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第2回ArCS II公開講演会『北極先住民が語る暮らしと文化 ―地球温暖化の時代に生きる―』を開催しました

2023年3月11日(土)に、第2回ArCS II公開講演会『北極先住民が語る暮らしと文化 ―地球温暖化の時代に生きる―』を、東京の一橋講堂にて開催しました。公開講演会には111名、プレイベントの北極ボードゲーム『The Arctic』 体験会には13名が参加しました。20代以下の参加者が全体の4割弱を占め、高校からの団体参加もあるなど、過去の公開講演会と比較して若年層の参加が目立ちました。講演会では日英同時通訳を提供し、インタラクティブツールを利用して幅広く質問を募集しました。また、ロビーではArCS IIのパネル展を行いました。

(写真1)公開講演会の登壇者
(写真2)プレイベント・北極ボードゲーム体験会

第1部は「北極先住民の暮らしと文化」と題し、ナバガナ・カーヴィギヤ・ソレンセン氏(イヌイット文化伝承者)とルネ・フェルハイム氏(サーミ評議会 元北極・環境ユニット長)の講演が行われました。ナバガナ氏は、自身の人生を振り返りながら、グリーンランドイヌイットの暮らしや文化について紹介しました。講演の後半では、ナバガナ氏が制作に協力したカナダ映画「Vanishing Point」 を紹介した後、ドラムダンスを披露しました。ルネ氏は、サーミの暮らしや文化、歴史に加え、気候変動によって新たに生じた問題、サーミの若者の活動、映画制作に関する企業との協働について紹介しました。二人とも民族衣装を着用して講演を行い、休憩時間には参加者と交流を持つ姿がありました。

第2部では、第1部の登壇者に加え、ArCS II若手研究者の日下 稜氏(北海道大学)と石井 花織氏(東北大学)が登壇し、モデレーターの西村 勇哉氏(NPO法人ミラツク、他)のもと、パネルディスカッションを行いました。両研究者の研究紹介の後、野生動物との関係性、伝統的な道具の価値、暮らしとゴミの関係性、温暖化の捉え方、自分のルーツについて誇りに思うことなどについて、それぞれの視点で語り合いました。

閉会の辞では、榎本 浩之ArCS IIプロジェクトディレクター(国立極地研究所)は、講演会の総括に加え日本と北極の位置関係なども紹介し、本講演会を通じて北極とのつながりを感じてほしいと締めくくりました。

参加者アンケートでは、「アラスカのゴミ問題の現状や先住民の課題、温暖化の影響など、現地の方の生の声を聞けて良かった」、「北極圏の問題に向き合うには、北極圏にいる様々な先住民の社会、成り立ち、文化を知ることが大切だとわかった」、「科学的なことに興味があったが、文化等についても興味をもつことができた」、「日本の若手研究者と現地の人とのコラボレーションは非常に価値あるものだった」などの意見が寄せられました。

 

※時間の都合上、講演会中に答えられなかった質問の一部について、以下に回答します。

Q:日下さんに質問です。高校生のときにグリーンランドに行くことになったきっかけを教えてください。

 

A:小学生の頃に植村直己さんの本を読んで、グリーンランドでの暮らし(極地での狩猟を主体とする自給自足の生活)に憧れていました。高校2年生の時に、母校(北海道小樽潮陵高等学校)が開校100周年を迎え、同窓会が資金を集め、生徒の夢をかなえるために支援してくれたため、グリーンランドに行くことができました。(日下)

Q:①移動手段としての犬ぞりの技術は、若い人たちに継承されていますか? ②いくつくらいから犬ぞりを始めるのでしょうか? ③女性は犬ぞりは扱うのでしょうか?

 

A:①若い人たちも、犬ぞりを扱うことはできますが、あまり遠出をすることは少なくなってきているようです。②立って歩くようになる頃から、おもちゃの子ども用の犬ぞりのムチ(造りは大人用と同じ)を振り回して遊んでいます。小学校高学年にもなると自分の犬ぞりを持つ子どももいるようです。③やはり狩猟は男性主体ではありますが、女性も狩猟に参加しますし犬ぞりも扱います。(日下)

Q:日本にも狩猟を文化とする地域がありますが、最近では、地域によっては獣と人とのすみわけが難しく、獣が人の生活に影響を及ぼしていることがあります。北極圏での取り組みで、人と獣が共生している事例やヒントがあれば、お伺いしたいです。

