昭和40年度に再開された第7次南極観測隊にて定常観測が導入され、以来連綿と昭和基地および基地への往復航路上にて実施されている定常観測は、南極地域における基本的な観測データの蓄積をベースとしながら、更に地球規模環境変動を解析する上で不可欠となる側面をも発展させてきた。昭和基地における長年にわたる大気中二酸化炭素濃度の観測データは、今では地球規模二酸化炭素濃度の変動を考測する上で極めて重要なデータとなっている。また、地球温暖化現象に対して、南極地域の自然現象は一早く応答すると言われており、定 常的な観測データの重要性は、基本データの蓄積のみならず、更に将来の変動を予測するシグナルを読み取ることが出来ることにあると指摘されている。
定常的な観測に対する国内外におけるこのような認識に応えるべく、平成8年度を初年度とする日本南極観測第V期5ヵ年計画(第38次〜42次)から、それまでの定常観測に新たなモニタリング研究観測が導入された。気象庁、通信総合研究所、国土地理院、海上保安庁が第7次隊以来担当してきた定常観測は従来通りであるが、国立極地研究所を中心として実施してきた定常観測(極光・夜光、地磁気、自然地震、海洋生物)が見直され、モニタリング研究観測へと発展した。すなわち、研究観測として宙空系、気水圏系、地学系、生物・医学系の大きく4つの研究領域で実施してきた観測の成果を踏まえ、国内外の状況を鑑み、従来の定常観測項目の他に、より長期的な観測が必要な項目を加えた。更に地球観測の国内外の各種人工衛星からの観測データを受信することが位置付けられた。これら各種モニタリング観測は、様々な時空間スケールでの南極地域で見られる自然現象を正確に理解し、地球規模スケールでの環境変動を監視する上で更に重要性が増している。
第VI期5か年計画(第43次隊の平成13年度を初年度)におけるモニタリング研究観測の研究課題は以下のとおりである。
「極域電磁気環境の太陽活動に伴う長期変動モニタリング」
1.オーロラ粒子エネルギーの極域流入のモニタリング
・オーロラの形態、・オーロラ発光強度観測(全天CCDカメラ)
・電波によるオーロラ粒子の観測(新イメージングリオメータの建設)
2.オーロラ電磁エネルギーの極域流入のモニタリング
・オーロラ電流による地磁気三成分変化と基線観測(フラックスゲート磁力計)
3.電磁波動による磁気圏のモニタリング
・Pc3-5 脈動による磁気圏磁気流体波の観測
・Pc1 脈動による磁気圏プロトンフラックス変動の観測(インダクション磁力計)
・ELF/VLF放射による磁気圏電子フラックス変動の観測(ELF/VLFE波動観測器)
4.磁波動による磁気圏のモニタリング
・ELF帯シューマン共鳴強度の連続観測による地球全球温度変化のモニタリング
「地球環境変動に伴う大気・氷床・海洋のモニタリング」
1.大気微量成分モニタリング
・連続測定と大気サンプリングによる微量気体成分の観測
・粒径別粒子数濃度測定とサンプリングによるエアロゾルの観測
・リモートセンシングや地上測定による雲、放射の観測
2.氷床氷縁監視と氷床表面質量収支のモニタリング
・衛星による高分解能画像データ及びマイクロ波データの取得
・地上トラバースによる雪尺観測
・航空機を利用した氷床氷縁の航空写真撮影及びビデオ撮影
・氷床氷縁部の融解過程と海洋・海氷との相互作用のモニタリング
3.南大洋インド洋区における海洋循環と海氷変動のモニタリング
・中層フロートによる海洋循環の観測
・船上及び衛星観測による海氷分布の把握
「南極プレートにおける地学現象のモニタリング」
1.昭和基地及び沿岸露岩域における地震・地殻変動モニタリング(越冬観測)
・地震計室における短周期・広帯域地震計の連続観測とデータ伝送、及び沿岸露岩域における広帯域地震計観測
・昭和基地 IGS網 GPS点の保守とデータ伝送、及び沿岸露岩域でのGPS相対測による後氷期地殻変動観測
・西の浦・検潮所の保守及び海洋潮汐連続観測
・地電位連続観測
・海氷上および氷床上でのGPS測定
2.南大洋における船上地学観測(夏期観測)
「海氷圏変動に伴う極域生態系長期変動モニタリング」
1.海洋生産モニタリング
・動植物プランクトン(オキアミ類を含む)及び海洋環境パラメータの観測
・人工衛星海色リモートセンシング観測
・沈降フラックス係留観測
2.海洋大型動物モニタリング
・アデリーペンギンなどの個体数調査
・アデリーペンギンなどの繁殖・捕食生態調査
