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研究成果

積雪が氷へと変化する速度に影響する2つの有力な要因を提唱~南極氷床コアの分析から

2016年5月24日

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南極大陸の内陸部では、雪は積もってから約三千年の時間をかけて自重により圧密を受け、氷へと変化していきます。そのとき、雪結晶の隙間にあった大気を氷に閉じ込めます。このため、氷を円柱状のサンプル(アイスコア)として掘り、含まれる大気成分を取り出して調べると、過去の地球の大気組成を知ることができます。アイスコアから得られた大気成分の示すものを理解するには、大気が氷に閉じ込められるメカニズムを知ることが非常に重要ですが、未だに解明されていない点が多く残されています。
国立極地研究所(所長:白石和行)の藤田秀二准教授を中心とした共同研究グループは、南極の内陸に位置する「ドームふじ」で採取されたアイスコアの層構造と含有化学成分を詳細に調査しました(図1)。その結果、積雪の圧密のペースを決定づける2つの要素を同定し、その関係を明らかにしました。

一つめは、積雪直後の環境です。夏の間に氷床の表面にあって日射を受けた雪は、氷の粒子間の結合が発達し、変形しにくい高密度な層になります。逆に、冬に降雪し、日射を受けなかった層は、変形しやすい低密度な層になります。これらの層の変形しやすさの差により、低密度な層は高密度な層に比べて常に圧密のペースが速くなります。結果として、積雪直後に低密度であった層の密度が、高密度であった層の密度を追い越し逆転する現象が起こります。

もう一つの要素は、海からの塩化ナトリウム(NaCl)を起源とする塩化物イオン(Cl-)です。氷の表面に近い部分に限っては、塩化物イオン濃度の高い層で氷が柔らかくなり、圧密のペースを上げる効果があることがわかりました。

これまでの研究で、氷に閉じ込められる空気の量や性質が日射量の長期変動と相関することがわかっています。研究グループは、この相関が上記の一つ目の要因によって良く説明できること、また二つめの要因とは無関係であることを示しました。

本研究は、南極氷床のなかに空気が閉じ込められる過程の理解とモデル化に貢献します。さらに、アイスコアを用いた地球の気候システムの研究や、地球温暖化にともなう将来の地球環境の変動の理解に役立つと期待されます。

図1:南極内陸部のフィルン中の氷と空隙の混合状態を、X線CTスキャンのデータを元に立体的に表示。サンプルのサイズは画像の1辺が5ミリメートルに相当。図の上下は氷床内部での上下方向と同一。左:深さ10メートル。透明部分が空隙で、白い部分が氷をあらわす。氷も空隙は複雑な形状をもちながらも、全体に上下方向に伸びる形状をもっている。右:深さ104メートル。透明部分は氷で、グレーの部位が氷に閉じ込められつつある空気。このように深くなると、全体に上下方向に伸びる傾向はほぼ消失している。

背景

図2:南極氷床上のドームふじの位置。

南極大陸の内陸部は、平均の厚さが約二千メートルを超える氷床で覆われています。日本のドームふじ基地(図2)では、地球の過去の気候変動の研究のために、厚さ約三千メートルの氷を円柱状にくりぬいてアイスコアが採取されてきました。アイスコア中に含まれる空気成分は、もともとは、雪のすきまの空気が次第に氷に閉じ込められてできあがったものです(図1)。これらを分析することにより、過去70万年以上にわたる気候変動の歴史を解明することができます。

これまでの研究から、アイスコアから採取される空気成分のうち、酸素と窒素の比率や、各深度に含有する空気の量は、降雪が起こった当時の日射量と良い相関をもつことが知られています(文献1)。その原因は以下のように説明されてきました。南極内陸部の雪は、現地の日射量、積雪量、降雪後の気温、風などの環境によって、積雪後まもなく高密度な層と低密度な層に分かれます。これらの層は、それぞれ異なる圧縮粘性をもち、初期低密度層は初期高密度層に比べて常に圧密のペースが速いことが指摘されてきました。その結果として、ほぼ同時期に降った雪では、初期低密度層の密度が、初期高密度層のそれを追い越す現象が起こります。この、初期低密度層と初期高密度層のもつ圧縮粘性の差が大きいほど、同一の深度にある雪が氷に変わりきるまでに長い時間がかかり、氷に閉じ込められて間もない空気の一部が、氷の結晶のなかや空隙中(図1)を通り抜けて大気中に逃げ出してしまいます。つまり、積雪が起こった当時の日射量が、氷の圧密されやすさに影響し、さらに雪が氷に変化するまでの時間に影響し、その時間が、アイスコア中に残る大気の量や性質を左右することになります(文献2)。

一方で、雪が含有するごく微量の化学成分であるカルシウムイオンと雪の密度との間に高い相関があるとの指摘もなされてきました。これを見いだした研究グループは、「氷の変形ペースを支配する要素は主としてカルシウムイオン等の含有微量化学成分であり、日射を主とした環境による初期密度層構造の効果はそれによって消されてしまう」と提唱しました(文献3)。

以上のように、2つの対立する見解が示されたことによって、次のような疑問が未解決になっていました。
(1)日射を主とした環境による初期密度層構造の効果と、カルシウムイオン等の微量化学成分の効果との間にはどのような関係があるのか?
(2)カルシウムイオンあるいは他の含有微量化学成分はどのようなメカニズムで氷の変形を促進したのか?
(3)アイスコアから採取される空気成分(酸素と窒素の比率)や、各深度から得られる含有空気量を決定づけたメカニズムは初期密度層構造の効果なのか、あるいはカルシウムイオン等含有微量化学成分の効果なのか?

