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北極関連トピックス解説

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気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書

— IPCC報告書からのメッセージ 北極域で起きている変化 —

榎本 浩之 
国立極地研究所副所長 

© 2021 Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC)

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)第1作業部会(WGI:自然科学的根拠)報告書の政策決定者向け要約版(SPM)が、2021年8月9日(月)17時(日本時間)に発表されました。IPCCでは1990年から報告書を出していますが、2013年の第5次評価報告書(AR5)WGI報告書の発表以来8年ぶりとなります。

今回の報告書では、人間活動が気候変動へ及ぼす影響は疑う余地がないことを明言し、その変化と規模は前例がないと伝えています。その結果、極端気象を引き起こして発生の頻度も増すこと、温室効果ガスの排出が海洋、氷床、海面水位の変化に強く関係していることなどを指摘しています。特に北極で変化が顕著な点は見過ごせません。本記事では、SPMを中心にAR6/WGI報告書の内容を速報としてお知らせします。

なお、報告書本体は編集作業を経て12月頃に公開される予定です。第2作業部会報告書(WGII:影響、適応、脆弱性)や第3作業部会報告書(WGIII:緩和策)も今後公開が予定されています。

今回のポイント

2018年10月に公表された「1.5℃特別報告書」 では、産業革命前と比べて地球温暖化を平均で1.5℃に抑えることによって、多くの気候変動の影響が回避できることを強調していましたが、第6次報告書では、温室効果ガスの排出量を抑えられたとしても2040年までには気温上昇は1.5℃を超え、最悪のシナリオでは今世紀末には4.4℃上昇すると予測しています。ただし、温室効果ガスの排出を十分抑えることができるシナリオでは、気温上昇が1.5℃を超えたのち、今世紀末にそれ以下に戻せる予想も報告しています。

本報告書では、海洋、陸域、氷床などの要素ごとの環境変化が分けて調べられており、気温や海水温の上昇、雪氷融解などの深刻な影響、そして平衡気候感度(大気中のCO2濃度が産業革命以前から倍増した時に全球平均地表気温が最終的に何度上昇するかという値を指す)の下限の推定値がこれまでの報告書よりも上がって不確実性の幅が狭まった点が読み取れます。推定には古気候情報も活用されました。また、人為起源の気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象及び気候の極端現象に既に影響を及ぼしています。熱波や大雨、干ばつ、熱帯低気圧のような極端現象の発生の頻度や強さを増加させるとも指摘しており、それらは「人間活動の影響による」とAR5よりも原因特定に関する証拠が強化されています。

その中でも海氷、氷床、凍土などへの影響は北極での観測結果に顕著に表れており、さらにそれが温暖化を増幅する要因となることが危惧されています。北極域の温暖化は、これまでは全球の平均の2~3倍の速度で進んでいるといわれていましたが、将来も世界平均の1.5倍から2倍の速さで温度上昇し、最寒日の気温は3倍の速さで上昇することが予想されています。北極海の海氷については、現在は1850年代以降で最低レベルまで減少しており、昨年(2020年)の夏のような状態は過去1000年の間でも見当たらないとしています。将来については、CO2排出を低く抑えないすべてのシナリオで、2050年頃までには9月の北極海は実質的に氷がない状態になる可能性があるということも予想されています。ただし、今回の報告書では、海氷の減少傾向が不可逆的に続くティッピングポイントはないとしています。

また、氷床の減少速度は、最近20年で4倍になっており、将来においては、氷河、グリーンランド氷床の融解、凍土融解からの炭素流出は長期にわたり止まらないこと、海洋深部の温暖化と氷床の融解が続くため、海面水位は上昇した状態が更に百年から千年のスケールで継続するという予想が出されています。そして数百年のスケールでは不可逆的な変化が起きる(海面水位の上昇が止まらない)としています。過去および将来の温室効果ガスの排出に起因する多くの変化、特に海洋や氷床、海面水位における変化は、世紀を跨いだ長期の表現が使われるようになってきており、また不可逆的であると指摘しています。極端な海面水位上昇が多く発生すること、海洋熱波についても熱帯域とともに北極域の海洋熱波も本報告書で述べています。

2020年8月の北極点の様子。海氷が融け、メルトポンド(海氷上の水たまり)が一面に広がっている。(撮影:北海道大学・野村大樹氏)

報告書では南極の海氷と気候変動の関わりや南極氷床の融解が大きく増加する可能性についても言及しています。南極の海氷面積は北極の減少傾向と異なった傾向を見せています。南極では長期にわたって増加傾向にありましたが、最近は減少してきており、このことについては気候変動との関連はまだ不明ということです。氷床融解については、グリーンランドは二大要素である表面融解と氷山分離が今後も続きますが、南極は棚氷の消耗とそれに対する海洋の影響、棚氷を失った場合に懸念される氷床が海に接する氷壁の不安定性についてはまだ知見が足りず、信頼性のある予測の発表には至っていません。しかし、SPMでは、氷床の不安定性が活発化すると西南極の氷床融解の状況が海水準上昇に大きく影響するので要注意として書かれています。これはこれまでの報告書には見られない新たな記載内容となっています。

今回の報告書では、「人為起源の気候変動への影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がなく、大気、海洋、雪氷圏及び生物圏において、広範囲かつ急速な変化が現れており、気候システム全般にわたる最近の変化の規模と、気候システムの側面の現在の状態は、何世紀も何千年もの間、前例のなかったもの」と断定しています。将来ありうる気候とリスク評価や地域適応を考えるとともに将来の気候変動の抑制をどう考えていくかが課題です。科学者が言ってきたことは変わりませんが、より内容が精緻になったこと、より原因や深刻な影響が確認されてきたことから、今、対策を急ぐ必要があることを訴えています。報告書では、温室効果ガスやエアロゾル排出量対策をすぐに始めることにより、より早い効果が得られることを示しています。それでも、その効果が世界の平均気温の変化に表れるのは何十年も先になることから、今後の人間活動についてどう考えるのかが改めて突き付けられています。

国内関係省庁

本記事は次の省庁がそれぞれのWEBで公開した「IPCC AR6/WG1報告書の政策決定者向け要約(SPM)の概要」も参考にしています。