3.陸上生態系長期変動モニタリング
・土壌微生物の変化のモニタリング
・植生変化のモニタリング
・湖沼、水系の水位・水量のモニタリング
・気流生物の変化のモニタリング
「衛星データによる極域地球観測変動のモニタリング」
1.目的衛星データ受信システムによる受信観測
・ERS−2、ADEOS−II、ALOS衛星
2.L/Sバンド衛星受信システムによる受信観測
・NOAA、DMSP、Orbview-2衛星
これらの長年にわたる継続的な観測を蓄積することによって初めて明らにすることが出来た成果を以下にまとめた。
「オーロラ全天観測」
昭和基地は南半球では数少ないオーロラ帯の真下にある観測基地で、オーロラ活動のモニタリングに最適な場所であり、1970年から全天観測を実施している。これまでの全ての波長を含んだパンクロ画像から今後、極域へ入ってくるオーロラエネルギーのより定量的なモニタリングを目指して、モノクロ画像でのオーロラ全天観測へ切り換えて行く計画である。
「地磁気絶対観測」
昭和基地での地磁気観測は地球上の地磁気観測ネットワークの1観測点であるが、昭和基地がある東南極地域は観測密度が中低緯度地域と比較して非常に小さいので、昭和基地で得られる地磁気観測データは相対的に重要度が増しており、(過去の観測データには測定誤差によるばらつきがやや見られるが)、グローバル地磁気モデルの構築に有用な観測データを提供している。
その結果、全磁力は年々減少傾向にあるが、減少率は近年徐々に小さくなってきていることが明らかにされた。
「大気中CO2観測」
昭和基地における大気中CO2濃度の長期連続観測からCO2濃度は明瞭な季節変化を示しながら年々増加していることが明瞭に示されている。増加率にエルニーニョ・イベントと同期した変動が見られ、気候変化に対する陸上生物圏の応答が寄与していると考えられる。また、昭和基地での観測結果は全地球的な変動を理解し、将来を予測する上で不可欠なデータである。
「自然地震観測」
昭和基地での自然地震の観測結果は全世界の地震ネットワークへ毎年報告しているが、これまでの長年の蓄積から、地球内核の差分回転への研究成果が生まれている。観測される地震波速度の系統的時間変化は、内核の自転速度がマントル・地殻の自転速度より少し(1度/year)早いとうまく説明できるらしいことが、Song and Richards(1996)により初めて提唱されたが、彼等の一連の論文では昭和基地やアラスカ等、極域の30年間の地震記録が重要な役割を果たしている。これらの年変動量の小ささから考えて必然的に長期・高精度モニタリングが必要であり、昭和基地における地震・重力・地磁気などの連続観測データがますます重要になる。
「海洋生産観測」
第7次隊以来の昭和基地往復航路上でに表面海水中のプランクトン現存量の観測は、当初の一日に2ー3回のバケツ採水から始まり、近年は船底からの連続ポンプ採水による自動観測へと発展し、南極海インド洋区のプランクトン現存量の分布を明らかにしてきた。その結果、インド洋区にて少なくても3つの興味深い海域が選ばれてきた。すなわち、昭和基地沖合いの海氷の分布が広い海域、南極周極流が偏流するケルゲレン海台周辺海域、及び、海氷の分布が最も少ないタスマニア南方海域である。これらの海域はその後専用船による観測計画の立案において基礎的な情報となった。船上では採水観測と同時に人工衛星による海色観測も実施されるようになり、さらに大きな時空間スケールでの情報蓄積が行われている。
また、昭和基地周辺におけるアデリーペンギン個体数調査も長年継続されており、個体数変動に数年から十年程度の増減周期が認めれており、基地周辺の海氷分布の季節的・経年的な変動傾向と関連することが明らかにされてきた。
プランクトンやペンギンのより長期的な変動傾向は、近年の人工衛星による観測から指摘されてきた南極周極波動現象のい見られる周期性との関連が考えられるが、さらに観測の継続が必要である。
モニタリング研究観測による観測データの一覧と成果トピックスは極地研のホームページ(http://polaris.isc.nipr.ac.jp/~caem/)に公表されており、また、定常観測を含む情報は、SCAR・COMNAPによる南極データ管理(JCADM)のホームページ(http://www.jcadm.scar.org/)に公表されている。
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