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[プレスリリース]バレンツ海の海氷面積が1年前から予測可能に
~北大西洋からの水温の影響を考慮~

2014年10月23日

国立極地研究所(所長:白石 和行)の中野渡 拓也 特任研究員らの研究チームは、ノルウェーの北に位置するバレンツ海における初冬(11~12月)の海氷の多寡が、上流にあたる北大西洋の1年前の海水温によって決まっていることを、広域の海洋データの解析によって明らかにしました。

バレンツ海の冬季の海氷減少が日本を含むユーラシア大陸の厳冬をもたらすことはすでに知られており、その原因として、バレンツ海の海氷減少に起因する中緯度大気の流れの変化が指摘されていましたが、バレンツ海の海氷変動自体が何によって決まっているのかについては十分理解されていませんでした。

そこで中野渡研究員らは、過去30年にわたる大気と海洋の3次元データを統計解析することによって、海水温度が海氷面積に与える影響を調べました。その結果、初冬のバレンツ海の海氷面積は、およそ1年前の北大西洋の流入水温と相関していることが分かりました。この相関関係は、バレンツ海に入り込んだ北大西洋起源の熱が1年かけてバレンツ海東部へと移動し、初冬に海氷の生成を抑えていることを意味します。

これらの知見に基づき、2014年の初冬(11~12月)のバレンツ海の海氷面積を、同年1月の北大西洋の水温データから予測したところ、今冬の海氷面積は平年並みかやや少ないという予測結果が得られました。

この成果は、米国気象学会発行の学術誌Journal of Climateの11月号に掲載される予定です。また、オンライン版には日本時間の9月24日に掲載されました。

研究の背景

バレンツ海は北極海の辺縁にあり、北大西洋から北極海に温暖かつ高塩分の水塊を輸送する経路に位置しています(図1)。真冬でもバレンツ海のすべてが海氷に覆われることはなく、海洋から大気への熱エネルギーの放出が顕著な海域としても知られています。最近の研究によれば、バレンツ海の海氷の増減は、海洋から放出される熱エネルギーの変動を引きおこし、日本を含むユーラシア大陸の冬の寒さに影響することが指摘されています(※1)。

バレンツ海の海氷面積は、バレンツ海の西部(Barents Sea Opening; BSO、図1)からの熱輸送(水温と流量の積)によってよく説明されることが古くから知られています。そして、その要因は流量の変化であるとされていました。しかし、海の熱輸送には上流の水温変化も重要であると考えられ、より広範囲のデータに基づいた解析を行う必要があります。

そこで本研究では、大西洋からの流入水温の変化に着目し、その変動がバレンツ海の海氷面積にどのような影響を与えているのかを調べました。また、従来、バレンツ海の海氷面積については、海面水温から9ヶ月先の予測がなされていましたが、本研究では、そのリードタイムをさらに延長することを目標としました。

研究の内容

初冬のバレンツ海の海氷変動の予測可能性を調べるために、大気と海洋に関する3次元データ(米・大気海洋庁のNCEP CFSRデータ)を用いました。このデーセットは、観測データと大気海洋モデルを組み合わせて作成されたもので、過去30年(1980~2009年)の海水温や海氷などのデータが含まれています。

これらのデータのうち、従来の研究によって指摘されている主要な予測変数(海面水温や風など)を選び、被予測変数として11-12月のバレンツ海の海氷密接度(※2)を用いて正準相関解析(CCA、※3)を行いました。その結果、直前の気温や海面水温以外で最も高い予測精度が得られるのは、13か月前の亜表層水温であることがわかりました(図2)。

次に、13ヶ月前の亜表層水温を用いるとなぜ予測精度が高くなるのかについて、その原因を詳しく調べた結果、バレンツ海東部の海氷密接度が13か月前のBSO付近の亜表層水温と密接に関連していることが分かりました(図3a, 3b)。これは、およそ1年前のBSO付近の亜表層水温が高い時に、初冬のバレンツ海東部の海氷の広がりが抑えられることを意味します。また、BSO付近の亜表層水温とバレンツ海東部の海氷密接度は、10年規模で同調して変動していました。(図3c)。

さらに、これらの相関関係の物理的要因を調べました。その結果、BSOの亜表層水温は、バレンツ海の等密度面(海水密度が同じ場所)に沿って東進していき、晩秋に海面に露出することが分かりました(図4)。つまり、北大西洋からバレンツ海に流入してきた海水の持つ熱は、1年程度かけて東へ進み、夏季の日射や海氷の融解水の影響で表層の熱は見かけ上消滅しますが、亜表層にはそのまま保持され、晩秋、海面が冷やされることで上下方向に海水が混ざり、熱を持った海水が再び海面に上昇することが分かりました(※4)。

以上の結果に基づいて、2014年の初冬(11~12月)のバレンツ海の海氷面積を、同年1月の亜表層水温データに基づいて予測したところ、今冬の海氷面積は平年並みかやや少ないという予測結果になりました(図5)。なお、近年の亜表層水温は全体的には温暖化を示すものの、最近の数年間は上昇傾向が抑えられています。海氷面積の変動を精度よく予測するには、海水温の10年規模変動も考慮した詳細な解析が必要です。

今後の展望

本研究では、1年前の亜表層水温データからバレンツ海の海氷を予測することで、従来の海面水温を用いた海氷予測に比べて予測のリードタイムを4か月延長することに成功しました。海氷予測の実用化に向けては、さらに精度を高める必要があり、南北風(風の南北方向の成分)の影響や、中緯度のメキシコ湾流などの海洋フロント域の影響なども含めた広域的な気候予測研究が望まれます。

