気水圏研究グループ田村岳史助教の南極氷河崩壊による海氷生産量減少に関する論文がNature Communicationsに掲載されました

南極氷河の崩壊により底層水生成量が大幅に減少
~地球規模の海洋大循環や気候にも影響の恐れ~

掲載日:2012年5月9日

国立極地研究所を中心とした研究グループは、南極気候生態学共同研究センター(豪州)と共同で、メルツ氷河周辺の海氷生産量を、衛星データを用いて詳細に調査した結果、メルツ氷河周辺の海氷生産量が2010年2月の氷河崩壊を境に大きく減少し、レジームシフト(気候ジャンプ)が生じている事が判明した。この事実は、メルツ氷河周辺で生成されている南極底層水の塩分・重さに直接的な影響を与える事を意味しており、ここで生成される南極底層水が今後数十年に渡って低塩化したままとなる可能性がある。この低塩化による影響は、海洋深層循環の沈み込みの力の弱化を引き起こすだけでなく、豪南極海盆を通して世界中の底層に拡がるものであり、今後の地球規模の海洋大循環及び気候システムに影響していく事が考えられる事から、その将来予測の上で監視と分析を必要とする。

研究の背景

東南極東経145度付近の沿岸域に存在するメルツ氷河が、2010年2月に大規模に崩壊した。このメルツ氷河周辺海域では、この氷河の存在によって海氷が大量に生産されていて、この活発な海氷生産によって南極底層水が生成されている。南極底層水という地球で最も重い水の沈みこみは、地球規模の海洋大循環の駆動源であり、全球気候システムの肝である。東南極メルツ氷河(東経145度付近)周辺には、メルツポリニヤと呼ばれる海氷生成域が存在し、この氷河の存在によって活発な海氷生産(→塩分排出→重い水の生成に繋がる)が起こり、この海氷生産によってアデリーランド底層水(南極底層水の一つ)が生成されている。2010年2月にこのメルツ氷河(正確には氷河が海に突き出している氷舌と呼ばれるもの)が大規模に崩壊するイベントが起こり(図1参照)、数値モデルの研究(Kusahara et al., Nature Communications, 2011)から、ここでの海氷生産量が大きく減少する可能性が示唆されていた。本研究は衛星リモートセンシングという観測手法によって、海氷生産量をダイレクトに求め、この海域での海氷生産量の減少を定量的に明らかにした。

研究対象・手法

国立極地研究所を中心とした研究グループは、南極気候生態学共同研究センター(豪州)と共同で、東南極メルツ氷河周辺の海氷生産量を、衛星データを用いて詳細に調査した。具体的には、衛星赤外データから正確な沿岸線(氷河・氷床・氷山・定着氷と海洋・海氷域との境界線)を求める手法(Fraser et al., 2009; 2010; 2011)と、衛星マイクロ波データから海氷生産量を求める手法(Tamura et al., 2007; 2008; 2011)とを組み合わせて、2000~2011年の12年間の海氷生産量を算出した。

研究成果

メルツ氷河崩壊後の海氷生産量は以前のそれと比べて14~20%減少していた事が明らかになった(図2参照)。これは最新の海洋現場観測での低塩化にも対応する(Rintoul, 私信)。さらに、この崩壊後の2010年と2011年は、海氷が生産されやすい気候条件(低温・強風)であるにも関わらず、海氷生産量が減少していた。今後はさらに海氷生産量が減少する可能性が極めて高い。この海氷生産量の減少は、メルツ氷河の崩壊によって海氷生成域が根本的に変化した事によって引き起こされている(図2参照)。この減少傾向はメルツ氷河が、崩壊前のレベルまで復活すると予測される50年後まで続くものと予想される。これは今後50年に渡って、この海域で生成される南極底層水が低塩化し続ける事を意味し、全球規模の海洋大循環及び気候システムを予測する上で、監視と分析を必要とする。

発表論文

この成果は、Nature姉妹誌[Nature Communications]に2012年5月8日に掲載される。

論文タイトル

Potential regime shift in decreased sea ice production after the Mertz Glacier calving(海氷生産量減少のレジームシフトがメルツ氷河崩壊後に起こった可能性)

著者

Tamura, T1. , Williams. G. D2., Fraser, A. D2., and Ohshima, K. I3.
1 National Institute of Polar Research, Tachikawa, Japan
2 Antarctic Climate & Ecosystem Cooperative Research Centre, Hobart, Australia
3 Institute of Low Temperature of Science, Sapporo, Japan

図1:メルツ氷河周辺の地形図。MGTがメルツ氷舌、B9Bが1992年からこの海域で座礁していた巨大氷山。2010年2月の崩壊イベントまでの沿岸線が赤色。崩壊後の2010年の沿岸線が黒色、2011年の沿岸線が青色。2010年2月に、これまで座礁していた巨大氷山(B9B)が移動してメルツ氷舌に衝突し、折れたメルツ氷舌は速やかに他の海域に移動し、B9Bは黒色の位置に留まり、翌年2011年に青色の位置に移動した。

図2:海氷生産量(単位m:海氷厚に換算)の空間分布(aが2000~2009年の平均値、bが2010年、cが2011年の値)。赤線がそれぞれのケースでの冬の沿岸線(氷河・定着氷等との境界)の平均値。2010・2011両年での海氷生産量の分布はそれまでと全く異なった場所で起こっている。