大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

[プレスリリース]地球最後の磁場逆転は従来説より1万年以上遅かった
千葉県市原市の火山灰層の超微量・高精度分析により判明

2015年5月20日

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人茨城大学
国立研究開発法人海洋研究開発機構

情報・システム研究機構国立極地研究所(極地研、所長:白石和行)の菅沼悠介 助教、茨城大学の岡田誠 教授、海洋研究開発機構の仙田量子 技術研究員らの研究グループは、地層中の火山灰層に含まれるウラン(U)と鉛(Pb)の存在比を超微量・高精度で分析し、最後の地球の磁場逆転が約77万年前に起こったことを、これまでよりも信頼度の高い方法で決定しました。これは定説とされてきた年代より約1万年遅い値です。この成果は、地質時代(※1)の一つである第四紀更新世前期・中期境界の年代を決める重要な制約となると共に、火山灰が含まれる千葉県市原市の地層「千葉セクション」の国際標準模式地(GSSP、※2)選定に繋がる重要なものです。また、この成果により、例えば恐竜が絶滅した白亜紀-古第三紀境界の年代など様々な地層の年代が修正される可能性があります(※3)。
この成果は、アメリカ地質学会発行のGeology誌オンライン版に掲載されました。
なお、本研究は極地研の先進プロジェクト研究「極地の過去から『地球システム』のメカニズムに迫る」の一環として実施されました。

研究の背景

過去の地球磁場の様子は、地層中に古地磁気記録(※4)として残されます。古地磁気記録を調べることで、地球を大きな磁石に見立てたときのN極とS極の向きが、過去に何度も逆転を繰り返してきたことが明らかになっています。最後に起こった地磁気の逆転は「ブルン-松山境界」(Brunhes-Matuyama境界)と呼ばれ、その年代は海底堆積物の古地磁気記録から約78.1万年前とされていました。また、この値は、火山岩に含まれるアルゴン(Ar)を分析する40Ar/39Ar法という年代測定法での推定値(78.1〜78.4万年前)からも支持されていました。しかし、40Ar/39Ar法については、基準試料のArの測定値と年代との対応に複数の見解があったことなどから、一部の研究者の間ではその正確さに疑問がもたれていました。また近年、海底堆積物や南極氷床コアから他の年代決定手法を用いて推定されたブルン─松山境界年代とのずれも指摘されていました(文献1)。このずれの原因としては、特に海底堆積物の古地磁気記録の獲得に伴う問題が挙げられており(文献2)、従来のブルン-松山境界の年代が真の年代より古く見積もられている可能性が指摘されていました(文献34)。

研究の内容

そこで本研究では、基準試料の年代値がより正確に決められているU-Pb壊変系を用いることで、より信頼度の高い年代決定を行うこととしました。

菅沼助教らは、千葉県市原市田淵の養老川岸の地層「千葉セクション」(図1図2)中に見つかった「白尾火山灰(図2)」と呼ばれるブルン-松山境界付近の火山灰層から、ジルコン粒(ジルコニウムZrのケイ酸塩鉱物)を取り出し、UとPbの存在比を測定しました。このとき、ジルコン中のごく微量のUとPbの測定には、国立極地研究所に設置されている高感度高分解能イオンマイクロプローブ(Sensitive High Resolution Ion Microprobe: SHRIMPⅡ)が用いられました。測定の結果、地球磁場極性の逆転は、誤差を含めてもこれまでの定説より約1万年遅い約77万年前であることが分かりました(図3)。さらに、地磁気逆転までの詳細な変化と、当時の海洋の酸素同位体比の変動を極めて高解像度で復元し、世界の他地域での海底堆積物や南極氷床コアの分析から求められた年代と比較しました(図4)。その結果、この新しいブルン-松山境界年代値が整合的であることを確認しました。

本研究の特に画期的な点は、ブルン-松山境界に非常に近い火山灰層に注目したこと、新たに超高分解能で地層の古地磁気を測定したこと、そして、非常に微量のUやPbを精密に測定できる最新の技術を導入した上で火山灰中のジルコン粒を一つずつ大量に測定したことにあります。これらの全ての面で既存の研究を上回る精度で地磁気逆転の年代を決めたことが今回の成果に繋がりました。

今後の展望

ブルン-松山境界の年代は、他の地層の年代決定の基準にもなっているため、今後この成果によって、恐竜が絶滅した白亜紀-古第三紀境界など様々な地層の年代が修正される可能性があります(※3)。

また、今回研究を行った市原市田淵の養老川岸の地層「千葉セクション」は、第四紀更新世前期・中期境界の国際標準模式地(GSSP、※2)の候補となっています。本研究の成果は千葉セクションの模式地選定に繋がる重要な研究成果となります。2016年夏にケープタウンで開かれる万国地質学会議で「千葉セクション」が国際標準模式地に選定されれば、日本初となり、その証として地層に「ゴールデンスパイク」(国際標準模式地を証徴する丸い金色の鋲)が打たれることになります。

※本研究は極地研の先進プロジェクト研究「極地の過去から『地球システム』のメカニズムに迫る」の一環として実施されました。

※1 地質時代
地球上の岩石をその形成された年代に基づいて区分したもの。国際地質科学連合や国際層序委員会等によりInternational Chronostratigraphic Chartとして提示されている。たとえば、恐竜が絶滅した時代は、白亜紀-古第三紀境界とされている。ただし、時代区分の定義、名称や基底年代等に関しては絶えず見直されており、第四紀更新世前期・中期境界の様にまだ合意に至っていない時代もある。

