無人飛行機、南極海の水平線を越えての初の科学観測に成功

掲載日:2012年1月30日

国立極地研究所と九州大学が共同で開発した自動操縦の無人飛行機、Ant-Plane3-5号機と6-3号機は、韓国極地研究所等の協力のもと2011年12月17日〜18日早朝にかけて、南極半島の北に位置するサウスシェトランド諸島、リビングストン島にあるブルガリアの南極基地(セントクリメント オーリドスキー基地、St.Kliment Ohridski Base)の氷河から離陸し、地磁気観測と画像撮影に成功しました。これら飛行は無人飛行機が南極で視界外まで飛行した最初の科学観測です。この飛行の成功により、南極での無人飛行機による観測が極めて有効な手段であることが実証されました。

飛行内容

翼幅2.8m,20ccガソリンエンジン推進式のAnt-Plane3-5号機は同基地周辺のサウスベイを1時間7分にわたり,高度370mで105kmの距離を飛行し、ハイビジョンの動画によって氷河地形や大型哺乳類の遊泳の様子を記録しました。Ant-Plane6-3号機は35km離れたデセプション島(活火山島)に向けて飛行し、高度800mで同島の北半分において空中磁気データとハイビジョン動画および静止画データの撮影に成功しました。この観測飛行での総飛行時間は3時間38分、飛行距離は302kmでした。

Ant-Plane6-3号機は翼幅3m、86ccのガソリンエンジンにより推進し、磁力計とハイビジョンカメラ等が搭載されています。観測結果からデセプション島中央部で約1900nT(高度800m地点での値)もの大きな地磁気変化が観測されました。観測された磁気データは、地形補正などを行った後、船舶で観測された同様の磁気データとともに解析され、ブランスフィールド海峡の形成と進化の研究に使用されます。また飛行中の画像データはデセプション島の地形や氷河の様子を鮮明に写しており、気候変動の解析等にも貢献します。

1. 研究の背景

無人飛行機による観測は安全で、費用対効果が極めて高く、南極や活火山などの危険地域の調査も可能なことから、種々の観測で利用が期待されてきました。しかし、無人飛行機は軍事との関連性が強く、また非常に高価で運用ノウハウも必要とされるため,研究者が既存の機体を購入し、運用し、科学観測することは、極めて困難な状況です。

このような状況を鑑み、極地研究所と九州大学は南極で夏期間に使用できる翼幅3mの無人飛行機、Ant-Plane,の開発を行ってきました(表1)。また搭載する小型磁力計の製作も行いました。国内実験で200km以上の連続飛行と空中磁気観測が実証されたため、2011年1月と12月に南極半島の西にあるサウスシェトランド島に2種類の無人飛行機、Ant-Plane3号機と6号機を持ち込み、ブランスフィールド海峡での空中磁気観測と航空写真撮影を計画しました。

南極半島とサウスシェトランド諸島の間にはブランスフィールド海峡があり、この海峡では活発な火山活動が知られています。サウスシェトランド諸島は数千万年前に南極半島から分離し、ブランスフィールド海峡を形成させました。この海峡は一直線に並ぶ海底火山群を軸として、現在も拡大していると考えられています。今まで多くの国が船舶で様々な地球物理学的研究を行い、拡大のメカニズム、そしてその地史を研究してきました。しかし拡大軸の上にある火山島については航空機による観測のみが可能で、今までほとんど研究は行われてきませんでした。

我々は拡大軸上にあるデセプション島(図1、リビングストン島の南)とペンギン島(キングジョージ島)、そしてセントクリメント基地とエスクデロ基地(キングジョージ島、Escudero、チリ)、それにキングセジョン基地(キングジョージ島、韓国)周辺の磁気構造を調べるため、韓国、チリ、ブルガリア、それにスペインの研究機関の協力を得て、小型無人飛行機による空中磁気観測を計画しました。2011年1月にはエスクデロ基地に隣接する民間飛行場の滑走路を使用し飛行実験をしました。しかし、悪天候や航空管制の規制を受けて、十分な飛行実験ができませんでした。12月には航空管制を受けない、セントクリメント基地(図1)での実験を計画し、氷河を滑走路として空中磁気観測と航空写真撮影の飛行を実施しました。

2. 飛行準備と飛行結果

12月3日、4名の日本からの研究者チームがセントクリメント基地に入り、Ant-Plane3-5号機(図2)と6-3号機(図3)の組み上げ、スキーによる滑走試験を行いました。しかし気温が4℃前後と高く、雪面がザラメ状で軟らかく、日本で準備したスキーでは小さすぎ、離着陸に適さないことが判明しましたが、スキーの調整と新たなスキーの製作で、この問題を解決しました。しかし、セントクリメント基地周辺は暴風圏の南端にあるため、晴天日数が極めて少なく、風も強く、我々は17日まで天候の快復を待ちました。17日午後から天候が快復し、風も弱くなり19時23分(現地時間)Ant-Plane3-5号機を離陸させ、基地前のサウスベイ(図1)の4x5kmの範囲で観測を実施しました。総飛行時間1時間7分、平均時速100km/h、高度370mで105kmの飛行を行い、良好な氷河地形等の画像を得ることができました。18日午前2時20分には、曇り、気温−3℃、風速4m/sの気象のもと、Ant-Plane6-3号機を35km離れたデセプション島に向けて離陸させました。総飛行時間3時間7分、高度800m、平均速度83.1km/hで302kmを飛行し、5時27分にセントクリメント基地の氷河に着陸しました。この間、18日2時20分〜4時59分にはデセプション島の北半分で、南北9km、東西18kmの範囲で12測線の空中磁気観測と画像撮影を行いました。12測線の内2測線は同一側線を逆方向に飛行させ、磁力計の補正データを得ました。飛行中の風向は340度、風速は約10m/sでした。デセプション島の南半分の観測も計画しましたが、その後の天候悪化とセントクリメント基地滞在の期限切れのため、今回は断念し19日にセントクリメント基地を去りました。図5−7にAnt-Plane6-3号機の離陸の様子、デセプション島の全景、デセプション島の観測を終えた研究者チーム4名の写真を紹介しました。

