EN

北極関連トピックス解説

  1. HOME
  2. 北極関連トピックス解説
  3. 北極温暖化増幅を提唱された真鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞に寄せて

北極温暖化増幅を提唱された真鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞に寄せて

— 北極温暖化増幅を提唱された真鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞に寄せて —

2021年10月 
国立極地研究所及び総合研究大学院大学名誉教授 
(大気科学・極域気候学) 
山内 恭 

アメリカ、プリンストン大学の真鍋淑郎先生がノーベル物理学賞を受賞されました。私に近い研究分野の方がノーベル賞、それも物理学賞を受賞されたということで、大変嬉しく思い、極域研究に関わる貢献についてご紹介したいと思います。

真鍋さんは東京大学理学部の地球物理学教室の気象学講座で大学院博士課程を1958年に卒業され理学博士を取得されました。その時の指導教官は、気象学においては名伯楽の誉れ高い正野重方さんというエラい先生で、早くに亡くなったので私は教科書の著者としてしか知りません。当時の日本は未だ貧しく研究資源も十分でなく、研究環境も恵まれていない状況だったようです。当時卒業した多くの優れた気象学者は皆アメリカに渡ってしまい、アメリカで研究を重ね、世界的に重要な研究をされています。直ぐ思い出すだけで、東京大学では真鍋さんの他にも10名近く、東北大学からも赤祖父俊一さん(オーロラ研究者)らと、枚挙に暇がありません。その世代の気象学者では誰が日本に残っているのだろうと言うありさまでした。真鍋さんは、コンピュータ資源だけでなく、人間関係の煩わしさの無い、自由でやりたい研究が思う存分できる環境ということで、アメリカを選ばれたとインタビューには答えておられます。

真鍋さんの研究を振り返ってみます。特に最初の画期的な成果は1967年の論文になったManabe and Wetherald,(1967)でしょう。その前の代表的論文(Manabe and Strickler, 1964)で1次元の大気モデル(大気の状態の時間変化を計算機で再現すること)において、放射と対流の影響(放射対流平衡)による気温の鉛直分布を各緯度帯で理論的に導き出すことに成功されたものに、さらに空気が含む水蒸気の量に相対湿度一定という条件を与えたところ、実際に起きている状態に近い結果を得られました。これは地球大気の温室効果が明瞭にモデルでも説明されたことになります。

さらにこのモデルで、温室効果をもたらす大気中の二酸化炭素(CO2)濃度を変えた時に、どのような温度分布になるかを示され、対流圏と地上でのわずかな温度上昇と成層圏での大幅な気温低下を示されました。CO2濃度を当時の平均値300 ppmから倍の600 ppmにしたとき、地上の平均気温は2.36 ℃上昇するという結果でした。人為起源によるCO2濃度増加が地上気温の上昇を招くということを、物理プロセスを初めて明瞭に再現したモデルとして画期的な研究成果でした。

図1 大気中CO2濃度を150、300、600 ppmと変えた時の放射対流平衡における気温鉛直分布(Manabe and Wetherald, 1967)。CO2倍増により対流圏、地表ではわずかな昇温、成層圏では大きな冷却がおこることを示している。
ノーベル財団プレスリリースより(2021年10月5日) https://www.nobelprize.org/uploads/2021/10/popular-physicsprize2021.pdf


この8月に公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書」(IPCC, 2021)の評価では、排出抑制をあまりしなかった場合、西暦2100年にCO2濃度は2倍(600 ppm)近くになり、その時の平均気温上昇は4~5℃と見積もられているということで、さらに大きい値が想定されています。ちなみに、成層圏では温室効果が効かず、CO2増加により赤外放射の射出が大きくなるため同じ射出を維持するために冷却するもので、この結果は後になって実証されるという、驚くべきものでした。

