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北極関連トピックス解説

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北極の気候変動の謎に挑む

*こちらの記事はArCS II News Letter No.5 (発行:2022年8月)に掲載されたものです。

真鍋淑郎氏が2021年にノーベル物理学賞を受賞され、気候変動メカニズムの解明や気候変動予測の高度化が注目されています。世界中で気候モデルの開発・改良・精緻化が進んでいますが、ArCS IIの大気課題 で北極域の気候変動メカニズムの解明および気候モデル開発に取り組む相澤拓郎氏(国立極地研究所、気象庁気象研究所)と大島長氏(気象庁気象研究所)に、気象研究所の気候モデルによる最近の研究成果についてお話しいただきました。 Aizawa Oshima
相澤 拓郎氏 大島 長氏
図1:北極の地上気温の変化。1850〜1900年を基準とした過去の観測値(HadCRUT5)および気象研究所の気候モデル(MRI-ESM2.0)による過去の再現(Historical)と2015年以降の予測(SSPシナリオ)。 排出シナリオによって程度の差は生じるが、いずれも現在より温暖化することが予測される。(背景画像提供:気象庁)

北極域の気候変動における2つの大きな謎

図2:1850~1900年を基準とした地上気温の観測値の変化。赤線は世界平均、青線は北極平均、太線は9年移動平均値。観測値はHadCRUT5を使用。

1つ目の謎は、20世紀前半の北極温暖化です。大気中の二酸化炭素濃度が現在よりも低く、増加傾向も緩やかであるにもかかわらず、現在に匹敵する温暖化が進みました。2つ目の謎は、20世紀中ごろに、大気中の二酸化炭素濃度が一貫して増加しているにもかかわらず、北極が寒冷化したことです(図2)。

地球の気温に影響を与える要因には、温室効果ガス・エアロゾル・太陽活動・火山活動といった外部因子と、エルニーニョ・ラニーニャ現象のように大気・海洋・陸面の相互作用により生じる内部変動があります。北極の温暖化や寒冷化の要因についてはいまだ正確な評価はなく、議論が続いています。

図3:北緯50~90度での地上気温の変化。気候モデルMRI-ESM2.0による再現(a)と観測値(b)との比較。10年移動平均の帯状平均を示す。1941~1970年を基準とする。出典:Aizawa et al. (2021) Figure 1

その解決には気候モデルにより過去の気候を再現することが有効です。世界各国の研究機関が開発した最新の気候モデルを集め比較した国際研究プロジェクト「第6期結合モデル相互比較計画(CMIP6)」による結果は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書に引用されており、気象研究所の気候モデルMRI-ESM2.0も参加しています。CMIP6に参加したいくつかのモデルでは、従来のモデルでは難しかった過去の北極域の地上気温などの再現性が大きく向上しました(図3)。これらの気候モデル群の解析により、高い信頼性で北極気候変動の要因を調べることが可能になり、今回の北極気温変動メカニズムの解明につながりました。

1つ目の謎:20世紀前半の北極温暖化の要因は?

1911〜1940年の30年間の温暖化に対して、各要因の寄与を分析したところ(図4)、太陽活動と火山活動の寄与が大きく、温室効果ガスとエアロゾルの寄与が小さいことが分かりました。しかし、これらだけでは観測された北極温暖化の全てを説明できません。要因分析の結果、この時期の北極温暖化は、太陽活動と火山活動の変化に加え数十年規模の内部変動が複合的に影響して起きたと考えられます。つまり、自然由来の外部因子と数十年規模の内部変動は同程度の大きさで温暖化に寄与していたことが分かりました。 [Aizawa et al. (2021) https://doi.org/10.1029/2020GL092336 ]

図4:複数の気候モデルの解析により推定された、30年間(1911~1940年)の北極域(北緯60~90度の平均)での地上気温の要因別の長期変化傾向。縦軸は、30年の間にどれだけ北極の気温が直線的に変化したかを示す。正の値の場合は温暖化への寄与、負の値は寒冷化への寄与を表す。20世紀前半の温暖化に対して温室効果ガスとエアロゾルの効果は小さく、太陽活動と火山活動の効果は0.6℃である。全ての外部因子と数十年規模の内部変動を考慮すると(①+②)、0.6~1.4℃の温暖化を示し、観測の1.3℃と整合する。 出典:Aizawa et al. (2021) Figure 5(d)を改変

2つ目の謎:20世紀中ごろの北極寒冷化の要因は?

次に1940〜1970年ごろの北極寒冷化に対しても各要因分析を行いました(図5)。寒冷化に最も寄与した要因はエアロゾルで、太陽活動と火山活動の寄与は比較的小さいことが分かり、また温室効果ガスは寒冷化を緩和するように作用していました。20世紀前半の北極温暖化と同様に、エアロゾルだけで観測された寒冷化を説明することはできませんが、数十年規模の内部変動を考慮すると、観測データと整合しました。このように20世紀中ごろの北極寒冷化には、同時期の人間活動によるエアロゾルの増大と数十年規模の内部変動が複合的に影響していたことが分かりました。[Aizawa et al. (2022) https://doi.org/10.1029/2021GL097093 ]

図5:複数の気候モデルの解析により推定された要因別の北極地上気温の変化への寄与。縦軸は、北極域(北緯60~90度の平均)での1970年(1965~1974年平均)の気温から1940年(1935~1944年平均)の気温を引いた値を示す(図4とは異なるので注意)。正の値は、その要因が温暖化に、負の値は寒冷化に作用したことを示す。20世紀中ごろの北極寒冷化に対してエアロゾルが最も寄与し(-0.7℃)、太陽活動と火山活動は弱いながらも寒冷化に寄与し(-0.1℃)、温室効果ガスは寒冷化を緩和するように作用した(0.4℃)。全ての外部因子と数十年規模の内部変動(①+②)を考慮すると-0.9~-0.5℃の寒冷化を示し、観測の-0.8℃と整合する。 出典:Aizawa et al. (2022) Figure 4を改変

これからの北極はどうなる?

図2に示したように、現在の北極域では世界平均の2倍以上のスピードで温暖化が進行しています。今後、数十年規模の内部変動による寒冷化が偶然起きたとしても、気温上昇を緩和する効果はあるものの、北極の温暖化は止まらないと考えられます。逆にその内部変動が温暖化を強めるように作用すれば、現在の温暖化傾向をさらに加速させる可能性もあります。

今回、私たちの一連の研究によって、20世紀の北極の温暖化と寒冷化の原因を定量的に示すことができました。気象研究所の気候モデルによる成果は、気候変動に関する対策の科学的根拠としてIPCCや北極評議会で活用されています。今後も、気候モデルの継続的な開発や、観測データと数値シミュレーションデータを用いた解析研究を進めることで、気候変動の理解へさらなる貢献ができると考えています。