*研究サポート:
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究A(24241009)、基盤研究S(22221001)、新学術研究領域、特別研究員奨励費(13J10583)の助成を受けたものです。

※1 バレンツ海の海氷減少とユーラシア大陸の寒冷化
バレンツ海の海氷が減少することによって生じる南北の温度勾配が、熱の輸送を担う低気圧の経路を北向きに変えることによって、ユーラシア大陸の高気圧が張り出し、結果として寒気が蓄積される(文献1)。

※2 海氷密接度
単位格子面積当たりの海氷が存在する割合を100分率で表した物理量(例えば、ある単位面積に海氷が半分覆っていた場合、海氷密接度は50%となる)。なお、海氷密接度は2次元的な海氷の広がり具合を表すものであるため、厚さの情報は含まれていない。

※3 正準相関解析 (CCA)
正準相関解析は、多変量のデータ間で最も相関関係が高いモードを抽出する統計解析手法であり、経験的な予測手法としても用いられることから、米国の大気海洋庁(NOAA)によるエルニーニョ予測などにおいても用いられている。予測対象変数は、主に気温や降水量が用いられるが、今回は海氷密接度について行った。

※4 この亜表層水温の変動は、北大西洋振動(NAO)に伴う北大西洋亜寒帯循環場の変化に起因しており、先行研究(文献2)とも整合的であった。また、亜表層水温の代わりに南北風(バレンツ海海上を吹く風の南北成分)の風速を用いた予測でも、高い精度が得られ、その原因としては共著者である佐藤和敏氏によるメキシコ湾流を起源とする大規模な大気循環場の影響と整合した結果も得られている(文献3)。

文献

1 海洋研究開発機構プレスリリース「バレンツ海の海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化(2012年2月1日)」 http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20120201/

2 Hátún et al. “Influence of the Atlantic Subpolar Gyre on the thermohaline circulation” Science, 309, 1841-1844, 2005.

3 国立極地研究所プレスリリース「メキシコ湾流の流路変化がもたらす北極海の海氷減少とユーラシア大陸の異常寒波 (2014年8月16日)」 http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20140816.html

発表論文

掲載誌:Journal of Climate

タイトル:Predictability of the Barents Sea ice in early winter: Remote effects of oceanic and atmospheric thermal conditions from the North Atlantic

著者:
中野渡 拓也
 現:国立極地研究所 北極観測センター特任研究員(受入機関:海洋研究開発機構)
 論文執筆当時:北海道大学 低温科学研究所

佐藤 和敏
 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻
 海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター 研究生

猪上 淳
 国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授
 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 併任准教授
 海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター 招聘主任研究員

出版:2014年11月

オンライン版公開日:2014年9月23日 午後4時55分(米国東部夏時間)
(日本時間では9月24日午前5時55分)

論文URL: http://journals.ametsoc.org/doi/pdf/10.1175/JCLI-D-14-00125.1

 

図1:バレンツ海やその周辺域における海流の模式図(黄色:ノルウェー大西洋海流、赤:北大西洋海流、緑:北大西洋亜寒帯循環、ピンク:メキシコ湾流、青:東グリーンランド海流)。バレンツ海西部(BSO)は波線で示す。

図2:
赤:バレンツ海を約50km四方のグリッドに区切り、それぞれのグリッドについて亜表層水温から海氷密接度を予測し、その予測値と実際に観測された海氷密接度の相関係数を求めた。バレンツ海全体の相関係数の総和(予測スキル)を縦軸に、予測に用いた亜表層水温のデータ取得時期(予測ターゲット時期から何ヶ月さかのぼっているかで示す)を横軸にプロットした。このグラフから、13ヶ月前の亜表層水温の値が、海氷密接度の観測値に最も相関していることが分かる。
青:亜表層水温の代わりに、予測に南北風(風速)を用いたもの。

図3:(a)13か月前の亜表層水温と(b)初冬の海氷密接度との間に見られる相関関係の空間分布(色がついた領域は、13か月前の亜表層水温と初冬の海氷密接度の変動が特に合っていることを意味する)。(c)相関の高い領域における13か月前の亜表層水温(白丸)と初冬の海氷密接度(黒丸)の変動の時間的特徴。(a)と(b)の相関係数の符号が逆であることから、BSO付近の水温が高いと13か月後の海氷面積が小さくなることを意味する。
※(a)の緑線で囲った部分は図4の解析領域。

図4:北緯70-73度(図3aの緑色の矩形領域)の亜表層水温とCCA第一モードの相関分析。縦軸は水深(m)、横軸は東経。暖色系の色が濃いほど、初冬の海氷密接度との相関係数が高いことを表す。黒線は海水密度の気候値(長年の測定値を平均したもの)が等価な点を結んだ線。暖色部分の色の動きを見ると、北大西洋から流れ込んだ海水が、1年あまりをかけて海水密度の等しい面に沿って東進し、バレンツ海東部で海面に上がるようすがわかる。

図5:初冬(11−12月)のバレンツ海の海氷面積(東経15−80度, 北緯72−84度)の観測値とBSOの周辺海域における同年1月の亜表層水温を用いた年ごとの予測値。エラーバーは予測精度の誤差(観測値と予測値の差の2標準偏差)を示す。BSOの水温データには、ノルウェー海洋研究所(IMR)の定点観測で取得されている毎年1月の亜表層水温データ(50−200mの平均値)を用いた。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655 FAX:042-528-3105

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