となっている。このいずれもが、国際的な南極研究の中心的な課題であり、かつ南極に関する国際的な条約等との関係から見ても、限られたマンパワーのもとで妥当な研究課題の設定と考えられる。
海洋生物分野では、最近まで諸外国が夏期間に浮氷域や海氷のない外洋域で観測活動行っていたのに対し、我が国は昭和基地の定着氷域で、越冬を中心に活動を行ってきた。その結果、アイスアルジー、海氷マイクロハビタートや底生越冬オキアミの研究など多くのユニークな成果を得ることにつながったことは高く評価できる。また、陸域研究において多くの植物・動物資料の収集を行い世界的な標本庫としてまとめ上げたことも重要な業績である。これらは国立極地研究所のホームページでデータベースとして公開されており一般にアクセスできる点も評価できる。
 次に現在進められている研究に関して以下にコメントする。
 まず、海氷域の低次生産に関する研究であるが、専用観測船を使っての総合的な観測態勢など新しい試みを行っていることは、現在のこの分野の研究が、海洋の物理・化学・生物が連携した統合的な研究に移行していることからも望ましい研究体制と言える。また、その成果も挙がりつつあるように思われる。しかし、現在、世界の海洋での生物過程、物質循環、環境変動の研究が上記のような研究体制をとって行われていることから、その中でどれを日本の観測の目玉にするかを慎重に考えて進めていくことが、抜きんでた発見・成果を挙げるには必要である。このことは、わが国のように各分野の研究者の層が薄い国では特に重要である。
 海産哺乳動物の行動と生態系に関する解析は、微小センサーやデータロガー等の開発に始まってその実用化、データの解析など、ユニークな研究であり、日本の進んだ計測技術と未知の動物の行動現象の解明を結合した点は高く評価できる。今後、このような研究が、現象の解明からその理解へ進むことが期待されるが、そのための方法論など次のステップが、このような研究がどこまで深化させることができるかの鍵になると思われるが、そのためには多くの分野との共同研究が必要であろう。
 陸域の研究はどちらかというと系統・分類であるが着実に進められており、すでに述べた標本庫の充実などがその成果である。しかし、研究の広がりが乏しいのが少し残念である。限られたマンパワーなので、多くのことを望むのは無理であるが、より、南極という極限環境への適応を生理・生化学的に深化させた研究も必要である。現在行われている南極湖沼生態系の古環境までを視野に入れた研究は広がりのある研究として期待できる。この分野でも多方面の若手の人材を積極的に導入して研究を進めていけば、大きな生物分野の目玉になりうる研究であろう。

 
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