大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

北極海の夏の海氷が激減したメカニズムを解明
― 黒い開水面が吸収する日射の効果 ―

2017年8月29日
国立大学法人北海道大学
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

研究成果のポイント
  • 地球温暖化のもと、北極海の夏の海氷面積はこの40年で半減、そのメカニズムに迫る。
  • 開水面(*1)が吸収した日射による熱が海氷を融解し、それがまた開水面と日射の吸収量を増やし、海氷融解を加速するというフィードバックが海氷融解の経年変動を決める重要な要因。
  • 2000年代以降、海氷が動きやすくなり、この効果が働きやすくなったことが海氷激減の一因。

北極海の夏の海氷面積はこの40年で半減し、北極海は一年中海氷に覆われる多年氷域から、夏には海氷がなくなる季節海氷域へとシフトしつつあります。この海氷の激減については、いくつかの要因が指摘されていますが、本研究では、海氷-海洋アルベドフィードバックが重要な要因であることを、衛星観測による海氷データ等の解析から明らかにしました。海氷-海洋アルベドフィードバックとは、日射に対する反射率(アルベド)が黒い開水面では白い海氷表面より小さいため、海氷域で水開き(開水面)が一旦広がると、開水面から吸収された日射による熱により海氷が融解され、さらに開水面を広げ海氷融解を加速するというものです。融解初期に海氷の発散量(海氷が拡がる方向に動く割合)が大きいと、このフィードバックが有効に働き、融解が進みます。2000年代以降、多年氷などの厚く動きにくい海氷が減ることで発散量が増加し、フィードバックが働きやすくなったことが海氷激減の一因と考えられます。

本研究は、国立極地研究所の柏瀬陽彦研究員、北海道大学低温科学研究所の大島慶一郎教授(北極域研究センター兼任)が中心となり実施されました。本研究成果は、英国の科学誌であるScientific Reports電子版(2017年8月15日付オンライン先行出版)に掲載されました。

なお、本研究は、GRENE北極気候変動研究事業(*2)の助成を受けて実施されました。

背景

北極海では、2000年代に入り夏の海氷面積が1970~80年代に比べ半分近くに減少し、北極海は一年中海氷に覆われる多年氷域から、夏に海氷がなくなる季節海氷域へとシフトしつつあります(図1)。2012年9月には、日本のマイクロ波放射計による人工衛星観測から、海氷面積が過去最小になったことが記録されています。北極海は温暖化の影響が最も顕著に現れている領域であり、IPCC第5次評価報告書によると、早ければ2050年ごろには夏の海氷はほとんど消失するという予測さえあります。

このような夏の海氷激減については、気温上昇の他にも、大気循環や雲量の変化、太平洋及び大西洋から流入する熱量の増加、北極海から流出する海氷量の増加など、いくつかの原因が複合的に重なりあったものとして考えられています。また最近は、これらの原因の中で、海氷-海洋アルベドフィードバック効果の重要性が指摘されつつあります。

海氷-海洋アルベドフィードバック効果とは、開水面と海氷表面の日射に対する反射率(アルベド)が大きく異なることにより、融解期に一旦海氷密接度(海氷が海面を覆う割合)が低下すると、増えた黒い開水面に吸収された日射による熱により海氷が融解され、さらに開水面が広がり海氷融解を加速する、というものです(図2)。しかし、開水面から入った日射(ないしはフィードバック)の熱が海氷の融解量やその経年変動を説明できるのか、また、もしフィードバックが生じているとするとその引き金は何なのか、といった本質的なことはよくわかっていませんでした。

研究手法・成果

本研究では、海氷減少が主に生じている海域(図1の緑枠)に対し、衛星観測海氷データ(密接度・漂流速度・厚さ)や大気客観解析データ等を用いて、海氷域内へ入る日射等の熱量、海氷融解量、海氷発散量(海氷が拡がる方向に動く割合)等を詳細に計算・解析しました。その結果、日射が開水面に吸収される量と海氷融解量は、いずれの年においても熱量的に非常によく対応していることがわかりました(図3)。すなわち、主に日射により開水面を介して入る熱によって海氷融解量の経年変動が決まることが示され、特に海氷減少の進んだ2000年以降は、開水面に入る熱、海氷融解量とも同期して大きくなっていることがわかりました。

