40年前に提唱された生態学理論をペンギンで実証

平成26年1月29日

情報・システム研究機構国立極地研究所(所長:白石和行)生物圏研究グループの渡辺佑基助教らは、南極のアデリーペンギンに小型記録計を取り付ける ことにより、ペンギンが海の中でオキアミを捕える行動をモニタリングしまし た。ペンギンが一回の潜水中にどれくらいねばってエサを探し続けるかは、短期的に見たオキアミ獲得率と、長期的に見たオキアミ獲得率の両方に合わせて、巧妙に調整されていることがわかりました。これは40年前に提案された生態学理論に裏付けを与える、初めての野生動物の実測データです。

研究の背景

野生動物のエサはたいてい均一には分布していません。たとえばリスの好物であるドングリも、落ちているところには固まって落ちていますが、ないところにはポツポツとしかありません。このような状況下でエサの獲得数を最大化するためには、動物はどのような行動ルールに基づいてエサ探しをすればいいでしょうか。これは半世紀以上前から議論されている生態学の古典的なテーマの一つです。

このテーマに理論上の回答を与える限界値の定理(Marginal value theorem)が、約40年前に提唱されました。この定理によりますと、動物がエサの獲得数を最大化するためには、今いるエサ場に見切りをつけて別の場所に移るタイミングを理論的に決定する必要があります。そしてそのタイミングは、短期的に見たときのエサ獲得率と、長期的に見たときのエサ獲得率の両方に基づいて決める必要があります。この定理はシンプルかつ頑強な理論に基づいており、もし実証することができれば、生態学の大きな発展につながると考えられてきました。

限界値の定理はこれまで、たとえば小鳥の近くに複数のエサ台を置き、どのようにエサが消費されていくかを調べる、そんなふうにして、人工的な環境でテストされてきました。もちろんそれはそれで大事なステップではありますが、理想的には、野生動物の行動は野生のままで調べなくてはなりません。しかし、今までそれができなかったのは、動物のエサとりを自然環境下でモニタリングする技術がなかったからです。

私たちの研究グループは近年、南極のアデリーペンギンにビデオカメラと加速度記録計を取り付けることにより、ペンギンがエサのオキアミを捕えるタイミングを数日間にわたって記録する手法を開発しました(Watanabe and Takahashi 2013, PNAS)。本研究ではこの手法を使い、オキアミを探し回るペンギンの行動パターンが限界値の定理に沿っているか、自然環境下でテストすることを目的としました。

研究の内容

第52次、53次日本南極地域観測隊において、昭和基地の近くにある袋浦と呼ばれるアデリーペンギンの営巣地で調査を実施しました。計22羽のペンギンに記録計を取り付け、ペンギンの潜水行動と、オキアミを捕まえたタイミングとを同時にモニタリングしました(図1)。

ペンギンは1〜2時間ほど潜水を繰り返し、しばらく休んだのちにまた連続して潜り 始めるというパターンを繰り返していました(図2)。こうした連続した潜水のひとかたまりを「バウト」と呼びます。もし限界値の定理が正しいのであれば、一回の潜水に費やす時間は、その潜水中におけるエサ獲得率(短期的なエサ獲得率)と、その潜水を含むバウト全体におけるエサ獲得率(長期的なエサ獲得率)の両方に応じて変化するはずです(図3)。

ペンギンの潜水時間は潜水深度と正の相関がありました(図4A)。つまり深い潜水ほど時間的にも長かったということですが、これは以前からよく知られていた傾向であり、それほど重要ではありません。それよりも大事なのは、潜水深度の影響を考慮したうえでの潜水時間とオキアミ捕獲率との関係です。潜水時間は、その潜水中におけるオキアミ捕獲率とは正の相関があり(図4B)、バウト全体におけるオキアミ捕獲率とは負の相関がありました(図4C)。

この結果は限界値の定理とよく一致しています。短期的に見たオキアミ獲得率が高いとき、つまり目の前にオキアミがうじゃうじゃいるような場合には、ペンギンはできるだけ長くその場にとどまってエサ取りを続けたほうがいい。いっぽう長期的に見たオキアミ獲得率が高いとき、つまりオキアミが目の前でなくあたり一面に薄く広がっているときには、ペンギンは一回の潜水はほどほどにして、さっさと次の潜水に移ったほうがいい。このような意思決定をペンギンが実際にしていたことがわかりました。40年前に提唱された理論を、南極のペンギンを使って、初めて野外で実証することができました。

今後の展望

あまり意識はしませんが、人は一時間のスケール、一日のスケール、一週間のスケールというように、階層的な複数の時間スケールを同時に認識して行動しています。本研究により、ペンギンも複数の時間スケールを同時に認識し、それに合わせて行動を調節していることがわかりました。厳しい自然環境を生き抜いている野生動物にとって、こうした階層的な時間認識がどのような形でどれほど生存の役に立っているのか、今後の研究の発展が期待されます。

オキアミの獲得率に合わせてペンギンが行動を変えるということは、逆にいえばペンギンの行動からオキアミの獲得率を推定できるということです。厚い氷に覆われた南極の海の中は、調査が難しいため、どれほどの生物資源があるのかよくわかっていません。ペンギンの行動を通して海の中をモニタリングすることにより、南極の海の生物資源量や、近年の気候変動にともなう資源量の変化を調べることが、今後可能になっていくと期待されます。

発表論文

この成果は英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)に掲載されました。

http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/current
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/281/1779/20132376.abstract

論文タイトル

Testing optimal foraging theory in a penguin-krill system

著者

Yuuki Y. Watanabe, Motohiro Ito, and Akinori Takahashi
National Institute of Polar Research

(図1)ペンギンの潜水深度とオキアミを捕えたタイミング

(図2)ペンギンの潜水パターンに見られたバウト構造

(図3)オキアミを探しまわるペンギンのイメージ図

(図4)ペンギンの潜水時間は(A)潜水深度、(B)潜水中のオキアミ捕獲率、(C)バウト全体のオキアミ捕獲率、のそれぞれに応じて変化した。

本件問い合わせ先

研究成果について

国立極地研究所 助教 渡辺 佑基
TEL:042-512-0745 FAX:042-528-3492
E-mail:watanabe.yuuki@nipr.ac.jp

報道について

国立極地研究所 広報室 小濱 広美
TEL:042-512-0655 FAX:042-528-3105
E-mail:kofositu@nipr.ac.jp