大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

氷河後退域で変化する菌類相

2016年9月23日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

氷河が後退すると、その下にある岩や礫などが露出し、菌類の新たな生息場所となります。ここに住む菌類の多様性の変化は、その後の他の生物の定着に大きな影響を及ぼします。

ノルウェーのスバールバル諸島ニーオルスンにある東ブレッガー氷河(図12)は1936年から2010年の間に400m以上氷河末端が後退しており、後退距離の長い氷河のひとつとして知られています。国立極地研究所(所長:白石和行)の辻雅晴特任研究員を中心とする研究グループは、東ブレッガー氷河において、氷河上の1か所と、氷河後退域(氷河が後退し地面が露出した地点)4か所における菌類の構成を調べました。その結果、氷河後退域では、地面が露出した年代によって菌類の構成が大きく異なっていました。これは、氷河が後退して岩石などの地面が露出してから、年を追うごとに菌類相(注1)が変化し、種の多様性が豊かになっていったことを示しています。

この成果は、国際的な菌類の専門誌Mycoscience誌オンライン版に掲載されました。

研究の背景

氷河が後退して露出した裸地は菌類の新たな生息場所となります。これらの場所に生息している菌類は土壌の形成や有機物の分解に重要な役割を果たしていることから、菌類相の変化は極地における遷移(注2)や物質循環に大きな影響を及ぼします。

ノルウェー・スバールバル諸島ニーオルスンにある東ブレッガー氷河では、2010年までの74年間に氷河末端が400m以上後退しました。研究グループは、この氷河が後退し、岩石などの地面が露出してから、時間経過と共にどのように菌類相が変化したのかを調べることにしました。

図1:東ブレッガー氷河。2010年7月撮影。撮影:田邊優貴子(国立極地研究所)

図2: ニーオルスンの位置。

研究の内容および考察

2014年7月、研究グループの田邊優貴子助教は、東ブレッガー氷河の末端付近から後退域にかけての5つのサンプリング地点(Site 0〜4)で試料を採取しました(図3)。これらの試料を日本に持ち帰り、含まれる菌類を調べた結果、図4に示すように、氷河末端より7m上流のSite 0では担子菌酵母のみが、氷河が後退して約10年と、比較的最近地面が露出したSite 1では接合菌類のみが分離されました。また、氷河が後退して約50年程度経過しているSite 2からは接合菌類の他に担子菌酵母のMrakia属菌が分離され、地面が露出しておよそ80年のSite 3からは接合菌類や担子菌酵母に加え、子のう菌酵母が分離されました。

また、試料中に含まれる窒素および炭素の量は、Site 1〜3では、氷河末端からの距離が長くなるほど多くなりました。

これらの結果から、東ブレッガー氷河後退域での菌類相の変化過程は以下のように推測されます。①まず、氷河が後退し露出した直後に、接合菌類のMortierella属菌やMucor属菌が定着した。これらの種は岩石を分解する能力を持っていることから、その代謝物や死骸が蓄積することで、タンパク質やクエン酸などの栄養素が供給された(Site 1)。②その栄養素を利用して担子菌酵母のMrakia属菌が定着した。Mrakia属菌は細胞外にセルラーゼやリパーゼなど様々な酵素を分泌することから、氷河の後退により取り残された、氷河内部や表面の微生物の死骸などの細胞残渣が酵素により分解され、さらに栄養素が蓄積された(Site 2)。③蓄積された栄養素を利用してMrakia属菌以外の担子菌酵母や子のう菌酵母が定着した(Site 3)。

このように、東ブレッガー氷河の後退域では、80年以上の年月をかけて、菌類のはたらきが栄養素の蓄積に貢献した結果、菌類の多様性が徐々に豊かになっていったと推測されます。菌類は有機物の最終分解者として、極地での物質循環や、土壌の形成に大きな役割を果たしています。菌類の多様性が豊かになれば、植物など、菌類以外の生物の定着が促進されると考えられます。

図3:【左】東ブレッガー氷河での調査地点(Site 0~4)。写真の下側(南側)が氷河上流。Site 0は2014年7月の時点で氷河末端から約7m上流の氷河上に位置している。Site 1、2、3、4は、氷河後退域にあり、地面が露出してからそれぞれ約10年、約20年、約80年、数百年経過していると考えられている。
【右】東ブレッガー氷河の末端付近。2014年7月撮影。撮影:田邊優貴子(国立極地研究所)

図4:東ブレッガー氷河後退域における菌類の種数の変化。

今後の展望

今後も東ブレッガー氷河後退域の菌類相を継続して調査する予定です。また、北極や南極のような極地に生息している菌類の中には、低温で活性の高い酵素を持っているなど、極限環境を生き抜くための優れた特徴を有するものがあり、微生物資源としても注目されています。東ブレッガー氷河に生息している菌類の産業利用可能性についても検討する予定です。

注1 菌類相: ある特定の環境で生育する一群の菌類の構成。
注2 遷移: 生物群集の移り変わりのこと。

発表論文

掲載誌: Mycoscience
タイトル: Changes in fungal community of Austre Brøggerbreen deglaciation area,
Ny-Ålesund, Svalbard, High Arctic
著者: 辻雅晴(国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
植竹淳(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任研究員)
田邊優貴子(国立極地研究所 生物圏研究グループ助教/総合研究大学院大学併任助教)
URL: http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S134035401630050X
DOI: 10.1016/j.myc.2016.07.006
論文公開日: 2016年8月31日(オンライン公開)

研究サポート

本研究はJSPS科研費(基盤研究B 26310213および、研究活動スタート支援 15H06825)の助成を受けて実施されました。また、本研究のフィールドワークは文部科学省のGRENE北極気候変動研究事業の支援を受けて行われました。

お問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 生物圏研究グループ 辻雅晴

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