 

A:北極圏では、日本に比べ圧倒的に人口密度が低いことに加え、低温のため農作物があまり育たないため、野生動物との軋轢が生じることが多くはありません。また、狩猟で生計を立てる人が減ってきているとはいえ、ハンターの数が多いので、村に近づいてきた動物はすぐに撃たれます。人間の所へ行けば、食べ物にありつけるという成功体験を与えないことも、重要な点だと思います。まれに、ホッキョクグマが村の近くに出没することがあるようですが、北グリーンランドでは、多くの家庭で犬を飼っていますので真っ先に吠えて知らせてくれますし、わざわざ遠くに狩に出かけなくて済むので基本的に歓迎されるようです。(日下)

Q:北極の温暖化を実感していますか。ご自身の身の回りにどんな変化が起こっていますか。マイナス面やプラス面、あれば教えて下さい。

 

A:グリーンランドでは、氷の張る時期が遅くなったり、氷河が後退したりしています。犬ぞりは凍った海の上を走るので、暖かくなると犬ぞりを使った猟はできなくなりますが、海が開く期間が長くなるので、船を使った猟により長く出られます。移動手段が大きく変化するので、文化が大きく変わりつつあります。(日下)

Q:狩猟文化の背景として、とれた獣の副産物を使うこともあるかと認識しています。近年の温暖化の影響は、そのような文化にどのような影響をおよぼしていますか。課題や取り組まれていることなどありましたら、伺えますと幸いです。

 

A:かつては動物の肉も毛皮も骨や牙も、ほとんど無駄なく利用されていたので、あまり副産物という概念が無かったように思います。現在ではイッカクの角やセイウチの牙、ペニスボーンなど、飾り物や彫刻の材料として、重要な現金収入源となっています。これらの動物は現在でもワシントン条約により、取引の規制があり、気候の変動により生息数が減ると、現金収入が断たれる可能性があります。(日下)

Q:ロシアウクライナ戦争は、北極圏の先住民コミュニティの生活、研究活動にどのような影響がありましたか。どのような問題を引き起こしていますか。

 

A:ロシアの先住民や研究者の中には、隣国に逃れた人もいますし、海外の研究者は現地に入ることができなくなったため、研究の継続が困難になっています。ロシアの先住民組織は、かつては先進的立場をとっていましたが、ウクライナ侵攻後にプーチンを支持する声明を出し、それに反発するメンバーが別団体を立ち上げるなど混乱が見られます。(国立アイヌ民族博物館・是澤 櫻子)

Q:サーミ、Inuitの他にもさまざまなindigenousな人々が北極にいらっしゃるかと思いますが、そうした方々同士、つながりがあるのでしょうか?

 

A:Arctic Council の様な、政治的な集まりもありますし、Arctic Winter Games World Eskimo Indian Olympics のようなイベントもあります。(日下)

Q:北極圏へのクルーズ船旅行の広告を見ました。温暖化によりアクセスが良くなったことが観光を呼ぶようになっているのだと思いますが、現地の視点からのopportunities & risksをお話頂けますか。

 

A:ご指摘のように観光による収入が見込める(誰に利益が入るか、という問題はありますが)という利点はあります。アラスカ全土に約200ある先住民村には、基本的にパイロットや教員のように限られた人しか出入りしない村もあれば、宿泊施設があったりツアーが催行されたりするような比較的観光客に開放的な村もあります。一方で課題の一つとしては、外から(船舶から)現地に持ち込まれる廃棄物の増大が挙げられます。近年、船からの有害物質排出規制強化に伴い焼却炉を船からおろしたクルーズ船が、処分できなかった廃棄物を寄港先であるアラスカのジュノー市に持ち込み、現地の埋立地を圧迫するという事例もありました。またほかにも、地域外との接触が少ない村々では、免疫が弱く医療資源も乏しいため、感染症に対して脆弱であるなどのリスクもあります。(石井)

A:毛皮の販売などによる外貨獲得が難しくなっているので、水産資源に並ぶ現金収入を得る手段として期待されます。一方、クルーズ船は一度に数百人、数千人の人が訪れるので、オーバーツーリズムとなる危険性があります。特に極北地域は人口が少なく観光客に対する、インフラも未整備です。氷河の街として有名になったグリーンランドのイルリサットでは、観光客が押し寄せているため、夏のシーズンには飛行機も連日満席、物価も高騰しており現地の人々の暮らしにも影響を与えています。(日下)

