過去4000年のグリーンランド気温変動の原因を解明
-北半球平均気温(1990-2010)が過去4000年で最も暖かい可能性を示唆-

掲載日:2013年10月17日

国立極地研究所・気水圏研究グループを中心とした国際研究グループは、過去4000年のグリーンランドの気温変動の14%から20%は、地球軌道の変動に伴う年平均日射量の変動、太陽活動の変動、火山活動の変動、温室効果ガスの変動、エアゾルの変動で説明できることを発見した。また、太陽活動の変動によって大気・海洋循環が変動しグリーンランド気温に負の影響を与える現象が、過去4000年に渡って起こっていたことも明らかになった。最後に、グリーンランドと北半球平均気温の関連と気候モデルの結果から過去4000年の北半球平均気温の変動を見積もると、過去21年間(1990-2010)の平均気温が過去4000年で最も高い可能性があることがわかった。

研究の背景

グリーンランド(図1)では、周辺の急速な温暖化に伴い近年氷床の縁辺部で融解が進んでいる。たとえば、1993年から2005年の海水面上昇の4-23%がグリーンランド氷床の融解によって発生したと見積もられている。このように、グリーンランドが海水面上昇にもたらす影響が大きいため、気温変動とそのメカニズムの理解は、将来の温暖化とその影響を予測するために欠かせない。また、グリーンランドの気温は、北大西洋振動・北極振動(North Atlantic Oscillation/Arctic Oscillation)や、大西洋数十年規模振動(Atlantic Multi-decadal Oscillation)など大気・海洋循環の変動に大きく影響される。従って、グリーンランドの気温変動の原因がわかれば、これらの大気・海洋循環の変動を理解する上で重要なステップとなる。

これまで、本研究グループは、過去の氷床表面の温度を復元する新たな手法として、氷床コアの気泡中のアルゴンと窒素の同位体比を用いて氷床表面温度を導出する手法を開発し、過去4000年の気温復元を成功させた(Kobashi et al., 2010, 2011)。この気温データは、他の古気候データによくみられる季節変動の影響がなく信憑性が高い。本研究グループの先行研究では、このデータを用いて、過去800年に渡って、太陽活動が弱く(強く)なるとき大気海洋循環の変動に伴いグリーンランドの気温は、北半球気温変動の傾向より暖かく(寒く)なることを示した(Kobashi et al., 2013)。この現象が、過去4000年にわたって続いていたかを調べることも重要である。

過去4000年は、人間社会が大きく発展した時期にあたる。この時期の気候変動を知ることは人間社会と気候の関連を知るうえで欠かせない。しかしながら、数十年から百年規模の北半球平均気温変動を知ることは古気候データの時間スケールの誤差や季節変動の影響などによって非常に難しい。そこで、本研究ではグリーンランドの気温と北半球平均気温の関連性と気候モデルに基づいて(Kobashi et al., 2013)、過去4000年の北半球気温変動を見積もることを試みた。これによって、大気中の温室効果ガスの増加に伴って温暖化が進む現在の北半球平均気温が、過去4000年の気温記録の中でどのように位置するかを知ることができる。

研究対象・手法

グリーンランド氷床の頂上付近にある氷床コア掘削地点「GISP2」(図1)から掘削された氷を米国スクリップス海洋研究所において分析し、気泡空気中のアルゴンと窒素の同位体比を分析した(Kobashi et al., 2008)。その同位体比データと積雪量の復元データ、掘削孔中の深さ方向の温度分布データ、雪や氷の圧密・熱伝導計算を組み合わせることにより、過去4000年のグリーンランド表面温度復元に成功した(Kobashi et al., 2010, 2011)。本研究では、このグリーンランド気温データを用いて変動メカニズムの解明を行った。

産業革命以前の気候変動は、太陽活動、火山活動、地球軌道の変動、温室効果ガスの変動が重要であることが知られている(図2、3;産業革命以後は温室効果ガスが気候強制力として最も重要になる。)。そこで、すでに出版されている過去4000年の太陽活動の変動の指標と、温室効果ガスのデータ(メタン、二酸化炭素、一酸化二窒素)、火山活動の指標(氷床コア中の硫酸データ)、エアロゾルのデータから気候強制力を計算した(図3)。特に、グリーンランドのある北半球高緯度地域は地球軌道の変動に伴って年平均日射量が4000年で1.4%近く減少する(図2)。これが、産業革命以前の過去4000年のグリーンランドの気温低下の原因である。この時、日本を含む低緯度地帯では、年平均日射量は若干増加する(図2)。気候強制力の中では、火山活動の変動が数十年から百年規模の最も大きな気温変動をもたらしていた(図3)。これらのデータと気候モデル(one dimensional energy balance model)を用いて、過去4000年の北半球高緯度地方と北半球平均気温の計算を行った。次に、グリーンランドの気温が、太陽活動の変動に伴って北半球傾向からずれることを考慮し、気候モデルで計算した北半球高緯度地帯の平均気温からグリーンランドの気温を計算した(図4)。また、逆に、氷床コアから求められた過去4000年のグリーンランドの気温から、北半球高緯度地帯の平均気温を計算し、地球軌道の変動に伴う高緯度地帯の寒冷化の影響を補正することにより過去4000年の北半球平均気温の変動を求めた(図5)。

