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北極関連トピックス解説

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第4期海洋基本計画における北極政策

執筆者:木村 元(海洋研究開発機構)

本稿では、2023年4月28日に閣議決定された第4期海洋基本計画 の一部として策定された北極政策について概観します。

1. 海洋基本計画と北極政策

日本政府の北極政策は、2015年の北極政策に関する包括的な政策文書である「我が国の北極政策」[1] に加えて、「海洋基本計画」のなかに明記されてきました。海洋基本計画は、2007年の海洋基本法に基づき、内閣総理大臣を本部長とする総合海洋政策本部において、「海洋に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため」に策定されます。2008年に第1期海洋基本計画が閣議決定されて以来、5年ごとに見直しが行われ、2013年に第2期計画、2018年に第3期計画、そして、2023年4月28日に第4期計画が閣議決定されました。

2013年の第2期計画では、気候変動がもたらす北極海の変化や北極に対する国際社会の関心の高まりを踏まえて、北極海をめぐる取組が重点的に推進すべき課題の一つに位置づけられ、「北極域の観測・研究」、「グローバルな国際協力」、「北極海航路の可能性検討」に総合的かつ戦略的に取り組むことが定められました。

2018年の第3期計画は、海洋に関する施策についての基本的な方針の第一に「総合的な海洋の安全保障」[2] を据え、第二として6つの主要施策[3] を揚げ、「北極政策の推進」は、この6つの主要施策の一つに位置づけられました。第3期計画では、第1部の「海洋政策のあり方」のなかで、「[我が国の北極政策]に基づき、我が国にとっての北極の重要性を十分に認識し、観測・研究活動の推進を通じた地球規模課題の解決による我が国のプレゼンスの向上、国際ルール形成への積極的な参画、我が国の国益に資する国際協力の推進等の観点を踏まえ、研究開発国際協力持続的な利用に係る諸施策を重点的に推進する」(下線筆者)という基本方針が示され、第2部の「政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」においてその具体的な取組内容が示されました。

2. 第4期海洋基本計画における北極政策

2-1. 概要

2023年4月に閣議決定された第4期計画は、第3期計画において示された「総合的な海洋の安全保障」を主柱として維持するとともに、カーボンニュートラルの実現が喫緊の課題になっていることや、グリーントランスフォーメーション(GX)が世界の潮流になっている状況を踏まえて、二つ目の主柱として「持続可能な海洋の構築」を据えています。「北極政策の推進」は、7つの「着実に推進すべき主要施策」[4] の一つに位置づけられ、第3期計画に引き続き、第4期計画においても、研究開発国際協力持続的な利用の3つの柱を推進していく方針を維持することが示されています。

第3期計画以降の日本の北極政策の取組状況として、第4期計画では、2021年度から日本で初めてとなる北極域研究船の建造に着手したことと[5] 、2021年5月に、アイスランドとともに第3回北極科学大臣会合(ASM3: 3rd Arctic Science Ministerial)を開催したことが言及されています。特に、北極域研究船については、「完工後速やかに運用できるように国際研究プラットフォームとしての利活用方策や航行計画を検討する」とされています。

第4期計画の「政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」のなかの「北極政策の推進」の見出しは以下の通りです(見出しは第3期計画のものと全く同じ)。ここでは、北極政策の3つの柱について、具体的な取組の状況・計画が示されています。

7. 北極政策の推進
(1)研究開発
  ア 北極域研究に関する取組の強化
  イ 北極域に関する観測・研究体制の強化
  ウ 北極域に関する国際的な科学技術協力の推進
  エ 北極域の諸問題解決に貢献する人材の育成
(2)国際協力
  ア 「法の支配」に基づく国際ルール形成への積極的な参画
  イ 北極圏国等との二国間、多国間での協力の拡大
  ウ 北極評議会(AC)の活動に対する一層の貢献
(3)持続的な利用
  ア 北極海航路の利活用
  イ 北極海の海洋環境保全の確保
  ウ 北極域の持続的な海洋経済振興

 

2-2. 第3期計画からの変更点

上述の北極政策の具体的な取組の状況・計画について、第4期計画は第3期計画の内容をほぼ踏襲しています[6] 。ただし、第3期計画から第4期計画の間に、北極では大きな国際情勢の変化がありました。2022年2月に開始されたロシアによるウクライナ侵略は、地理的にロシアの占める割合が大きい北極の国際関係に大きな影響を与えています。第4期計画は、「ロシアによるウクライナ侵略の影響で、北極評議会を始めとする一部の北極関連活動が休止する等、北極を取り巻く情勢は先行きが不透明な状況となっている」と指摘しています。このような国際情勢の変化を受けて、「関係国との情報交換を進め、あらゆるシナリオに備えた万全の準備を行う」との記述が追加されています。ロシアの動向が大きく影響する北極海航路の利活用については、第3期計画では、具体的な取組として北極海航路の海氷分布予測システムや航行支援システム、インフラ整備が言及されていましたが、第4期計画では、それらの具体的な文言が削除され、「北極域及び北極海航路に関する情報収集を行うとともに、国際情勢等も踏まえつつ、産学官協議会における情報共有を始め、産学官の連携を推進する」との記述に変更されています[7]

