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北極関連トピックス解説

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COVID-19と日本の北極研究─かつてない困難な状況の中で

*こちらの記事はArCS II News Letter No.2 (発行:2021年7月)に掲載されたものです。

北極研究において、急激に変化する北極域の実態を把握する上で、現地での観測や調査活動は必要不可欠な研究手段です。しかし2020年に世界的なパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、北極圏国においても海外からの渡航が厳しく制限され、これまでのような現地での観測・調査活動ができない状態が1年以上続いています。このような、かつてない困難な状況の中で、日本の北極研究はどのような問題に直面し、研究者はどのように対応しているのでしょうか。戦略目標①「先進的な観測システムを活用した北極環境変化の実態把握」の青木輝夫統括役(国立極地研究所特任教授)にお話を伺いました。
(聞き手:ArCS II事務局)

──戦略目標①に貢献する研究課題は、北極域の自然環境における観測実施がとりわけ重要なものばかりですが、実施状況はどのようになっていますか。

青木統括役(以下、青木):陸域課題 では、2020年度に予定していたカナダ北極圏、東シベリア、アラスカにおける現地観測がまったく実施できませんでした。海洋課題 は、毎年実施している海洋地球研究船「みらい」による北極海航海が実施されたものの観測日数が大幅に縮小され、実施項目の制限を受けました。大気課題 では、ノルウェー・スバールバル諸島のニーオルスンに設置している一部観測機器のメンテナンスができずいくつかの観測が停止したり、温室効果気体の連続観測が一時中断したりしました。雪氷課題 では、2021年度のグリーンランドでの自動気象観測装置(AWS)の設置が延期になりました。また、他の課題でも海外で計画されていたキャンペーン観測が順延となったことなどを受け、関連する研究計画も変更になっています。

──北極圏国の入国制限により現地に行けないことが大きく影響したのですね。

青木:日本の海外渡航制限も影響しています。それらCOVID-19による移動制限の影響は、海外への人的移動だけではありません。航空便の運休などにより国際物流が停滞し、現地で採取した大気試料を日本に輸送できないことがありました。また国内でも、感染防止のための出勤制限や実験室への立ち入り人数制限による分析の遅れ、業者の勤務体制変更により予定していた装置開発が遅れるなどの影響がありました。一方、研究を推進する上の問題点として、本プロジェクト開始時の課題内でのコミュニケーションが必要な時期に対面のミーティングが制限されたことも負の影響となり、課題内連携にも影響を及ぼした可能性があります。

──現地での観測ができず、試料の解析も予定通りにいかないと、研究活動が進められないのではないでしょうか。

青木:海洋課題 をはじめ一部の課題では規模を縮小して現地観測を実施してきました。しかし、多くの現地観測がほぼできない状況下で、各課題では今できることを確実に実施するように研究計画を見直してきました。例えば、現地観測予算や旅費を、モデル研究や衛星リモートセンシング研究に振り替えて前倒しで実施しています。また、現地の共同研究者などに一部の観測やメンテナンスを委託したり、試料の提供を受けるなどして、観測や分析を継続してきました。実施が難しい観測については代替調査地の検討も行われています。一方で、状況が改善して海外渡航が可能となることも想定して、現地観測の計画や機器の調整も並行して進めています。

──感染症対策を機にオンライン会議が一気に普及しましたが、その影響はいかがでしょうか。

青木:国際的な研究集会や会議もオンライン開催になり、参加のための出張が大幅に減ったためか、論文執筆は全体的に加速したという意見もあります。しかし、大学に所属する研究者の中にはオンライン講義の対応などで研究に割ける時間が減ってしまった例もあるので、影響はさまざまです。

──海外の研究機関と日本とでは、状況は違うのでしょうか。

青木:日本には北極域がないので、北極観測は国境を越えた移動となり、現地観測は一般に困難です。一方、北極圏国では、国内移動としてある程度現地観測ができている国もあります。

──海外の研究機関や研究者と協力して実施していることはありますか。

青木:現地海外研究者との協力は大変重要で、すでにさまざまなことが行われています。大気課題 では、アラスカやシベリアでの連続観測を現地研究者の協力で実施しました。ニーオルスンでは現地機関の協力を得て、既存の観測機器の多くが継続運用されており、新規での大気エアロゾルの採取機器の設置も進めています。陸域課題 の東シベリアのいくつかのサイトでは、現地の研究者と日本人研究者の長年にわたる共同研究実績と信頼関係があり、これまで実施してきた観測は現地委託で継続されています。ただし、一般に委託観測はわれわれが行うよりもコストが高くなりますし、独自開発した機器の設置や調整など委託が難しいものもあります。

──委託観測が難しいものについては、どのような対応が取られているのでしょうか。

青木:一部の観測やメンテナンスは委託できても、研究者自身が現地に行かないとできない観測や調査も多くあります。そこで、海外出張が許可された一部機関の研究者が、定められたさまざまな事前手続きと現地での自己隔離を行った上で、装置の設置やメンテナンス、観測拠点の立ち上げなどを実施しています。冒頭に述べたニーオルスンで中断していた観測も再開しつつあります。また、この貴重な機会を最大限に活用できるよう、他課題の研究計画とも連携した活動を行っています。

グリーンランド氷床南東部で250mのアイスコアを採取。
SE-Domeプロジェクト(代表:飯塚芳徳・北海道大学)との連携観測

──最後に、今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

青木:2021年に入ってからは国際的にワクチン接種が少しずつ進み、北極圏国の国内移動や同地域内での移動の制限が緩和される傾向にありますが、日本からの渡航は依然として難しく、北極研究者にとっては厳しい状況が続いています。研究活動の歩みを止めないために、研究者は考え得る最大限の努力を日々重ねていることを、ぜひ知っていただきたいと思います。

現地観測を実施した研究者のコメント(2021年7月時点)

現状ではまだ簡単に「行ける」状況ではなく、むしろ渡航は控えるべきという考え方が大多数だと思います。感染対策を行い、正式な事前手続きを踏んでいるとはいえ、この状況下での渡航は緊張の連続で、心的な負担や疲労は大きかったです。それでも、地球環境変化の実態を捉えるためには継続的なデータ取得は重要で、コロナ禍でやむを得ず中断していた観測を再開できたことは意義が大きいと思います。

コロナ禍でも研究目的での渡航は認められていましたが、渡航に必要な手続きは日々更新されている状況なので、常に最新情報を調べながら諸手続きを進めることが大変でした。また、空港側や航空会社側に出入国に関する手続きが十分に周知されていない場面もあったため、出入国に当たっては常に緊張感があり、想定外の場面などもありました。それでも、現地にて観測データやサンプルの回収、観測機器の点検や修理などができたことは、ニーオルスン基地での観測活動を維持する上で、非常に大きな意義があったと思います。

2022年11月追記

2022年に入ってグリーンランドやアラスカにおける夏季の現地観測がようやく本格的になりました。しかし、現地でのCOVID-19感染による足止めなど、依然予定通りいかない状況です。さらに、ウクライナ情勢や円安により交通費、輸送費、航空機オペレーションの高騰などの新たな問題も生じています。研究者らはこれらの困難な状況を克服すべく、十分準備を行い現地観測に対応しています。