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研究成果

[プレスリリース]南極最大の大気レーダー「PANSYレーダー」が可能にする南極大気の精密研究

2015年4月10日

南極昭和基地大型大気レーダー(PANSYレーダー;Program of the Antarctic Syowa MST/IS Radar)は、高度1~500kmの3次元風速やプラズマの温度、密度を高精度・高解像度で観測できる南極最大の大気レーダーです。佐藤 薫 教授(東京大学教授/国立極地研究所客員教授)らが中心となって計画・観測を進めており、2012年にアンテナの一部を使った観測を開始、すでに新たな知見が得られています。

(1)極中間圏雲(高度80~90kmに現れる雲。人間活動の影響で発生するようになったと考えられている)に関連する「極域中間圏夏季エコー(PMSE、*1)」を観測し、PMSEの発生源である電波反射層が傾いている可能性を指摘しました。この結果は極中間圏雲の発生メカニズムを知る重要な手掛かりとなります。

(2)2012年6月に昭和基地上空で発生した上下方向の強風は、風が山脈などの障害物にぶつかり、風下で巻き上がる「ハイドローリックジャンプ」と同様の現象であり、この現象は対流圏(*2)全層に及んでいることを明らかにしました。この現象が南極の大気と気候に与える影響はよく分かっておらず、PANSYレーダーの観測による解明が期待されています。

(3)昭和基地上空に対流圏界面(対流圏と成層圏の境目)が複数発生した時に、成層圏の下部で大気の揺らぎ(擾乱)が生じている様子が観測されました。さらにモデル計算との組み合わせで、この擾乱が、はるか西方の高気圧・低気圧から放射された慣性重力波(*3)とよばれる小さな大気波動が昭和基地にたどり着いて引き起こされた可能性が高いことを明らかにしました。この成果は、現在の地球規模の気候モデルにこのような重力波の発生や水平伝播の効果を組み込むことで、モデルの精度が向上する可能性があることを示唆しています。

また、PANSYレーダーは2015年3月、1045本のアンテナすべてを使った観測を開始しました。フルシステムのPANSYレーダーによる高精度・高解像度データが蓄積されれば、オゾンホールや極中間圏雲などの極域特有の大気現象だけでなく、地球全体の気候・気象システムの解明に大きく寄与すると期待されます。

研究の背景

南極昭和基地大型大気レーダー(PANSYレーダー)は、1045本のアンテナで構成される南極最大の大気レーダーです(図1)。上空に向けて強力な電波を発射し、大気中で散乱され戻ってきたわずかな電波(反射エコー)を検出することで、大気の動き(風)や電子密度を観測します。東京大学、国立極地研究所、京都大学を中心とする研究グループが2000年から検討を開始し、南極特有の諸問題(限られた電力、強風と低温、限られた建設期間など)を克服して実現に至りました。レーダー本体は、2011年に日本南極地域観測隊によって昭和基地(南緯69.0度、東経39.6度)に建設されました。その後、システム調整を行いつつ、2012年4月より全体の約1/4に相当する228本のアンテナを用いた定常観測を実施しています。

PANSYレーダーの大きな特徴は、
 ・時間分解能1分、高度分解能75mという高解像度で上空の風を観測できる
 ・運動量や物質の輸送、および温度変化を引き起こす鉛直風を高精度で観測できる
ことです。PANSYレーダーのこれらの特徴を生かして観測された南極対流圏・成層圏・中間圏の諸現象について、高解像度シミュレーションなどを駆使し、そのメカニズムが調べられています。

研究の内容

東京大学の佐藤薫教授(兼 国立極地研究所客員教授)、国立極地研究所の堤雅基准教授、京都大学の佐藤亨教授らは、2012年1月6日からの1ヶ月間、PANSYレーダーの1群19本のアンテナを用いてPMSEの連続観測を行いました。この観測により、PMSEは昭和基地時間の朝(7:00頃)と午後(14:00-18:00)に出現しやすいこと、電波を出す方向によってエコー反射強度が異なることがわかりました(図2)。後者の結果はPMSEを引き起こす電波反射層が傾いていることを示唆しており、PMSEの発生になんらかの大気波動が関係している可能性があります。今後、1045本のアンテナを用いたフルシステム観測により、その詳細が明らかになると期待されています。

