大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

南極産菌類の生存戦略 ~エネルギーを消費して凍結を避ける~

2016年7月6日

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

南極のような極地に生息している菌類は氷点下でも成長が可能であることが知られています。国立極地研究所(所長:白石和行)の辻雅晴特任研究員は、南極産菌類Mrakia blollopis(ムラキア・ブロロピス)のうち、低温での成長能(増殖能)の異なる2株を使用し、氷点下環境という「低温ストレス」への代謝反応を測定しました。その結果、低温でも効率的に成長できる株では、生合成の際にアデノシン三リン酸(ATP)を消費する物質を大量に蓄積していることが世界で初めて明らかになりました。ATPは生物にとってエネルギー源であることから、南極産菌類はエネルギー源を犠牲にして細胞内凍結を回避している可能性が示唆されました。

本研究成果は、イギリス王立協会出版のオープンアクセス雑誌 Royal Society Open Scienceに、現地時間7月6日に掲載されます。

研究の背景

図1:スカルブスネス露岩域から分離されたMrakia blollopis SK-4。

生物にとって0℃以下の温度による低温ストレスは、生命維持に深刻な影響を及ぼします。南極のような極限環境に生息している菌類は、細胞外多糖や不凍タンパク質(注1)などを分泌し、凍結防止剤として利用することで細胞やコロニーが凍らないように工夫しながら生存していることが知られています(文献1)。しかし、南極に生息している菌類が氷点下という低温ストレスに対して代謝全体としてどのような応答をしながら成長しているのかは不明のままでした。

これまでの研究により、昭和基地から約60km離れたスカルブスネス露岩域では、担子菌酵母Mrakia blollopis図1)が培養可能な菌類の優占種であることが明らかになっています(文献2)。さらに、Mrakia属菌は好冷菌であるにもかかわらず、不凍タンパク質の遺伝子を持たず、凍結防止剤として働く細胞外多糖もあまり分泌しないにもかかわらず(文献2文献3)、−10℃以下でも細胞内凍結を起こさずに生存できるという驚異的な能力を持っていますが、この菌が氷点下でどのように成長しているのかは謎でした。

本研究ではスカルブスネス露岩域から分離した低温での成長能が異なる2株のMrakia blollopisを用いて低温ストレス下での代謝応答の解析を行いました。

研究の内容

南極・スカルブスネスで採取された低温での成長能に優れたMrakia blollopisのSK-4株と低温で効率的に成長できないTKG1-2株を、氷点下(−3℃)および10℃で培養し、細胞内の代謝産物の濃度を測定しました。その結果、SK-4株は、氷点下では低温ストレスにより代謝経路を変更していることが分かりました(図2)。またSK-4株は細胞分裂や細胞壁合成などの代謝経路が活発になるほか、低温下での成長に関与し、生合成するのに大量のATPを消費する物質として知られているトリプトファンなどの芳香族アミノ酸を多く蓄積していました。しかし、TKG1-2株では、低温ストレスによるはっきりとした代謝反応の変更や、このような代謝産物の顕著な蓄積は認められませんでした。以上のことから、低温での成長能に優れた南極産のMrakia blollopisは氷点下での低温ストレスに対抗するため、多大なエネルギー的コストを支払いながら成長していることが示唆されました。

図2: ヒートマップ解析の図。ヒートマップ解析は数値の大小を色の濃淡により表す方法で、図中の細かい横線一本一本が代謝産物を示し、赤色が濃いほど代謝された量が多く、緑色が濃いほど代謝量が少ないことを示す。
低温での成長能に優れたSK-4株では、氷点下(-3℃、水色の枠内)と通常の培養温度(10℃、橙色の枠内)で、色の出方が大きく異なっている。これは、培養温度によって代謝産物の蓄積パターンが異なることを示している。一方で、低温での成長能が比較的低いTKG1-2株では、-3℃(水色枠)と10℃(橙色枠)での色の出方に大きな差は見られない。

今後の展望

南極に生息している菌類は氷点下でも成長できることから、有機物の最終分解者として極地における物質循環に重要な役割を果たしています。このことから、南極産の菌類がどのように極限環境に適応して生き抜いているかを知ることは、南極の生態系を理解する上でとても重要です。今後は昭和基地以外の南極域に生息している様々な菌類についても同様に、低温ストレスによる代謝変化を調査すると同時に、遺伝子の発現がどのように変化するのかについても調査する予定です。

また、前述のとおりMrakia属菌は、不凍タンパク質を分泌せず、凍結防止剤もほとんど分泌しないにもかかわらず、−20以下でも細胞内凍結を起こさずに生存できるという驚異的な能力を持っています。Mrakia属菌がどのように細胞内凍結を防いでいるのかを解明することで、細胞内凍結が原因となって起こる凍傷の治療法の開発に応用されることが期待されます。

注1

不凍タンパク質:
氷結晶に結合する機能性タンパク質のこと。氷結晶に結合して、その成長を抑制する能力を持つ物質。これまで低温環境に適応した様々な魚類や植物、昆虫、キノコ、微生物等から見つかっている。

発表論文

掲載誌: Royal Society Open Science
タイトル: Cold-stress responses in the Antarctic basidiomycetous yeast Mrakia blollopis
著者: 辻 雅晴(国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
URL: http://dx.doi.org/10.1098/rsos.160106
DOI: 10.1098/rsos.160106

文献

文献1: Robinson CH. 2001 Cold adaptation in Arctic and Antarctic fungi. New Phytol. 151, 341?353; (doi: 10.1046/j.1469-8137.2001.00177.x).

文献2: Tsuji M, Fujiu S, Xiao N, Hanada Y, Kudoh S, Kondo H, Tsuda S, Hoshino T. 2013 Cold adaptation of fungi obtained from soil and lake sediment in the Skarvsnes ice-free area, Antarctica. FEMS Microbiol. Lett. 346, 121?130; (doi: 10.1111/1574-6968.12217).

文献3: Tsuji M, Kudoh S, Hoshino T. 2015 Draft genome sequence of cryophilic basidiomycetous yeast Mrakia blollopis SK-4, isolated from an algal mat of Naga-ike Lake in the Skarvsnes ice-free area, East Antarctica. Genome Announc. 3, e01454?14; (doi: 10.1128/genomeA.01454-14).

研究サポート

本研究はJSPS科研費(研究活動スタート支援15H06825および若手研究(A) 16H06211)並びに情報・システム研究機構(平成27年度融合シーズ探索)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
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