※2 国際標準模式地
国際標準模式層断面及び地点(Global Boundary Stratotype Section and Point:GSSP)。重要な地層境界に対して、模式地となる場所が世界で一カ所選ばれる。第四紀更新世前期・中期境界の候補地点は、イタリア南部のモンテルバーノ・イオニコと、ビィラ・デ・マルシェ、千葉県市原市の千葉セクションの3カ所。千葉セクションが選定されれば、日本初の国際標準模式地となる。

※3 地質時代境界の年代
地層時代境界の一部は、40Ar/39Ar法と呼ばれる年代測定法で求められている。本研究で対象としたブルン-松山境界の年代は、40Ar/39Ar法で求められた年代と他の年代測定法を比較する際の基準の一つになっている。そのため、ブルン-松山境界の年代値が修正されると、これまで40Ar/39Ar法によって求められてきた他の地質時代境界、例えば約6600万年前とされている白亜紀-古第三紀境界(いわゆるK–Pg境界)などの年代が改められる可能性がある。

※4 古地磁気
岩石などに残留磁化として記録されている過去の地球磁場(地磁気)を解析する地球物理学・地質学の一分野。火山岩や堆積岩には、それができた時のできた場所の磁場が記録されており、それを分析することで、地磁気の逆転や大陸移動の様子などを調べることができる。

文献

文献1: Suganuma Y., Yokoyama Y., Yamazaki T., Kawamura K., Horng C. S., Matsu-zaki H., Be-10 evidence for delayed acquisition of remanent magnetization in marine sediments: Implication for a new age for the Matuyama-Brunhes bound-ary, Earth Planetary Science Letters, 296, 443-450. 2010.

文献2: Suganuma Y., Okuno, J., Heslop, D., Roberts, A.P., Yamazaki, T., Yokoyama Y., Post-depositional remanent magnetization lock-in for marine sediments deduced from Be-10 and paleomagnetic records through the Matuyama-Brunhes boundary, Earth Planetary Science Letters, 311, 39-52, 2011.

文献3:菅沼悠介、Brunhes-Matuyama境界年代値の再検討, 第四紀研究、51, 297-311, 2012

文献4:Suganuma Y., A Reassessment of the Matuyama–Brunhes Boundary Age Based on the Post-depositional Remanent Magnetization (PDRM) Lock-In Effect for Marine Sediments, STRATI2013, Springer.

発表論文

掲載誌:Geology, 2015, in press

タイトル:Age of Matuyama-Brunhes boundary constrained by U-Pb zircon dating of a wide-spread tephra

著者:
*菅沼 悠介(国立極地研究所 助教/総合研究大学院大学 助教)
岡田 誠(茨城大学理学部 教授)
堀江 憲路(国立極地研究所 助教/総合研究大学院大学 助教/海洋研究開発機構)
海田 博司(国立極地研究所 助教/総合研究大学院大学 助教)
竹原 真美(国立極地研究所 特任研究員/九州大学理学研究院)
仙田 量子(海洋研究開発機構 技術研究員)
木村 純一(海洋研究開発機構 上席技術研究員)
川村賢二(国立極地研究所 准教授/総合研究大学院大学 准教授/海洋研究開発機構)
羽田 裕貴(茨城大学大学院理工学研究科)
風岡 修(千葉県環境研究センター)
Martin J. Head(Department of Earth Sciences, Brock University, Canada)
*責任著者

オンライン版公開日: 2015年4月24日
論文URL: http://geology.gsapubs.org/content/early/2015/04/24/G36625.1.abstract
DOI: 10.1130/G36625.1

関係論文

掲載誌:Quaternary International, 2015, in press

タイトル:Stratigraphy of the Kazusa Group, Boso Peninsula: an expanded and highly-resolved marine sedimentary record from the Lower and Middle Pleistocene of Central Japan

著者:
風岡 修(千葉県環境研究センター)
*菅沼 悠介(国立極地研究所 助教/総合研究大学院大学 助教)
岡田誠(茨城大学理学部 教授)
亀尾 浩司(千葉大学大学院理学研究科 准教授)
Martin J. Head(Department of Earth Sciences, Brock University, Canada)
吉田 剛(千葉県環境研究センター)
菅谷 真奈美(茨城大学大学院理工学研究科)
亀山 瞬(千葉県環境研究センター)
荻津 達(千葉県環境研究センター)
楡井 久(茨城大学 名誉教授)
会田 信行(秀明大学)
熊井 久雄(大阪市立大学 名誉教授)
*責任著者

オンライン版公開日:2015年5月7日
論文URL:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1040618215002128
DOI: 10.1016/j.quaint.2015.02.065

図1:千葉セクション(千葉県市原市)の位置。

図2:市原市田淵の養老川岸の地層「千葉セクション」で見つかった白尾火山灰。

図3:測定に用いたジルコンの電子顕微鏡画像(A)と、年代測定結果(B)。Bは今回測定した全24個のジルコン粒子それぞれの年代値と、統計的に導き出した白尾火山灰の年代値(緑)を示す。

図4:本研究で新たに決定したブルン-松山境界の年代値と、他地域の海底堆積物や南極氷床コアの分析から求められた年代との比較。Site U1308とLR04は海底堆積物、Dome-Cは南極氷床コアのデータで、共に氷期・間氷期の変動を示している。今回の結果から、「千葉セクション」の国際標準模式地(GSSP)認定とともに、地磁気逆転を基準とする前期・中期更新世の境界の年代値も修正される可能性がある。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655

<お詫び> 掲載時、火山灰層の名称を「百尾火山灰」と記載していましたが、正しくは「白尾火山灰」でした。
お詫びして訂正いたします。現在は修正されています。(2015年8月5日)

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