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北極関連トピックス解説

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北極先住民の声を聴く─2022年度ArCS II公開講演会レビュー

*こちらの記事はArCS II News Letter No.7 (発行:2023年8月)に掲載されたものです。

2023年3月11日(土)に東京都千代田区の一橋講堂において、デンマークとノルウェーに住む北極先住民の方々をお招きして、第2回ArCS II公開講演会『北極先住民が語る暮らしと文化―地球温暖化の時代に生きる―』を開催しました。毛皮衣服や犬ぞりなどグリーンランドの人々の暮らしの知恵を科学的に研究し、本講演会にも登壇したArCS II沿岸環境課題研究者の日下 稜氏(北海道大学低温科学研究所)に、本講演会の内容をご紹介いただきました。

犬ぞり用のムチを練習する日下 稜氏

本講演会では、デンマークからは元グリーンランド在住でイヌイットの文化伝承活動を行っているナバガナ・カーヴィギヤ・ソ レンセンさんが、ノルウェーからはサーミ評議会シニア・アドバイザーのルネ・フェルハイムさんが登壇された。気候変動は、高緯度地域に暮らし、自然環境に依存した伝統的な生活をする先住民ほど大きな影響を与える。海氷上を犬ぞりで狩猟に出掛けるイヌイットや、トナカイの遊牧を行うサーミも例外ではない。さらに近年ではトランプ前米国大統領のグリーンランド購入発言に見られるように、資源を巡る国同士の駆け引きにも巻き込まれつつある。そんな中で、北極域の急激な環境変化が人間社会に与える影響評価をプロジェクトの目標の1つに掲げているArCS IIの公開講演会にお二人が登壇し、広く先住民の現状を伝えてくれた意義は大きい。日本側からは、アラスカで廃棄物処理の研究をしている東北大学の石井 花織氏と私がパネリストとして参加した。私自身は、気候変動や先住権をテーマに研究を行っているわけではないが、グリーンランド・イヌイットの民具を研究対象とし現地の人々との交流もあることから、登壇することとなった。

そりいっぱいのカラスガレイ。脂がのっていて非常においしい魚である。重要な食料であるとともに、貴重な現金収入源となっている。

講演会では、最初にナバガナさんが自身の生い立ちと北グリーンランドの文化を紹介した後、ドラムダンスを披露した。次にルネさんがノルウェー・サーミの暮らしと、サーミ評議会の活動紹介を行った。後半のパネルディスカッションでは、石井さんと私も参加しNPO法人ミラツクの西村 勇哉氏の司会で、先住民文化の伝承や、廃棄物処理などの問題について討論を行った後、会場からの質問に答えた。

ここで、ナバガナさんとルネさんの講演内容を紹介したい。

ナバガナ・カーヴィギヤ・ソレンセン氏
1947年にグリーンランド北西部チューレ地区のウマナックに生まれ、1953年に同じ地区のカナックに移り住みました。ウマナックに米国軍基地が建設されたため村を出なければなりませんでした。昔はカナックからウマナックへ犬ぞりで、氷河越えのルートを使って自由に行き来していました。しかし15~20年くらい前から、氷河が後退したことによりこのルートの利用が難しくなってしまいました。

ドラムダンスを披露


衣服にはホッキョクグマなどの毛皮やアザラシの革を使っています。グリーンランドで獲れる食料はホッキョクダラ、アザラシ、イッカク、カラスガレイ、ジャコウウシやトナカイなどです。キビヤックは、アッパリアスという鳥をアザラシの袋の中で発酵させた食べ物で、仕込んで3カ月後からおいしく食べられます。1987年にドラムダンスを習い始めました。ドラムの革はホッキョクグマやイヌの胃袋で、フレームはイッカクやセイウチのあばら骨からつくられます。

 

極北に住むイヌイットの暮らしは気候変動の影響を避けることができないが、積極的に文化を守り伝えてゆく覚悟がナバガナさんの言葉から感じられた。来場者から「ドラムダンスをする人が増えていけばよいと思っている」との発言が出たとき、ナバガナさんの顔がほころんだのが印象的であった。

ルネ・フェルハイム氏
サーミは1つの民族で4つの国にまたがって暮らしており、サーミ語には9つの方言があります。トナカイの遊牧に従事するのはサーミの人口のわずか5〜10%程度です。サーミの生活も気候変動で様子が変わりつつあります。積もった雪が融けると、その融け水によって地面が凍り、動物が雪を掘って植物を探すことができなくなることから、トナカイが自分では十分に餌を取れない事態が起きています。

民族衣装を着て講演


サーミ評議会の活動を2つ紹介します。1つ目はサーミのトナカイ牧草地に風力発電所が建設された問題で、ノルウェー政府に対して抗議活動を行い、謝罪を得るに至りました。2つ目は、映画『アナと雪の女王2』のサーミ語版作成に当たって、サーミとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオとの間で契約を交わしたことです。これにより私たちの意見を映画に反映させられるようになりました。サーミは、かつて同化政策によってサーミ語を話すことを禁止されました。

 

困難な歴史の中でも自分たちの意見が反映されるよう活動に当たる様子を、誇りを持って語られているのが印象的であった。風力発電の問題では、建設が違法との判決が出たものの既存の風車は稼働を続けるなど、完全な解決とはいかない場面もあるようだが、それでも自然と共存する道を模索し続けている姿に感銘を覚えた。

パネルディスカッションは、通訳を挟んでいることもあり時間が足りず十分な議論ができたとは言えないかもしれないが、石井さんがバッテリーをはじめとする有害な廃棄物を都市部に送って処理をするアラスカでの取り組みを紹介するなど、課題に対する前向きな動きを共有できたのではないかと思う。会場からの質問で回答できなかったものに関しては、後日ArCS IIのウェブサイトで回答を公開した。このような講演会を通して、北方先住民の暮らしの様子を広く知ってもらうことはもちろん、私たちも課題を共有しその解決のための活動を活発化していかなければと改めて感じた次第である。

登壇者の集合写真