また、佐藤薫教授と東京大学の野本理裕氏(博士課程2年※論文受理時)、国立極地研究所の冨川喜弘助教らは、昭和基地で最大平均風速20ms-1を超える強風を記録した2012年6月15日から19日にかけてのPANSYレーダーの観測データを解析し、高度8km以下の対流圏のほぼ全層で、周期が数時間、振幅が1ms-1を超える激しい鉛直風擾乱を捉えました(図3)。この発生メカニズムを明らかにするため、全球雲システム解像モデル(NICAM、*4)を初めて南極域に適用し、昭和基地付近の気象状況の再現実験を行ったところ、観測と同程度の周期と振幅を持つ対流圏内の鉛直風擾乱を再現することに成功しました。NICAMのデータを用いて力学的な解析を行った結果、観測された鉛直風擾乱はハイドローリックジャンプと呼ばれる力学現象によって引き起こされた可能性が高いことがわかりました(図4)。ハイドローリックジャンプは跳ね水現象とも呼ばれ、強風が山岳などの障害物にぶつかった際にその障害物の風下側で発生することが知られています。昭和基地では、南極大陸から吹き下ろす強風によってハイドローリックジャンプが発生することがありますが、今回のPANSYレーダー観測から、ハイドローリックジャンプに伴う大気の流れが高度8km付近までの対流圏全層に及んでいることが初めて明らかとなりました。

2013年4月から5月の時期には、対流圏と成層圏の境目である対流圏界面が複数の高度に現れる多重対流圏界面(*5)が、昭和基地でのラジオゾンデ観測によって捉えられました。佐藤薫教授と東京大学の澁谷亮輔氏(博士課程1年※論文受理時)らは、多重対流圏界面が現れているときの高度10-15kmの下部成層圏において、時間とともに下降する東西風・南北風の擾乱をPANSYレーダーで観測しました(図5)。さらに、NICAMを用いてこの期間の昭和基地付近の気象状況の再現実験を行ったところ、慣性重力波と呼ばれる大気波動が昭和基地上空に温度の波状構造を作り出し、多重対流圏界面を引き起こしていたことがわかりました(図6)。さらに、これらの慣性重力波は、昭和基地のはるか西方で高低気圧波動が発達する際に自発的調節過程(*6)と呼ばれる力学過程によって放射され昭和基地にたどり着いた可能性が高いこともわかりました。世界中で使用されている大部分の気候予測モデルは、冬の極域成層圏が実際よりも寒くなってしまうという問題(成層圏低温バイアス)を抱えていますが、本研究で明らかとなった自発的調節過程で放射される重力波は、この問題を解決する重要な鍵と考えられており、今後の観測の蓄積と研究の進展が期待されています。

今後の展望

PANSYレーダーはこれまで、228本のアンテナを用いたほぼ1/4のシステムによる定常観測を行ってきましたが、2015年2月に1045本のアンテナを用いたフルシステム観測調整が終了し、3月から観測が開始されました。今後、南極域では初となる中間圏乱流観測(中間圏の大気の乱れによる散乱エコーの観測)や電離圏非干渉散乱観測(電離圏の電子による散乱エコーの観測)も実現する予定です。また、これまで実施してきた対流圏・成層圏・中間圏観測の高度範囲も広がり、より高精度・高解像度になります。これらの観測データは、南極特有の南極オゾンホール、極中間圏雲、カタバ風循環などの諸現象の実態解明や、地球全体の大循環の駆動メカニズムの解明に必須であるとともに、地球温暖化や南極オゾンホールなどの将来予測に使用されている各種気候モデルの改善にも寄与すると期待されています。

*1: 極域中間圏夏季エコー(PMSE)
夏の極域中間圏界面付近(高度約85km)に向けて電波を射出すると、非常に強い反射エコーが返ってくることがあり、極域中間圏夏季エコー(PMSE)と呼ばれている。同じく夏の極域中間圏界面付近に発生する極中間圏雲がPMSEの発生に関係すると考えられており、様々な研究が進められている。

*2: 対流圏
地球大気は、気温の鉛直勾配によって下から対流圏(地表~高度約10km)、成層圏(高度約10~50km)、中間圏(高度約50~90km)、熱圏(高度約90km以上)の4つの高度領域に分類される。対流圏と中間圏では気温が高度とともに減少し、成層圏と熱圏では気温が高度とともに増加する。また、それぞれの境界を対流圏界面(高度約12km。極域では約8km)、成層圏界面(高度約50km)、中間圏界面(高度約90km)と呼ぶ。

*3: 慣性重力波
安定な大気中の空気塊は、平衡状態から上下に変位させられると平衡状態に戻ろうとして上下に振動し、この振動が波となって大気中を伝播していく。これを大気重力波と呼ぶ。大気重力波の中でも相対的に周期が長く、地球自転の影響を受けるものを慣性重力波と呼ぶ。

*4: NICAM(Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model; 全球雲システム解像モデル)
地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することができるような高精度の計算を実現した高解像度全球大気モデル。シミュレーションには超高速の計算機が必要なため、計算は国立極地研究所と東京大学の大型計算機(スパコン)を用いて実施された。

*5: 多重対流圏界面
対流圏と成層圏の境目である対流圏界面は、世界気象機関(WMO)により「気温減率が2℃ km-1またはそれ以下に下がり、その面から2km高い範囲内の全ての面で平均減率が2℃ km-1を超えない層の最下面」と定義されている。通常、対流圏界面は1つであるが、上記で定義された対流圏界面の上に温度減率の大きな層が現れ、第2、第3の対流圏界面が定義されることがある。このように複数の高度に現れる対流圏界面を多重対流圏界面と呼ぶ。