おわりに

第4期計画は、従来の北極政策の方針を維持し、研究開発、国際協力、持続的な利用を3つの柱として掲げています。北極域研究船の建造や北極科学大臣会合の開催等、第3期計画決定後の日本国内の動きについては若干の記述の更新があったものの、政策の基礎となる北極域の環境変化やその変化が人間社会に与える影響についての分析部分はほとんど更新されていません。海洋基本計画の北極政策のなかでは言及されていませんが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の海洋・雪氷圏特別報告書や第6次評価報告書、北極評議会の文書(決議、行動計画、作業部会の報告書等)や国際的な北極研究・観測のための組織では、北極が抱えている具体的課題が示されています。研究開発、国際協力、持続的な利用という北極政策の3つの柱の下に日本が現在取り組んでいることを列挙するだけでなく、それらの取組が北極のどのような具体的課題の解決に貢献するものなのかを説明する視点も必要なのではないでしょうか。

参考

 


  1. ^ 2013年5月に日本が北極評議会(AC: Arctic Council)のオブザーバー資格を承認されたことを受けて、同年7月に北極関係省庁(内閣官房、内閣府、総務省、外務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省)から構成される「北極海に係る諸課題に対する関係省庁連絡会議」が設置されました。同会議において本格的に北極政策の策定が進められ、2015年10月に「我が国の北極政策」が総合海洋政策本部において決定されました。
  2. ^ 「総合的な海洋の安全保障」には、領海等における国益の確保、シーレーンの安定的利用の確保、国際的な海洋秩序の強化といった安全保障に関する施策内容だけでなく、海洋状況把握体制の確立、国境離島の保全・管理、海洋調査、海洋観測、経済安全保障、海洋環境の保全等といった幅広い内容が包含されています。
  3. ^ (1)海洋の産業利用の促進、(2)海洋環境の維持・保全、(3)科学的知見の充実、(4)北極政策の推進、(5)国際連携・国際協力、(6)海洋人材の育成と国民の理解の増進の6つ。
  4. ^ (1)海洋の産業利用の促進、(2)科学的知見の充実、(3)海洋におけるDXの推進、(4)北極政策の推進、(5)国際連携・国際協力、(6)海洋人材の育成・確保と国民の理解の増進、(7)新型コロナウイルス等の感染症対策の7つ。
  5. ^ 第3期計画では、「新たな北極域国際研究プラットフォームとしての砕氷機能を有する北極域研究船の建造等に向けた検討を進める」と記されています。
  6. ^ 第3期計画では「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)」が言及されていたところ、同プロジェクトが2020年3月に終了したことから、第4期計画では、同年6月に開始された後継プロジェクトの「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)」に記述が更新されています。そのほか、第3期計画では、中央北極海の水産資源の持続的な利用に向けたルール形成に参加するとされていたところ、第4期計画では、新たに成立した「中央北極海における規制されていない公海漁業を防止するための協定」(2019年締結、2021年発効)に即して必要な対応を行うとの記述に更新されています。
  7. ^ 北極海航路の利活用について、第3期計画と第4期計画とでは、以下のように文言が変更されています(変更部分に下線)。
    第3期計画 第4期計画
    (3)持続的な利用
    ア 北極海航路の利活用
    北極海航路の自然的・技術的・制度的・経済的課題について明らかにするとともに、海氷分布予測システムや気象予測システム等の航行支援システム構築や必要なインフラ整備の検討等、我が国海運企業等の北極海航路の利活用に向けた環境整備を進める。(文部科学省、国土交通省)

    ウ 北極域の持続的な海洋経済振興

    ○ 政府、民間企業、研究機関が協力して、環境保全と両立する形での北極海航路の利活用や北極域の天然資源開発等に関する情報収集及び活用方策を検討する。(文部科学省、経済産業省、国土交通省
    (3)持続的な利用
    ア 北極海航路の利活用
    ○ 我が国海運企業等の北極海航路の利活用に向けた環境整備を進めるため、北極域及び北極海航路に関する情報収集を行うとともに、国際情勢等も踏まえつつ、産学官協議会における情報共有を始め、産学官の連携を推進する。(内閣府、外務省、文部科学省、国土交通省)

    ウ 北極域の持続的な海洋経済振興

    ○ 政府、民間企業、研究機関が協力して、環境保全や北極域の天然資源開発等に関する情報収集及び活用方策を検討する。(文部科学省、経済産業省)