次の大きな進展は3次元の全球気候モデル(GCM: General Circulation Model大循環モデル)の採用でしょう(Manabe and Wetherald, 1975)。これまでは、1次元モデルでいわば地球全体を平均した結果だったのですが、地球上には大気の流れ、海洋の流れがあって、熱とともにそれらの運動量が運ばれる効果が大きい。ここでは、大気だけを全球規模の大循環モデルとし、海洋は簡略な海面として与えられていますし、雲量は固定です。即ち、地球上を約500 km四方の格子に分け、その各格子が交わる点を鉛直方向に9層に分けて物理量に関する方程式を解き、空気の流れ(風)や熱の輸送を、時間間隔を設けて計算していくものです。現実の地理的分布ではなく、大陸・海洋の違いを割合で組み入れた簡略なモデルでした。ただし、極域にある雪や氷は気温によって存在する面積が左右されるというアイス・アルベド・フィードバックは取り入れられていました。これによりCO2が倍増したときの地球全体の平均気温の上昇は2.93℃という結果が得られました。しかし、対流圏、特に地上近くの気温では緯度による大きな違いが生じ、高緯度域では低・中緯度域の2〜3倍の昇温がみられました。海氷の変化が効いていたのです。これがまさに温暖化の極域増幅(Polar Amplification)と呼ばれることになる現象です。

次のモデル(Stouffer, Manabe and Bryan, 1989)は著しく進展し、大気と海洋の大循環モデルをつないだ「結合モデル(Coupled model)」となりました。大陸分布もほぼ現実的なものとなり、海洋中の熱輸送も表現され、雲も相対湿度99%を越えると発生するとされ、CO2濃度増加を年1%の割で変化させるという逐次変化(これまでは、決まった濃度での平衡状態を求めていた)のモデルとなりました。現在多く使われている気候モデルの原型です。その結果をみると、北半球高緯度、つまり北極の強い温暖化が出ているとともに、南半球の温暖化は大きくなく、特に南緯60°以南で温暖化が弱くなっています。北半球に比べ南半球では海の面積が大きいことで熱慣性が大きくなって温まりにくいこと、大気中の強い西風循環が海表面の北向きの流れ(エクマン流)を生み、これが海洋の深層の流れ(深層循環)を励起するため、これらの流れにより南半球の海洋が温まるのを抑える効果を示すということです。

こうして、私たち極域の研究者が今大変関心のある、北極温暖化増幅(Arctic amplification; Serreze and Francis, 2006により言われるようになった)と東南極温暖化抑制、即ち温暖化の南北コントラストを、いち早く説明をされたのが真鍋さんでした。それ以前、実は1957-8年の国際地球観測年(IGY期)の観測結果から南北気候の非対称性を論じた論文はあったのですが(Flohn, 1978に引用)、あまり注目されておらず、私も最近になって気づいたところです。真鍋さんたちは、これら観測結果として示されていたエネルギー収支の違いによる南北コントラストを、3次元大気海洋結合モデルによって見事に説明されたということになります。北極、南極の極域大気科学・気候学に大きな足跡を残されたわけです。手短にご自分でまとめられたレビュー論文も最近出されていますので興味のある方は目を通してください(Manabe, 2019)。

真鍋さんの物理学賞は、こういう気象・気候分野、古典物理学の応用の一つである地球物理学にもノーベル物理学賞の資格があるのだということで、とても嬉しかったです。今の地球環境が直面している「地球温暖化」は物理学で説明される確固たるものであることを示し、この困難な状況に世界の目が注がれるように、人間のCO2排出を少しでも減らすように努力を押し進めるテコになるようにとのメッセージが込められているのでしょう。これを機に、温暖化懐疑論者がなくなり、皆がその力を結集して地球温暖化を抑えていけることを期待しましょう。

参考文献

  • Flohn, H., 1978. Comparison of Antarctic and Arctic climate and its relevance to climate evolution. Antarctic Glacial History and World Palaeoenvironments, CRC Press, London, 3-13.
  • IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press.
  • Manabe, S. and Strickler, R. F., 1964. Thermal equilibrium of the atmosphere with a convective adjustment. J. Atmos. Sci., 21, 361-385.
  • Manabe, S. and Wetherald, R. T., 1967. Thermal equilibrium of the atmosphere with a given distribution of relative humidity. J. Atmos. Sci. 24, 241–259.
  • Manabe, S. and Wetherald, R. T., 1975. The effect of doubling CO2 concentration on the climate of a general circulation model. J. Atmos. Sci. 32, 3–15.
  • Manabe, S., 2019. Role of greenhouse gas in climate change. Tellus A, 71, 1620078, doi.org/10.1080/16000870.2019.1620078.
  • Serreze, M. C. and Francis, J. A., 2006. The Arctic amplification debate. Clim. Change, 76, 241-264.
  • Stouffer, R. J., Manabe, S. and Bryan, K., 1989. Interhemispheric asymmetry in climate response to a gradual increase of atmospheric CO2. Nature 342, 660–662.