(資料4)

南極における医療の現状と限界についての説明と承諾について

 南極は過酷な環境にあり、そこでの観測活動と設営作業は、国内とは比較にならない危険を伴うものとなります。

 観測隊は、そのなかで隊員の生命と健康を守るための医療施設や治療薬の整備拡充を行ってきました。

 しかしながら、南極特有の数々の制約から、国内と同等の医療水準を確保することは困難です。観測隊に参加するにあたり、以下のような医療の現状と限界について理解していただく必要があります。

①基本的装備について

 日常業務および生活でおきる病気、怪我に対しての治療、処置は可能です。昭和基地には、手術が可能な設備が整えられていますので、国内の一般病院の急患外来と同等の治療は可能となっています。

②緊急搬出について

 国内では病院で対応困難な重症患者については、さらに高度の医療を行うため救急車で大病院に送ります。南極は昭和基地近隣に他の基地はなく、昭和基地以上の医療水準をもつ基地もありません。南極から治療可能な大陸(オーストラリア、南アフリカ、南米など)への緊急搬出方法は通常ありません。

 夏期には砕氷船の緊急活用、諸外国の協力を依頼の上の航空路活用などの可能性はありますが3月から9月頃までは暗夜で天候が悪いため、救出活動は絶対的に不可能です。

③薬について

 治療薬は十分な種類と量を備えていますが、もともと持病があり使用している薬がある場合は、医療隊員と相談の上、別途自費で一年分を準備してください。

④医師体制

 医療隊員が2名越冬していますが、これは諸外国が医師1名であることに比べて厚い配置となっています。医療隊員は南極において求められる医療技術と経験を備えた医師を選抜しています。医療水準や領域については越冬する医師の専門分野の違いにより毎年多少の違いがあります。そのため出発前に必要な研修を行っています。また専門以外の領域についても多くの専門家の相談を受けられるように、テレビ電話通信によるシステムの整備をすすめています。

 しかし、看護師、検査技師、放射線技師などは配置されていません。医師および医師以外の隊員の協力を得てこれらの業務を行っています。通常、外科手術が国内では外科医2名、麻酔科医1名、看護師2名で行なわれることと比べると、さまざまな医療業務に支障や制限が生じることは残念ながら避けられません。

⑤後遺症について

 昭和基地の医療施設は急性期疾患を中心とした装備を備えており、慢性期や機能回復訓練を想定していません。そのため国内では残らない後遺症や機能障害が南極では発生することがあります。

⑥野外活動について

 野外調査中の事故や急病についてはさらに治療上の制約があります。また昭和基地へ迅速に収容することも困難な場合があります。

⑦妊娠および出産について

 妊娠および出産は昭和基地の医療体制整備に当たって考慮されていません。そのため昭和基地においては妊娠・出産にともなって生じる疾病(流産、胎盤剥離、妊娠中毒症、帝王切開、未熟児医療など)に対応することができません。このため母体の生命の危機を生じたり、救援のために観測計画の大幅な縮小変更を余儀なくされることが予想されます。

 女性越冬隊員については、砕氷船が帰国する時点で妊娠反応試験を実施し、その結果により越冬の中止・帰国が命令されます。

⑧個人情報の扱いについて

 越冬中に得られた医学医療データは今後の昭和基地の安全性向上のための貴重なデータとなります。医療改善と医学研究のため、個人を特定できない形で活用することを承認していただきます。

 また第2点として、通信回線を用いた遠隔医療の運営に際しては暗号化などの対策をおこないますが、その保護には限界があることを了解してください。

⑨越冬の中止・帰国命令について

 砕氷船が帰国する時点で医師により、越冬中の身体上の安全に問題があると診断された場合、隊長はその隊員に越冬の中止・帰国を命令することがあります。

 以上、南極における医療の概略を説明しました。

 これらのことから、南極においては国内とまったく同じ水準の医療を受けることはできません。その結果、国内では救命できても南極では救命できない場合や、国内では残らない後遺症が南極では発生する場合があることは、遺憾ながら避けられません。

 この点についてはご本人および家族の方々にも十分承諾していただくようお願いします。

 以上のとおり、南極地域観測隊における医療の状況と限界について説明しました。

情報・システム研究機構
国立極地研究所
南極観測委員会医療分科会