データ解析からは、融解期初期(5-6月)に海氷発散量が大きいと、2-3ヶ月遅れてより大きな海氷融解が生じることも示されました。この解析結果は簡略化した海氷-海洋結合モデルによって再現され、初期の開水面の増加が引き金となって、海氷-海洋アルベドフィードバックが効果的に働き、融解が増幅された結果であることが示されました。

2000年以降はそれ以前より、海氷発散量が2倍程度大きくなっています(図4上図)。海氷発散そのものによる海氷密接度の減少はわずかなものですが、この減少が引き金となってフィードバックが働き、海氷融解最盛期に向け開水面への熱量インプットが大きく増し、融解が加速したと考えられます(図4下図)。2000年以降は、多年氷などの厚い海氷が減少したことで、海氷が動きやすくなった結果として発散が生じやすくなり、フィードバックの感度が増したと考えられます。本研究は、北極海の近年の海氷の激減や経年変動に対して、海氷-海洋アルベドフィードバック効果が主要因の一つであることを、初めて定量性をもって実証した研究です。

今後への期待

この研究から、春(融解初期の5-6月)の海氷発散量がわかると、その年の海氷がどこまで後退するか予測できる可能性が示されました(9月に海氷が最も後退します)。海氷後退の予測は、北極海航路(*3)や北極海の資源開発にとって極めて重要な情報です。さらに、北極海の海氷減少は地球全体の大気や水の循環に大きな影響を与えるという研究もあり、北極海の海氷減少のメカニズムの解明は全地球の気候変動の理解や予測にも重要です。今後はより精緻な海氷-海洋結合モデルや気候モデルと組み合わせて解析することで、フィードバック効果の理解を深め、季節海氷予報の実用化やフィードバック効果の全地球の気候への影響評価へと発展していくことが期待されます。

図1:北極海の9月の海氷分布(海氷密接度で示し、スケールは右端)。左は1980年代の平均値、右は2010年以降の平均値。緑で囲んだ扇形領域は本研究の解析領域。National Snow and Ice Data Center(NSIDC)によるデータを使用。

図2:海氷-海洋アルベドフィードバック効果を示す模式図。

図3:開水面に入る熱量と海氷融解量の経年変動。図1の解析領域における,5-8月積算の海氷域での開水面に入る熱量(主に日射による;赤線)と,年積算の海氷融解量(黒線)の1979年から2014年までの経年変動。海氷融解量は熱量に換算してある。

図4:2000年以前(左図)と以降(右図)の海氷後退における海氷と熱量の収支。上図は融解初期で,2000年以降は2000年以前より海氷の発散量が2倍程度大きくなる。下図は融解最盛期で,この差が引き金となって海氷-海洋フィードバックが働き,2000年以降に開水面への熱量インプットが増加し,海氷融解が加速している。

用語

*1: 開水面 … 周囲が氷で覆われている中で、局所的に水面が見えている部分のこと。

*2: GRENE北極気候変動研究事業 … 大学や研究機関が戦略的に連携し、世界最高水準の研究と人材育成を総合的に推進することを目的として文部科学省が2011年度から5年間実施した「グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス(GRENE)事業」における北極気候変動分野事業(代表機関:国立極地研究所)。国立極地研究所の他、北海道大学や苫小牧工業高等専門学校など国内の39機関が参加し、急変する北極気候システム及びその地球全体への影響の総合的解明をめざして研究を推進した。

*3: 北極海航路 … 北極海を通って大西洋側と太平洋側を結ぶ航路のこと。20世紀までは航路として開通したことはなかったが、2000年代に入り北極海の夏の海氷の範囲が縮小し、夏季の短い期間だけ航路として開通するようになった。北極海航路を用いると、ヨーロッパ・東アジア間の海上輸送距離が従来のスエズ運河航路に比べ大幅に短縮され、海賊などのリスクもなくなる。

発表論文

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル: Evidence for ice-ocean albedo feedback in the Arctic Ocean shifting to a seasonal ice zone(季節海氷化する北極海における海氷-海洋アルベドフィードバック効果の実証)
著者:
柏瀬陽彦(国立極地研究所)
大島慶一郎(北海道大学)
二橋創平(苫小牧工業高等専門学校)
Hajo Eicken(アラスカ大学国際北極研究センター)
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-017-08467-z
公表日:英国時間 2017年8月15日(火)(オンライン公開)

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