3. 研究成果

3-1 Ant-Plane3-5号機

サウスベイ奥部の4x5kmの範囲を400m間隔11測線(測線長5km)を飛行し、ハイビジョン広角ビデオカメラで画像を得ました。画像にはクレバス帯、氷床の起伏、それに氷床境界などの氷床地形、湖沼の分布、露岩地域の地質構造や浅海地形、鯨と思われる大型動物の遊泳が記録されていました。2010年発行のサウスベイの地形図と比較すると、明らかな氷河の後退などが観察され(図4)、気候との関連性が考えられます。また、大型海洋生物の調査にも無人飛行機が有用であることが実証されました。

3-2 Ant-Plane6-3号機

デセプション島北半分の磁気構造が始めて明らかになりました。800m上空で1900nTもの大きな磁気変化が観測されました(図8)。島の東側に正の異常、島の中央部のフォスター湾に負の異常が見られます。これから地形の影響を考慮し、デセプション島の磁気異常と火山活動の関係等を研究します。そして船舶で得られた磁気異常と共に解析され、ブランスフィールド海峡の形成と進化の研究が行われます。デセプション島においても高解像度画像データが得られております。島の約半分が氷河に覆われているデセプション島において、氷河変動の研究に貴重なデータが得られたと思われます。また飛行中には強風を受けたり、雲中を飛行したり、様々な気象での飛行データを得ることができました。これは今後の南極での無人飛行機運用にとって貴重なデータになると思われます。

このAnt-Plane6-3号機によるデセプション島への飛行は、無人飛行機が地平線を越えて科学観測を行った南極で最初の成功です。この飛行の成功により、様々な科学観測が無人飛行機で可能となり、無人飛行機が南極観測の新たなプラットフォームに成り得ることが実証されました。

4. 予算

日本学術振興会、科学研究補助金、基盤研究B
平成22年度〜24年度
研究課題名:小型無人飛行機による南極ブランスフィールド海盆の空中磁気観測と海盆形成メカニズム
研究課題番号:22403006
研究代表者: 国立極地研究所: 船木 實

5. メンバー

船木 實 (国立極地研究所)
東野 伸一郎 (九州大学)
小原 徳昭 (ロボティスタCo.)
桑原 幹夫 (RCサービスCo.)

6. 協力研究機関

本研究は韓国極地研究所、チリ南極研究所、スペイン地球物理学研究機関、それにブルガリア南極研究所の協力で行われました。

表1.Ant-Plane機体諸元

 

Ant-Plene3-5

Ant-Plene6-3

機体重量(ドライ) (Kg)

6.8
20
離陸最大重量(kg)
9.0
30
最大搭載燃料(cc)
1800
10000
最大ペイロード(kg)
0.5
2
燃料消費量(cc/h)
600
2000
航続距離(km)
300
500
飛行速度(km/h)
100
100
最高高度(m)
2000
5000
飛行時間(h)
3
5
失速速度(km/h)
57
70
エンジン
20cc ガソリン
86cc ガソリン
馬力(HP)
1.5
7.5
発電機
あり
あり
回転数(rpm)
7000
6000
非常用パラシュート
あり
あり
無線通信距離(km)
5
5
データー記録
通信経由地上局にて
通信経由地上局にて
自動操縦
あり
あり
離陸
手動
手動
着陸
手動またはパラシュート
手動またはパラシュート

図1. 南極半島西の西にあるサウスシェトランド諸島、リビングストン島とデセプション島。Ant-Plane3-5号機の飛行範囲(緑色)6-3号機の飛行コース(青線)。

図2. セントクレメント基地の氷河上のAnt-Plane3-5号機

図3. セントクレメント基地の氷河上のAnt-Plane6-3号機。機体先端に磁力計のセンサーが取り付けられている。

図4. Ant-Plane3-5号機により撮影された、リビングストン島、サウスベイ(セントクリメント基地周辺)。氷河後退による露岩の進出や、新たな湾の形成が見られる。クレバス帯やモレーンの分布も見られる。

図5. Ant-Plane6-3号機の離陸

図6. 日の出のデセプション島全景、島中央部はクレーター。高度800m。画面上部に磁力計のセンサーが見える。

図7. デセプション島への飛行を終えたAnt-Plane6-3号機と研究者チーム

図8. デセプション島の北半分で観測された磁気異常。島の東部で大きな正の磁気異常が、中央部のクレーター(フォスター湾)で負の磁気異常が観測された。