研究成果

復元した気候強制力(地球軌道の変動、太陽活動、火山活動、温室効果ガス、エアロゾル)をもとに気候モデルを使って北半球平均気温と高緯度地域気温を計算し、グリーランド気温の太陽活動による負の影響を考慮した結果、過去4000年のグリーンランド気温変動の14%から20%(p = 0.1-0.04)の変動を気候モデルによって説明できることを示した(図4)。説明することのできないばらつき(86-80%)は、グリーンランドの気温と復元した気候強制力の不確実性によるものと、気候の内部変動によるものであると考えられる。また、グリーンランド氷床コアから復元したグリーンランドの気温データには半球規模の気温変動の情報も含まれていることから(Kobashi et al., 2013)、いくつかの補正を行い(太陽活動による負の影響、地球軌道の変動に伴う寒冷化の影響)、過去4000年の北半球平均気温の復元を行った。復元された気温は、すでに出版されている過去2000年の北半球平均気温と北極域の平均気温の変動と有意な相関(r = 0.35-0.60, p = 0.08-0.01)があることが確認できた。また、産業革命以後の温室効果ガスの上昇が、20世紀の昇温に重要な役割を担ったことが再確認された。さらに、1990年から2010年の北半球の平均気温が過去4000年で最も暖かい可能性(p = 0.36)があることが分かった。

今後の展望

この成果は欧州地球物理学連合誌[Climate of the Past]に10月15日にweb版で出版されました。Climate of the Past, 9, 2299-2317, 2013

論文は下記のウェッブサイトから無料でダウンロードが可能です。
http://www.clim-past.net/9/2299/2013/cp-9-2299-2013.html

論文タイトル

Causes of Greenland temperature variability over the past 4000 years: Implications for Northern Hemispheric temperature changes(過去4000年のグリーンランド気温変動の原因と、北半球気温変動の考察)

著者

Takuro Kobashi1,2, Kumiko Goto-Azuma1, Jason E. Box3, Chao-chao Gao4, Toshiyuki Nakaegawa5

1 National Institute of Polar Research, 10-3 Midoricho, Tachikawa, Tokyo 190-8518, Japan
2 Scripps Institution of Oceanography, University of California, San Diego, La Jolla, California 92093, USA
3 Geological Survey of Denmark and Greenland, Copenhagen, Denmark
4 Zhejiang University, Hangzhou, Zhejiang, China
5 Meteorological Research Institute, Tsukuba, 305-0052, Japan

参考論文

Dahl-Jensen et al., Science, 282, 268-271, 1998.
Kobashi et al., Geochimica et Cosmochimica Acta, 72, 4675-4686, 2008.
Kobashi et al., Climatic Change, 72, 733-756, 2010.
Kobashi et al., Geophysical Research Letters, 38, doi:10.1029/2011GL049444, 2011.
Kobashi et al., Climate of the Past, 9, 583-596, 2013.

図1: グリーンランドの地図とGISP2の場所(赤の四角)

図2: 過去4000年の月(上)、年(下)平均日射量の変化

図3: 過去4000年の気候強制力の変動とモデル計算結果。(a)温室効果ガス、(b)火山活動、(c)太陽活動、(d)a,b,c,を一緒にプロットしたもの。(e)a,b,c,の合計。(f)上述の気候強制力と、地球軌道の変動を効力入れた気候モデルを使い計算した北半球平均気温と、70-80ºN平均気温。

図4: 過去4000年のグリーンランドサミットの気温。赤:氷床コアからの復元データ(Kobashi et al., 2011)。青:モデル結果(本研究)。黒:掘削孔温度分布データからの復元(Dahl-Jensen et al., 1998)。

図5: 過去4000年の北半球高緯度地域平均気温(上)と北半球平均気温(下)アノマリー。

本件問い合わせ先

研究成果について

国立極地研究所 特任助教 小端 拓郎
TEL:042-512-0758 FAX:042-528-3497
E-mail:kobashi.takuro@nipr.ac.jp

報道について

国立極地研究所広報室 小濱 広美
TEL:042-512-0655 FAX:042-528-3105
E-mail:kofositu@nipr.ac.jp