Q:グリーンランド、ウルティマチューレを訪問したことがあります。狩猟の後に、獲物への感謝や神様への感謝としてダンスを踊ると、当時、お聞きしました。現在はこうした意味のダンスは無くなってしまったのでしょうか。

 

A:現在では、ダンスを踊るという話は聞いたことがありませんが、やはり狩猟の成否は生活に直結するので、動物に対する感謝の念は、変わらずにある様な気がします。(日下)

Q:Grise Fiord(グリスフィヨルド・カナダ)とカーナークまたはシオラパルクのイヌイット語は似てると聞きました。互いに通じるのですか?

 

A:現在北グリーンランドに住んでいる人々は、1860年代にカナダから凍った海を渡ってきた人々の子孫もいるそうで、グリスフィヨルドなどカナダの東側に暮らすイヌイットとは会話ができるようです。(日下)

Q:アラスカのポイントホープという人口600人程度の町では、ゴミ収集車が走り、ゴミ集積所があります。ただしゴミはその場で焼却なので問題は多いと思います。ゴミ収集や管理はほぼ専属の人がやっていますが、これは特殊な事例でしょうか?

 

A:アラスカの多くの村では、連邦政府や州政府の助成金を取得して各種の環境プログラムを実施しています。廃棄物処理に関しては、焼却施設や処分場のフェンスなどの設備の購入資金や、ポイントホープのように作業員の雇用やトレーニングの資金に充てられているようです。しかしながら人口の少ない村では、その職に就いていた人が辞めてしまったり引っ越ししたりすると、後任がなかなか見つからずにプログラムが中断してしまうという課題もあります。(石井)

Q:生活が便利になることは先住民の村では、必ずしも歓迎されないのでしょうか。

 

A:場所や世代、立場によってさまざまな受け止め方があり、状況は複雑かと思います。私がこれまでアラスカで受けた印象は、人々はスマートフォンやインターネットなどの情報技術や、家電、食品などを利用しつつも、それら「白人のモノ」が持ち込まれた植民地主義的背景を考慮すると手放しには歓迎できない、というものでした。感情はともかく現状としては、伝統的な狩猟や漁撈(ぎょろう)を行うにしても、化石燃料やモーターボート、猟銃など現金で購入するモノが不可欠とされています。(石井)

A:やはり生活が便利になることは、基本的に歓迎されます。ただ都会に出て行っても生活になじめずに帰ってくる人も多いようです。また、われわれ日本人や他の海外の研究者が、現地に入り込んで研究をしていると興味を持ってくれるようで、研究紹介のイベントを開催すると多くの人が集まります。そのことがきっかけで、人たちの暮らしや、自然環境を改めて見直すこともあるようです。私が(畏れ多くもイヌイットに対して)毛皮の良さを、こんこんと説いたところ非常に喜んでもらえました。(日下)

Q:日本では都市への人口集中で地方の過疎化が起きていますが、先住民の方々が暮らすまちの人口はどう変化していますか?人口の変化は、文化の継承にも関わりますよね。

 

A:グリーンランドも日本と同様に、都会に人口が集中してきています。20年前の北グリーンランドには、中心都市(と言っても人口650人ほど)のカナックの他に小さな村が5つあったのですが、その内の2つの村が廃村になりました。ただ、グリーンランドでは、小さな村でも子供たちがいて、少子化による人口減少ではなく移住による点が、日本の過疎地と違います。近年では、学校でも文化の伝承に力を入れていますが、やはりハンターの数は減少傾向にあります。(日下)

Q:近代化に慣れ親しんだ若い世代と上の世代で、アイデンティティなど考え方の違いはあるのでしょうか?

 

A:グリーンランドの年配の方は、比較的新しいものを受け入れることに柔軟な気がします。若い人は、やはり都会に対する憧れもありますし、イヌイットの伝統的な食文化の象徴であるキビヤック(ヒメウミスズメという鳥をアザラシの毛皮で作った袋にパンパンに詰めて、醗酵させたもの。お祝い事の際に食べられる)などは、臭いと言って食べない人もいます。それでも北グリーンランドでは、ハンターに対する尊敬や憧れも見られますし、西グリーンランドなどの都会でも、アザラシなどの伝統的な肉は人気があるようです。(日下)

 

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