アイスコア中に含まれる空気から抽出する過去の気候シグナルの意味を明瞭にするため、これらの疑問を解決する必要がありました。

研究対象・手法

研究グループは、ドームふじ基地近傍の3地点で掘削された(図3)それぞれ約120メートルの長さのアイスコアを調査しました。まず、それぞれの層のマイクロ波誘電率テンソル(※1)を測定し、この値からミリメートル分解能での密度および空隙の3次元構造を分析しました。雪が氷に変化していく途中の各深度の層について、密度と、幾何学的な内部構造(氷と空隙のなす構造)と、含有不純物イオンとの関係を分析し、圧密と変形に影響を与えている要素を調べました。マイクロ波誘電率テンソルの計測手法は、フィルン(雪と氷の中間状態)を構成する氷と空隙の空間的な異方性を連続かつ迅速に計測できるという点で革新的です。従来は氷と空隙の空間的な構造の調査には、X線吸収コンピュータートモグラフィ(X線CT)を使用しており、計測とデータ処理の手間がとても大きいものでした。

本研究によってはじめて、南極内陸部のフィルンの層構造について、圧密・変形と、幾何学的な異方性や含有不純物濃度との関係を調査できるデータセットが得られました。

図3:(左)南極内陸部で、120メートル級のアイスコアを掘削している様子。写真中央の矢印で示した機械が掘削機。風よけのために掘削場所を車両と防風シートで囲っている。(右)掘り出した直後に掘削機から取り出したアイスコア。氷と空隙の混合状態が光を散乱し、白く見える。

研究成果

研究グループは、氷床表面から約100メートル深までの大部分の深度で、降雪の初期低密度層が初期高密度層を上回る圧密速度をもつことを確認しました(図4)。この性質は3地点のアイスコアに共通であり、含有不純物イオンの濃度には影響されない、極域の内陸部のフィルンに共通する性質でした。

図4:(上)南極内陸部の雪が氷に変化していく様子を捉えたデータ。横軸は密度のめやすで、右ほど密度が高い。縦軸は、氷と空隙が縦方向へ伸びたような構造をしているかの指標。上ほど、縦に伸びた構造をしていることを示す。細い黒線はアイスコア0.5メートルごとの、密度と縦の伸びの関係の傾向を示す。(下)圧密の進行によるデータの変化の模式図。
降雪直後(グラフの左側)は、全体的に密度が低く、その中でも、初期密度が高い層ほど氷と空隙が縦に伸びる傾向があることから、グラフの左半分では黒線が右肩上がりの傾向を示している。
その後、時間の経過とともに圧密が進行するが、初期低密度層は初期高密度層よりも常に速いペースで変形し、密度が高まり、ついには逆転する。ただし、密度で逆転が起こっても、縦方向の伸びでは逆転は生じないことから、圧密が進む(グラフの右側に進む)につれ、黒線は左肩上がりに変化していく。その結果、黒線は、密度が高まると(積雪から時間が経つと)、あたかも反時計方向に回転しているように見える。
本研究で、この効果が、南極やグリーンランド氷床のフィルンに共通して出現する性質であることが見いだされた。

次に、研究グループは、氷床表面付近から約30メートル深付近までに限っては、高濃度の塩化物イオン(Cl-)含む層が、他の層よりも柔らかくなり、圧密しやすくなることを見いだしました(図5)。さらに、この現象は、海塩を起源とする塩化物イオンが氷の原子配列のなかの酸素原子と置き換わり、その結果として、氷に力がかかった際の原子配列面がずれやすくなったためと説明づけました(※2)。また、塩化物イオンはフィルンのなかに容易に拡散してしまうため、約30メートル深より深い部分には影響しないことがわかりました。さらに、カルシウムイオンと雪の密度との間に高い相関があるとの過去の報告は、陽イオンであるカルシウムイオンと結合していた陰イオン(たとえばフッ化物イオンや塩化物イオン)がもたらした効果として説明できることを示しました。

図5:図4のグラフ中のデータ点の分布を、深度10メートル毎に切り出して表示した。各データ点の色はナトリウムイオンの濃度を示している。ナトリウムイオンの起源は、海から飛来した塩化ナトリウム(NaCl)であり、氷床表面付近ではナトリウムイオンと塩化物イオンは同じ場所に存在する。さらに深くなると、塩化物イオンはフィルンのなかに拡散する性質がある。
0~30メートルの範囲では、深度が深くなるにつれて((a)→(c))、ナトリウムイオン濃度が高い層(赤点)は、低い層よりも密度が高くなっていく。つまり、赤点がグラフの右側に移動していく。これは、塩化ナトリウムに由来する塩化物イオンが氷を変形しやすくする効果による。しかし、それより深い部分((d)~(h))では、ナトリウムイオン濃度が高い層と低い層の密度の差は進行していない。これは、塩化物イオンが氷の中に拡散したために密度に与える影響が失われたためであると考えられる。

