大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

氷床の融解を促進する微生物塊「クリオコナイト粒」の増加要因を解明

2016年7月28日

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

近年問題になっているグリーンランドの氷床融解の一因は、氷河が暗色化し、太陽光の吸収が高まることであると言われています。暗色化は氷河表面に「クリオコナイト粒」と呼ばれる直径1mmほどの微生物の黒い塊が増えることによって起こりますが、クリオコナイト粒を構成する微生物の種類や、増加を促進する要因についてはよく分かっていませんでした。

国立極地研究所(所長:白石和行)の植竹淳 特任研究員を中心とする研究グループは、グリーンランド北西部に位置するカナック氷河上において、クリオコナイト粒の分布状況と、増加に影響すると予測される環境要因との関連を調べました。その結果、氷河上に鉱物が多く存在している地点で、クリオコナイト粒の増加が著しいことが明らかとなりました。また、直径が250μm(1μmは1000分の1mm)以上の大きいクリオコナイト粒では、粒の骨格を形成する糸状のシアノバクテリアのほとんどがPhormidesmis priestleyiという種であったことが分かりました。これらの知見は、氷河の融解をもたらす暗色化の発生および進行過程の解明に貢献すると期待されます。

研究の背景

クリオコナイト粒(cryoconite granules)とは、氷河上に生息する好冷性の微生物と細かい鉱物が集まったできた直径1mmほどの小さな粒です(図1)。クリオコナイト粒は微生物の分解によって作られる腐食物質や鉱物の色で黒っぽい色をしているため、氷河上で増えると太陽光の吸収が高まり、氷河の融解を促進することが明らかになっています。近年、グリーンランドの氷床の下流部で融解が激しく進行しているのは、このクリオコナイト粒や色素を持った微生物の増加が一因であると言われています(図2)。

しかしながら、クリオコナイト粒にどのような種類の微生物が生息しているのか、またどのような環境で活発に増加するのかなどについては、未解明な点が多く残されていました。

図1:クリオコナイト粒。右下の黄色い線は1mm。

図2:暗色化した氷河表面

研究の成果

植竹淳特任研究員らは、グリーンランド北西部にある小さな氷河(カナック氷河、図3)を訪問し、クリオコナイト粒を採取して、顕微鏡観察、DNA分析、栄養塩の分析など様々な分析手法を複合的に取り入れ、その生態に迫りました。

氷河上の標高の異なる5地点で分析をしたところ、氷河の中流域(図3のQA4)でクリオコナイト粒が顕著に発達し(図4)、粒の骨格をつくる糸状のシアノバクテリアの量も特に多くなっていました。また、クリオコナイト粒の増加に関連すると考えられる標高や傾斜、氷中の栄養塩濃度、鉱物の量や組成などの環境要因のうち、直径が250μm以下の細かな鉱物の量だけが、シアノバクテリアの分布とよく関連していました。このことから、細かな鉱物の供給が特に多い場所でシアノバクテリアがよく増殖し、粒が形成されやすくなっていることが明らかとなりました。

図3左:カナック氷河の位置。右:氷河上の調査地点(QA1~QA5)

図4: 調査地点ごとのクリオコナイト量。QA4地点で顕著に多い。

図5:Phormidesmis priestleyi。スケールバーは50μm。

さらに、クリオコナイト粒に含まれるシアノバクテリアの16SリボソームRNA遺伝子を分析したところ、粒を構成する糸状のシアノバクテリアの大部分が、南極湖沼からも報告されているPhormidesmis priestleyi図5注1)で構成されることがわかりました。また、P. priestleyiの増殖で粒の直径が大きく(250μm以上)なると、急激に他の微生物の種構成が変化し、多様性や生物量が大きくなることも明らかとなりました(図6)。

以上のことから研究グループは、供給される鉱物の量の違いが、微生物群集の増殖を決める要因となっており、ひいては、クリオコナイト粒の成長に伴って氷河の融解を促進させているという考えを提案しました。同様の現象はグリーンランド全域で起きている可能性が高く、研究グループは今後、調査範囲を広げて研究を実施する予定です。

図6: それぞれのサイズのクリオコナイト粒に含まれる微生物の割合。

注1

Phormidesmis priestleyiは糸状シアノバクテリアの一種で、本研究の近縁種が2006年に南極大陸で報告されている。その後の研究で、この種は極域のみならず世界各地の氷河にも生息していることが分かってきている。

発表論文

掲載誌:FEMS Microbiology Ecology
タイトル:Microbial community variation in cryoconite granules on Qaanaaq Glacier, NW Greenland
著者:
植竹 淳(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任研究員)
田中 聡太(千葉大学大学院理学研究科)
瀬川 高弘(新領域融合研究センター 融合プロジェクト研究員/国立極地研究所) ※現在は山梨大学所属
竹内 望(千葉大学大学院理学研究科 教授)
永塚 尚子(日本学術振興会特別研究員/国立極地研究所 特任研究員)
本山 秀明(国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授)
青木 輝夫(気象庁気象研究所 気候研究部 客員研究員) ※現在は岡山大学所属
URL:http://femsec.oxfordjournals.org/content/early/2016/06/14/femsec.fiw127
DOI:10.1093/femsec/fiw127
公開日:2016年6月14日 オンライン公開

研究サポート

本研究の一部はJSPS科研費(基盤研究(S)23221004)の助成を受けて実施されました。

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国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任研究員 植竹淳

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