情報図書室が保有する個人文庫を紹介します。
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洋書325冊、和書331冊。地震、気象、宇宙、極地関連など構成分野は多岐にわたる。
専門分野:地球電磁気学
1936(昭和11)年東京帝国大学理学部物理学科卒。東京大学地震研究所を経て同大教授。同大では研究室を主宰、数多くの学者を輩出。1949年(昭和24)年、火山噴火予知連絡会初代会長となり、文化勲章受章。国立極地研究所初代所長。1955(昭和30)年IGY(国際地球観測年)第2回南極会議に出席、日本の南極観測参加の国際的な了解を取り付けた。勲一等瑞宝章、英国王立天文学会金メダル。
著書:「超高層大気の物理学」(共著)「地球観測百年」(共編)「南極観測事始め 白い大陸に科学の光を」など
日本南極観測隊隊員歴:1次夏(隊長)、2次夏(隊長)、3次夏(隊長)
洋書108冊(ロシア語42冊を含む)、和書179冊。海洋、気象、極地関連。
専門分野:極域海洋学、雪氷学
1944(昭和19)年北海道帝国大学理学部卒。北海道大学低温科学研究所、国立科学博物館極地研究部、同極地研究センターを経て、国立極地研究所教授、企画調整官。国立極地研究所名誉教授。日本南極観測隊に5回参加、北極海漂流観測(米国)4回参加。国際雪氷学会副会長、日本雪氷学会副会長、南極研究科学委員会日本代表代理などを歴任。
著書:「南極」(共著)、「南極の化学4 氷と雪」(共著)
訳書:「厳冬の南氷洋 オビ号救出の記録」
日本南極観測隊隊員歴:海洋担当;1次夏、8次夏(副隊長)、10次越冬(隊長)、14次夏(隊長)、18次越冬(隊長)
洋書194冊(ロシア語3冊含む)、和書57冊。極地探検関連。生前の希望で遺贈された。ほかに木村文庫として、和書を中心に白瀬南極探検隊記念館(秋田県にかほ市)、山岳関係は拓殖大学(八王子市)に寄贈され、整理保管されている。
1938(昭和13)年拓殖大学卒。在学中は山岳部に所属し、北千島アライト山に登山。1933(昭和8)年、谷口善也氏とともに日本極地研究会を創設。のちに白瀬中尉を会長として迎える。建築学会勤務、拓殖大学非常勤講師の傍ら、極地の探検史を研究し、内外諸文献を蒐集。白瀬南極探検隊記念館参与を務めた。明治学院中学時代からの山仲間、谷口氏との共著、共訳が多い。
著書:「白瀬中尉探検記」「南極 歴史と将来」「帆船と極地探検」(以上共著)など
訳書:「エンデュアランス号漂流記」(共訳)など
洋書14冊と白瀬隊当時の日本製南極地図1枚。極地探検関連。1965(昭和40)年、松尾清秀氏より松方三郎氏を通じて寄贈。
1929(昭和4)年駒澤大学予科卒。陸軍幹部候補生、上海公使館付陸軍武官室勤務。東亜経済調査局員。寺内部隊事務嘱託等を経て、1938(昭和13)年、新民会中央指導部調査科長。のち秘書庁設計部付、設計部研究室主任となる。富士重工業勤務の時に、満州時代の友人の息子である指揮者小澤征爾に留学中の足としてラビットスクーターを提供。日本山岳会会員。
学習院高等科を経て、1922(大正11)年京都帝国大学経済学部卒。ヨーロッパ留学中にスイス山岳会会員、英国山岳会会員となる。満鉄東亜調査局、新聞聯合社を経、共同通信社でジャーナリストとして活躍。同専務理事。日本山岳協会会長、日本山岳会会長、山桜会会長、ボーイスカウト日本連盟総長などを歴任。キスリングザックを日本に紹介。美術ではフランスから松方コレクションの返還を実現。
著書:「アルプス記」「アルプスと人」「遠き近き」「山を楽しもう」など
訳書:「わがエヴェレスト」
洋書13冊、和書14冊。南極関係。
専門分野:鉱床学
