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北極関連トピックス解説

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研究者が語るグリーンランドの極端気象

*こちらの記事はArCS II News Letter No.4 (発行:2022年2月)に掲載されたものです。

2021年8月にグリーンランド氷床最高地点(標高3,216m)のサミット基地で降雨が観測されたことがニュースとなりました。

この降雨イベントに関連し、近年頻発するグリーンランドにおける極端気象の原因や影響など研究から分かってきたことについて、グリーンランドで観測を行っている研究者や極端現象の研究者に集まり語っていただきました。


サミット基地における2021年の降水イベントの概略

青木 輝夫 氏 (国立極地研究所)

グリーンランド氷床では2021年8月14日から16日までの3日間、南部を中心に表面融解が起こり、14日にはサミット基地で降雨が観測されました。サミット基地での表面融解イベントは1989年の観測開始以降4回(1995年、2012年、2019年、2021年)、夏季に確認されています。その中で2012年7月の融解イベントは最も規模が大きく、グリーンランド氷床表面全体の97%が融解したという報告があります。2021年の夏季はグリーンランド氷床全体で比較的規模の大きな表面融解が3回起こりましたが、領域的には2012年7月に比べると氷床南部に限定されています。 ただし2021年は、8月中旬という夏の終わりにこのような高温現象が観測されたことが特徴です。この時期、氷床北部ではすでに気温が下がり始めていますが、南部ではこの年の最高気温を観測した地点がサミット基地のほかにもありました。また、サミット基地での気象要素を2012年と2021年で比較すると、気温はともに少しプラスになった程度で、2021年の降雨イベントは+0.5℃以下で起こっています。日本国内ではこのくらいの気温では雪で降ることが多いので、上空の雪片が小さかったなどの原因が考えられます。2021年8月中旬の気圧配置を見ると、グリーンランド南部に高気圧、カナダ多島海に低気圧が位置していました。 南から暖湿気流がグリーンランドに流入しやすい気圧配置となった結果、氷床南部を中心に気温偏差が大きな正の値になりました。

アイスコアから分かる過去の氷床融解

東 久美子 氏 (国立極地研究所)

非常に顕著な表面融解があった2012年、7月上旬に北西グリーンランドで深層アイスコア掘削(北グリーンランド深層氷床コア掘削計画:NEEM)を行っていたとき、雨が降って虹が出たことが観測されています。そこは通常、夏でも氷が融けることがない場所ですが、このときの気温はプラスになっていて、非常に暖かかったということです。

最近アイスコア掘削を行っている東グリーンランド(東グリーンランド深層氷床コアプロジェクト:EGRIP)で積雪ピットを掘ると、2012年の層に氷板(雨水が凍った、または融解した積雪が再凍結したもの)が検出されます。この2012年の氷板は、おそらくいろいろな所で検出されると思います。

今回降雨が観測されたサミット基地で掘ったアイスコアを見ると、1889年の層にも氷板があったことが分かります。この1889年の氷板はグリーンランドで過去さまざまな所で掘り出されたアイスコアにも見えていることから、1889年は2012年と似たような状況にあったのではないかといわれています。2012年はブラックカーボンの濃度が非常に高かったことが分かっていますが、1889年にもブラックカーボンが多かったということです。ブラックカーボンが日射の吸収を増やし氷床融解が促進されたなど、何らかの影響があった可能性があります。

Atmospheric riverの影響

Atmospheric riverとは

平沢 尚彦 氏 (国立極地研究所)

簡単に言うと「水蒸気が帯状に集中した領域」のことで、そこでは水蒸気が鉛直方向に積み重なっています。運ばれる水蒸気の量がアマゾン川の水量に匹敵するといわれ、「atmospheric river」と呼ばれるようになりました。atmospheric riverは、高緯度・極域に運び込まれる水蒸気のうちの90%をも担うことが分かってきました。atmospheric riverを扱った論文数は、1992年ごろは年間1、2本でしたがその後急激に増加し、最近では400本を超えるようになっています。

