大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

南極海の海氷生産量は主に周囲の氷の状況によって変化する
〜氷床の変動が地球規模の海洋循環に影響〜

2016年5月13日

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所(所長:白石和行)の田村岳史 助教を中心とする研究グループは、衛星データから独自の解析手法により20年以上にわたる南極海の海氷生産量を求め(図1)、南極海の海氷生成の変動には、風や気温よりも、棚氷や定着氷などの周囲の氷の状況が大きく影響することを明らかにしました。

南極沿岸ポリニヤ(ポリニヤ:海氷の一部が開き海面が現れている場所。図2)と呼ばれるいくつかの海域では、海水が寒冷な空気と接することで海氷が生産されます。南極沿岸ポリニヤの高い海氷生産は、地球規模の海洋循環の駆動源である「南極底層水」の形成につながっています。この海氷生産量は年ごと、季節ごとに変動しますが、どんな要因で増減するのかには、風や気温、周辺の氷の状況などのさまざまな説があり、これまで明らかになっていませんでした。

田村助教らはこれまでの研究で、衛星リモートセンシングのデータから海氷生産量を算出するアルゴリズムを開発し、南極・北極の両極域での海氷生産量をマッピングすることに世界で初めて成功しています。本研究では、このアルゴリズムを用い、主要な13の南極沿岸ポリニヤにおける長期(1992年〜2013年)の海氷生産量を求め、その平均値(図1)と年変動を示しました(図3)。なお、求めた海氷生産量については、ゾウアザラシによるバイオロギングのデータから求められた海氷生産量も用いて検証しました。その結果、棚氷・氷河の崩壊といった大きなイベントが発生した年に海氷生産量が減少していることが明らかとなりました。また、沖合の一年氷が減少しているポリニヤでは海氷生産量が増加していることが分かりました。

本研究により、南極沿岸ポリニヤでは、南半球環状モード(Southern Annular Mode、SAM。※1)などの風や気温よりも、棚氷や氷河、定着氷や沖合の一年氷など、周囲の氷の変動が海氷生産量により重要な役割を果たしていることが示唆されました。海氷生産量の年変動が大きな南極沿岸ポリニヤは、棚氷融解が近年加速している海域でもあります。今後の南極底層水の変動に大きな影響を与える可能性があり、継続的なモニタリングが必要といえます。

図1:南極における海氷生産量のマッピング(年間積算生産量:1992~2013年の平均値)。海氷生産量を厚さ(m)に換算。

研究の背景

南極底層水という地球で最も重い水の沈みこみは、地球規模での熱・物質輸送を担っている海洋大循環の駆動源であり、全球気候システムの要でもあります。南極沿岸ポリニヤでは、海水が寒冷な大気と触れることで、海氷が生産されます。海水は凍るときに塩分を排出するため、海水中の塩分濃度が上昇し、密度が高く(重く)なり、海底へ沈み込み、南極底層水の形成につながっています。本研究グループはこれまでも、衛星データから海氷厚を検出して熱収支計算を行うことによって、南大洋での海氷生産量のマッピングを示してきました。しかしながら、これまで海氷生産量の長期変動を明らかにした研究はなく、そのため、海氷生産量がどんな要因で変化するのかについては明らかになっていませんでした。

図2:南極沿岸ポリニヤにおける海氷生産の様子。海水が凍って次々と薄い氷が作られていく。気温と海水温の差の激しさから湯気が立つ場合もある。(2007年9月13日、ドルトンポリニヤで撮影)

研究の手法

本研究では、13の主要南極沿岸ポリニヤの1992年〜2013年における年変動と季節変動を解析対象としました。米国の衛星DMSPに搭載された機械走査型マイクロ波放射映像センサ(SSM/I)のデータから海氷厚を推定し、氷表面の熱損失を算出しました。さらに、海氷の生産量が多いほど海表面から奪われる熱が多いことを利用して、熱損失の値から海氷生産量の年変動と季節変動を定量的に求めました。得られた海氷生産量の絶対値は、ゾウアザラシのバイオロギングによる海水塩分濃度データ(2011-2013年に観測)から求められた海氷生産量を用いて検証しました。

研究の成果

得られた南極沿岸ポリニヤの海氷生産量について、平均値のマッピング(図1)と経年変化を示します(図3)。ロス海沿岸ポリニヤ(図13-k)においては、ロス棚氷から割れだした巨大氷山の影響によって海氷生産量が激減するイベントが2000年と2002年に認められました。東経145度付近に存在するメルツポリニヤ(図13-i)は、2010年のメルツ氷河崩壊の影響によって海氷生産量が激減するイベントがあり、現在まで毎年、過去最低記録を更新し続けていることが分かりました。また、近年、氷床融解が盛んな西南極に存在するアムンゼンポリニヤ(図13-l)およびベリングスハウゼンポリニヤ(図13-m)においては、沖合の一年氷の減少により、海氷生産量が大きく増加傾向にあることが示されました。

これらのことから、南極沿岸ポリニヤでの海氷生産量の長期変動に影響を与える要因としてこれまで考えられてきた、SAMや南方振動指数(Southern Oscillation Index、SOI。※2)を含めた風や気温の変動よりも、棚氷・氷河・定着氷・沖合の一年氷の動向の方がより重要な役割を果たしていることが示唆されました。このような影響のメカニズムとしては、棚氷や氷河の崩壊によって、海氷生産域に氷山が居座ったり、海氷生産に必要な地形が変化したりしてしまったこと、また、沖合の一年氷が減少することによって、ポリニヤで生産された海氷が風で沖に押し流されやすくなり、新たな海氷が生産されやすくなったことが考えられました。

図3:13の主要南極沿岸ポリニヤにおける海氷生産量の年変動。各年の3月から10月の平均値で、単位はkm3。実線と点線は計算にそれぞれECMWF(ヨーロッパ中期予報センター)、NCEP(アメリカ環境予測センター)の気象データを用いた場合の結果を示す。(b)(d)の青線はそれぞれのポリニヤ周辺の定着氷の面積(NASAの衛星搭載放射計MODISのデータによる)。(i)の赤線はMODISによるより正確な定着氷データを用いて算出した海氷生産量。(i)(k)の矢印は本文中に記載したイベントが発生した時期。

今後の展望

本研究によって年変動が大きい事が明らかになった南極沿岸ポリニヤは全て、南極底層水の形成域であるか、棚氷融解が近年加速している海域であるため、今後の南極底層水の変動に大きな影響を与える可能性があります。定期的な現場観測による検証を踏まえた上での、衛星リモートセンシングによる継続的なモニタリングが求められます。

※1 南半球環状モード
南半球において、中緯度(南緯45度付近)と南極大陸付近の気圧が相反して変動するパターンのこと。

※2 南方振動指数
タヒチとダーウィン(オーストラリア)との気圧差を指数化したもの。貿易風の強さの目安となる。

発表論文

掲載誌

Journal of Geophysical Research

タイトル

Sea ice production variability in Antarctic coastal polynyas(南極沿岸ポリニヤにおける海氷生産量の変動について)

著者

田村岳史(国立極地研究所 気水圏研究ループ 助教/総合研究大学院大学 併任助教/タスマニア大学)
大島慶一郎(北海道大学低温科学研究所 教授)
Alexander D. Fraser(タスマニア大学/北海道大学低温科学研究所)
Guy D. Williams(タスマニア大学)

公開日

2016年5月4日(オンライン掲載)

DOI

10.1002/2015JC011537

URL

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2015JC011537/full

研究サポート

本研究はJSPS科研費(若手研究B、26740007)及びキヤノン財団の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655
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