成蹊高等学校を経て、1939(昭和14)年東京大学理学部地質学科卒。在学中はスキー山岳部。東京大学教養学部助教授(地学教室)の頃、南極観測隊の派遣を知り、日本学術会議南極特別委員会に地質部門として参加、第一次南極観測越冬隊員、昭和基地で地質調査に従事。東京大学教養学部山岳部長を務めた。東京大学名誉教授(理学部)。日本大学講師(文理学部)。
著書:「南極の1年」「地中のたから」「現代鉱床学の基礎 」(編者)「The Japanese scientific expeditions to Svalbard, 1983-1988」(編者)
日本南極観測隊隊員歴:地質担当;1次越冬、4次夏
洋書21冊、和書37冊。極地関連。村山氏在籍中の1963(昭和38)年、「とても南極までは手がまわらなく」なり寄贈。
東京商科大学(現:一橋大学)卒。1922(大正11)年の予科入学時に、一橋山岳部創設メンバーとなる。電通映画社に勤める傍ら、山岳研究家としても著名、ヒンズークシュの世界的な権威。1977(昭和52)年、73歳で日本K2登山隊を総指揮。自らもベースキャンプ滞在。元日本山岳会副会長、永年会員。英国・アメリカ・カナダ各山岳会会員。
著書:「山へ わが登高記」「北の山・南の山」など
訳書:「幻の探検家ネイ・イライアス」(共訳)「ヒラリー自伝」など
洋書15冊、和書22冊。極域探検関連、登山、日本南極観測隊や、そり犬タロ・ジロに関する文献が多い。
専門分野:超高層物理学
1954(昭和29)年京都大学理学部地球物理学科卒。在学中はスキー部と山岳部。大学院生時代、犬係に志願し日本南極観測隊1次3次に参加。同志社大学工学部講師、ブリティッシュコロンビア大学客員助教授、九州大学理学部教授を務め、アラスカ、カナダ北極圏、中国へも学術調査に赴く。九州大学名誉教授。オーロラ研究の世界的権威。映画『南極物語』のモデル。観測隊の映画やドラマの監修も手掛けた。
著書:「南極第一次越冬隊とカラフト犬」「カラフト犬物語 生きていたタロとジロ 南極第一次越冬隊と犬たち」「南極越冬隊タロジロの真実」
日本南極観測隊隊員歴:設営、宇宙線担当;1次越冬、3次越冬
洋書75冊、和書15冊。極地、登山関連。
1941(昭和16)年東京大学経済学部卒。松本高校山岳部から東京大学スキー山岳部。会社勤務の傍ら3次にわたりマナスル登山。1次より南極観測隊参加。9次隊隊長として南極点往復調査旅行成功。後にチャーター機で北極点へ到達。両極点を踏んだ最初の日本人。横浜国立大学工学部講師、国立科学博物館極地研究部、同極地研究センターを経、国立極地研究所教授。同名誉教授。日本山岳会名誉会員。
著書:「昭和基地 南極に挑む男たちの記録」「南極観測隊 よみがえる昭和基地」「南極点への道」「地の果てに挑む マナスル・南極・北極」
日本南極観測隊隊員歴:設営;1次夏、2次夏(副隊長)、3次越冬(副隊長兼越冬隊長)、5次越冬(隊長兼越冬隊長)、7次夏(隊長)、9次越冬(隊長兼越冬隊長)、15次夏(隊長)
洋書299冊、和書130冊。極地探検、登山関連が多く、日本極地研究会印が押印、研究の書き込みなど木村文庫と類似。
交流のあった船木氏在籍中の2012(平成24)年、ご遺族から寄贈。
拓殖大学卒。在学中は山岳部に所属し、チーフリーダーを務める傍ら、白瀬矗の「南極記」を契機に、極地探検本の蒐集家となり、1933(昭和8)年、木村氏とともに探検の振興を目的とした日本極地研究会を創設。のちに傾倒する白瀬を研究会の会長に迎える。以来、極地探検の研究者、翻訳家として活躍。元日本学術会議南極特別委員会委員。明治学院中学以来の山仲間、木村氏との共著、共訳本多数。
著書:「白瀬中尉探検記」「南極 将来と歴史」「帆船と極地探検」「極地探検99の謎 栄光と悲惨のドラマ」(以上共著)「海獣を追う人びと」
訳書:「エンデュアランス号漂流記」(以上共訳)「極北の自然と文化」「南極点征服」