これらの結果から、研究グループは「研究の背景」にあった疑問に対し、以下の回答を提唱しました。
(1)日射などの環境による初期密度層構造の要素がフィルンの圧密を支配する。しかし、塩化物イオンのような一部の含有微量化学成分も、圧密過程の初期においては付加的な影響を与える。
(2)塩化物イオンは、氷の原子配列のなかの酸素原子と置き換わり、氷の変形の際の原子配列面をずれやすくしたとの説明ができる。
(3)アイスコアから採取される空気成分(酸素と窒素の比率)や、各深度から得られる含有空気の量を決定づけたメカニズムは初期密度層構造の効果であり、含有微量化学成分は二次的な効果を持ったに過ぎない。

今後への期待

アイスコアを用いた古環境の研究のなかで、アイスコアに閉じ込められた空気成分の分析と、そのデータに関連するメカニズムの明快な理解は、大気組成と気候の関係を知るためにとても重要です。地球上に到達する日射量は、太陽と地球の間の天文学的な距離によって決定づけられるため、アイスコアから採取される空気成分(酸素と窒素の比率)や、各深度から得られる含有空気の量を調査すると、アイスコアの年代を正確に決定することが可能になります。研究グループが示した2つの要素ついての知見は、アイスコアの年代決定の重要な根拠になるとともに、今後、雪が氷に変化していくプロセスのモデル化に重要な役割を果たすと期待できます。

※1 マイクロ波誘電率テンソル:電場ベクトルが三次元空間のなかで印加される方向に応じて、誘電率の大きさが変動する直交3成分のこと。フィルンの場合には、鉛直軸方向を軸として1軸対称性をもっている。水平面内の2軸成分は、ほぼ等価とみなすことができる。

※2 塩化物イオンやふっ化物イオンを含有する氷の原子配列面がずれやすくなり柔らかくなることは、1970年前後に氷結晶の物理実験から知られていたが、南極氷床で同じ現象が起こっていることは本研究で初めて明らかになった。グリーンランド氷床でも、2年前に本研究グループが今回と同様の研究手法で初めて見いだした。プレスリリース「積雪が氷へと変化する速度に影響する2つの有力な要因を提起~グリーンランド氷床コアの分析から」(2014年10月2日)を参照。

発表論文

掲載誌:Journal of Glaciology
タイトル:Densification of layered firn in the ice sheet at Dome Fuji, Antarctica(南極ドームふじでの層構造をもったフィルンの圧密)
著者:
藤田秀二(国立極地研究所 気水圏研究グループ准教授 兼 アイスコア研究センター准教授/総合研究大学院大学 併任准教授)
東久美子(国立極地研究所 気水圏研究グループ教授 兼 アイスコア研究センター長/総合研究大学院大学 併任教授)
平林幹啓(国立極地研究所 気水圏研究グループ特任助手 兼 アイスコア研究センター特任助手)
堀彰(北見工業大学 工学部 准教授)
飯塚芳徳(北海道大学 低温科学研究所 助教)
望月優子(理化学研究所 仁科加速器研究センター 望月雪氷宇宙科学研究ユニット 研究ユニットリーダー)
本山秀明(国立極地研究所 気水圏研究グループ教授 兼 アイスコア研究センター教授/総合研究大学院大学 併任教授)
高橋和也(理化学研究所 仁科加速器研究センター 研究員)
論文URL: http://journals.cambridge.org/repo_A10Sg6BtD.C4.I
DOI: 10.1017/jog.2016.16
オンライン版公開日: 2016年3月21日

文献

文献1: Kawamura, K., Parrenin, F., Lisiecki, L., Uemura, R., Vimeux, F., Severinghaus, J. P., Hutterli, M. A., Nakazawa, T., Aoki, S., Jouzel, J., Raymo, M. E., Matsumoto, K., Nakata, H., Motoyama, H., Fujita, S., Azuma, K., Fujii, Y., and Watanabe, O.: Northern hemisphere forcing of climatic cycles over the past 360,000 years implied by accurately dated Antarctic ice cores, Nature, 448, 912-916, 10.1038/nature06015, 2007.

文献2: Fujita, S., Okuyama, J., Hori, A., and Hondoh, T.: Metamorphism of stratified firn at Dome Fuji, Antarctica: A mechanism for local insolation modulation of gas transport conditions during bubble close off. , J. Geophys. Res, 114, 10.1029/2008JF001143, 2009.

文献3: Hörhold, M. W., Laepple, T., Freitag, J., Bigler, M., Fischer, H., and Kipfstuhl, S.: On the impact of impurities on the densification of polar firn, Earth and Planetary Science Letters, 325, 93-99, 10.1016/j.epsl.2011.12.022, 2012.

研究サポート

この研究はJSPS科研費(基盤研究(A)20201007および基盤研究(A)20241007)の助成を受けて実施されました。

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