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北極関連トピックス解説

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活発化する北極域での研究活動─パンデミックを乗り越えて

*こちらの記事はArCS II News Letter No.8 (発行:2024年2月)に掲載されたものです。

北極域研究を進める上で、現地での観測や調査は欠かせません。2020年から開始したArCS IIでは、新型コロナウイルスによるパンデミック、2022年以降はロシアのウクライナ侵攻の影響を大きく受けてきました。
ようやく新型コロナウイルス感染症が落ち着き、北極域各地での研究活動も活発化しています。2023年度は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋地球研究船みらいや北海道大学水産学部附属練習船おしょろ丸による北極航海、カナダ・ケンブリッジベイでの氷上観測、グリーンランド北西部カナック周辺での雪氷観測や生態系調査をはじめ、多様な活動を行ってきました。
本特集では、カナダ・エルズミア島やアラスカ氷河域での研究観測、フィンランド・イナリでの先住民との協働の3つについて紹介します。

2020年以降のArCS IIの主な活動地域(黄印・赤印)と観測航海の航路(実線)
(北極域地図:©2015 北極環境研究コンソーシアム・国立極地研究所を改変)

エルズミア―北極圏で探る生物多様性の原点

西澤 啓太
東京大学
先端科学技術研究センター

エルズミア島はカナダ最北の島で、その多くは極砂漠と呼ばれる荒野や氷原に覆われています。その中で、調査地であるオーブローヤベイ周辺は特異的に多くの植物が生育する、世界でも最北の植生発達地の一つです。私たちはこの場所で、極限環境における生物多様性や生態系の成り立ちの解明を目指して研究を行っています。2023年の夏も、この無人の原野にチャーター機で降り立ち、大量の蚊、狭いテント、満足とは言えない食料などの過酷な環境下でキャンプ生活をしつつ、約1カ月にわたって研究データを取得してきました。このような、地道な現地観測に基づく知見は、北極生態系の成り立ちの根源的な謎に迫るだけでなく、生態系が気候変動によって受ける影響や、生態系から気候へのフィードバック(北極温暖化増幅)の理解に大きく貢献すると期待されています。

多様な小型植物が共存する北極ツンドラ

アラスカ―氷河域からのメタン発生を追う

紺屋 恵子
海洋研究開発機構
北極環境変動総合研究センター

メタンは二酸化炭素に次いで重要な温室効果ガスです。これまで氷河域からメタンが放出されているとは考えられていませんでしたが、最近になり、大きな氷河からの大量放出が発見されています。私たちの研究グループは、世界に数多く存在する小さな山岳氷河のメタン放出量と生成過程を明らかにしようとしています。氷河底では、生成されたメタンは水中に過飽和の状態で溶存していると考えられており、氷河底の水路は氷河末端の流出河川とつながっているため、流出河川水中の溶存メタン量を測定します。2022年までアラスカの4つの氷河で短期観測を行ったところ、溶存メタン濃度と水質に違いが表れました。2023年はこれらの時間変化を捉えるため、特に濃度の高かったキャスナー氷河において、1週間の連続観測を行うとともに、南部の複数の氷河での観測結果と比較し、解析を進めています。

キャスナー氷河の氷のアーチ。2022年まであったトンネルが一部崩壊し現在の形へ。

イナリ―サーミ民族らとの協働による先住民観光の「本物体験」創出

福山 貴史
北海道大学
観光学高等研究センター

フィンランド北部のイナリ地域において、持続可能な観光や地域のレジリエンス(しなやかな回復力)向上に資するサーミ文化観光の「本物体験」に着目し、地域関係者の皆さんと一緒に協議しています。歴史的背景を踏まえても、このテーマは想定以上に深いことが分かっており、そのため、トナカイ牧畜観光業者、サーミ職業訓練学校、サーミ博物館、サーミ議会など、できる限り幅広い分野の方々と継続して議論してきました。2024年2月、その成果を段階的に実証するため、私たちはプロの旅行会社をお招きするモニターツアーを開催し、そのフィードバックを通じた本物性の検証とマーケット基礎分析を行います。こうした一連の試みは業界としても初めてで、地域協働を最大の武器としてこれに挑みます。この研究結果は、国内外に向けて報告しつつも、全てイナリ地域に還元していきます。

イナリ地域の皆さんと協働して行ったワークショップの様子


ArCS IIでは、海外の研究機関との人材交流や若手人材の海外派遣などにも力を入れてきました。
来年度も、ヨーロッパや北米での研究活動や海外の研究者の日本への招聘など、国際的な研究交流を進めていきます。