*6: 自発的調節過程
大気中の大規模な風の場が、流れの非線形性などにより自発的に平衡状態からずれ、それが再び平衡状態に戻ろうとする際に大気重力波が放射される過程を自発的調節過程と呼ぶ。大気中の蛇行したジェット気流や前線から大気重力波が放射される際のメカニズムと考えられている。

発表論文

論文1
掲載誌: Journal of Atmospheric and Solar-Terrestrial Physics
タイトル: Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar (PANSY)
著者: 佐藤薫1,2、堤雅基2,3、佐藤亨4、中村卓司2,3、齊藤昭則5、冨川喜弘2,3、西村耕司2、高麗正史1、山岸久雄2,3、山内恭2,3
1 東京大学 大学院理学系研究科
2 国立極地研究所
3 総合研究大学院大学 複合科学研究科
4 京都大学 大学院情報学研究科
5 京都大学 大学院理学研究科
URL: http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1364682613002447
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.jastp.2013.08.022
論文出版日:平成26年10月

論文2
掲載誌: Monthly Weather Review
タイトル: Vertical Wind Disturbances during a strong wind event observed by the PANSY radar at Syowa Station, Antarctica
著者: 冨川喜弘1,2、野本理裕3、三浦裕亮3、堤雅基1,2、西村耕司1、中村卓司1,2、山岸久雄1,2、山内恭1,2、佐藤亨4、佐藤薫1,3
1 国立極地研究所
2 総合研究大学院大学 複合科学研究科
3 東京大学 大学院理学系研究科
4 京都大学 大学院情報学研究科
URL: http://journals.ametsoc.org/doi/abs/10.1175/MWR-D-14-00289.1
DOI: http://dx.doi.org/10.1175/MWR-D-14-00289.1
論文公開日(オンライン):平成27年2月19日

論文3
掲載誌: Journal of the Atmospheric Sciences
タイトル: A study of multiple tropopause structures caused by inertia-gravity waves in the Antarctic
著者: 澁谷亮輔1、佐藤薫1,2、冨川喜弘2,3、堤雅基2,3、佐藤亨4
1 東京大学 大学院理学系研究科
2 国立極地研究所
3 総合研究大学院大学 複合科学研究科
4 京都大学 大学院情報学研究科
URL: http://journals.ametsoc.org/doi/abs/10.1175/JAS-D-14-0228.1
DOI: http://dx.doi.org/10.1175/JAS-D-14-0228.1
論文公開日(オンライン):平成27年1月7日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(基盤研究A、25247075)、JSPS博士課程教育リーディングプログラム(O04)、JSPS科研費(特別研究員奨励費、26-9257)の助成を受けて実施されました。

図表

図1:昭和基地に建設されたPANSYレーダーのアンテナ群。

図2:PANSYレーダーで2012年1-2月に観測されたPMSE発生頻度の時間高度断面図。(a) 鉛直、(b) 南向き(破線)、北向き(実線)、(c) 西向き(破線)、東向き(実線)ビーム。等値線は6%から4%間隔。 時刻は昭和基地時間。(a)から、PMSEの発生には時間的な偏りがあることが分かる。また、(b)(c)では、方角によってPMSEの発生頻度が異なることが示されており、PMSEを発生させる電波反射層に傾きがある可能性を示唆している。

図3:PANSYレーダーで2012年6月16~18日に観測された鉛直風の時間高度断面図。色は、赤が上向き、青が下向きの風を示す。また、色が濃いほど、風速が大きいことを示す。×はラジオゾンデ観測で得られた対流圏界面の位置。

図4:NICAMの再現実験で捉えられた昭和基地近傍のハイドローリックジャンプ。矢印は断面に平行な風(ms-1)、実線は温位(気体を断熱的に標準の気圧(1000hPa)にしたときの気温。単位はK)、カラーはフルード数(流れの速さと波の速さの比。フルード数が1に近い場合、ハイドローリックジャンプが発生する可能性がある)。 東経40度付近で生じているハイドローリックジャンプに伴う上向きの風が地表付近から高度8km程度までの対流圏全層で起こっている。

図5:PANSYレーダーで観測された2013年4月~5月の(a)東西風、(b)南北風の時間高度断面図。赤丸はラジオゾンデ観測で得られた対流圏界面の位置。対流圏界面が複数存在する時期には、等値線が混んでおり、大気の乱れが生じていることがわかる。

図6:NICAMで再現された2013年4月9日12:00(UTC)の(a)高度13.5km、(b)17.5km、(c) 21.5kmにおける鉛直風発散の水平分布(カラー)と気圧分布(等値線)。星印は昭和基地の位置。赤と青の波状構造が慣性重力波を表している。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655 FAX:042-528-3105

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