Atmospheric riverと温暖化の影響

平沢 尚彦 氏 (国立極地研究所)

温暖化するとatmospheric riverによって極域に運び込まれる水蒸気量が増加し、その結果、極域の降水量が増加すると予想されています。降水が雪であれば、海から蒸発した水を氷床の上に移動させることになり、海水準を下げる効果になります。これとは別に、atmospheric riverは昇温現象を伴っており、氷床表面の融解や蒸発も引き起こしています。この仕組みは、結果的に氷床の水分を大気に吸い取り海に戻す、すなわち海水準を上げる効果になります。将来温暖化が進行したときにどちらの影響がより強くなるのかが、最終的には海水準の変化に与えるインパクトを決めることになります。

Atmospheric riverの降雨イベントへの影響

庭野 匡思 氏 (気象庁 気象研究所)

2021年8月14日の降雨イベント発生時の地上風速・鉛直積算水蒸気量

図は、2021年8月14日の降雨イベント発生時の地上風速、大気中の鉛直積算水蒸気量を示しています。グリーンランドの西側には発達した低気圧があり、グリーンランド西側縁辺で北向きの風が吹いていたことが分かります。水蒸気量は赤色の濃さで表されており、薄い赤以上になっている所がatmospheric riverの影響下にあると考えられます。その領域は北米大陸からグリーンランドの西側縁辺を経て北側に連なっていることから、今回の降水イベントはatmospheric riverの影響下で引き起こされたと言えると思います。ただし、こういった気圧配置が珍しいのかどうか、なぜここで雨が降ったのかなどはまだ分からないので、今後調べる意義はあると思います。

イベントアトリビューションの観点から

川瀬 宏明 氏 (気象庁 気象研究所)

イベントアトリビューション
人間活動による気候変動が実際に発生した異常気象の発生確率や強度をどの程度変えたかを定量的に評価すること

ここ数年のグリーンランドにおける氷床の表面融解や降雨頻度の増加が温暖化の影響かどうかは、数値シミュレーションを使って温暖化ありなしの条件で最近30年程度を対象に評価し、頻度分布として出すのがよいと考えられます。一方で、2021年8月の降雨イベント限定で考えると、これは「イベントアトリビューション」になります。例えば温暖化によって今回の降雨イベントの発生確率が上がっていたのかどうかは、確率的手法で頻度分布から検証します。降水イベントが2021年に特に起こりやすかったのかどうかも、併せて評価することができます。また今回の現象を数値シミュレーションにより忠実に再現した上で、これまでの温暖化の影響を除いた計算と比較するのが量的評価手法です。これにより、以前であれば雨ではなく雪で降っていたかもしれない、あるいは量が違ったかもしれないと評価できます。この3つを使いながら評価することで、グリーンランドにおける近年の降雨や氷床の表面融解について、温暖化の影響を調べていけると考えています。

グリーンランドの自然環境変化と社会への影響

杉山 慎 氏 (北海道大学)

グリーンランド北西部のカナックという地域では、陸の上を氷河・氷床が広く覆っています。私たちはこの地域を中心に、氷河・氷床の変動が周囲の環境に与える2つの影響を研究しています。

一つ目は、カービング氷河が海と生態系に与える影響です。氷河の融け水は真水で海水よりずっと軽いので、氷河の底を通って水深200~300mで海に出ると、海水の中を湧き上がります。この融け水の湧昇が暖かい水を運んで氷河末端の融解を促進させるとともに、深い所のプランクトンや魚を海面近くに移動させるため、それを餌にする鳥類や海棲哺乳類の行動にも影響を与えていることが分かってきました。

もう一つは、頻発する洪水や地すべり災害が環境や住民の生活に与える影響です。カナック村の裏には大きな氷帽が広がっており、そこに雨が降ることによって洪水が起きて、村の建物や道路が破壊されます。気温上昇ということになれば、凍土が融解して斜面が脆弱になり、洪水や地すべりの影響はいっそう大きくなると予想されます。