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[プレスリリース]南極で棚氷の下を直接観測:厚い氷の底に海の循環と生物を発見

2014年6月16日

研究成果のポイント

  • 南極氷床から流れ出るラングホブデ氷河の接地線付近で、氷全層の熱水掘削に成功。
  • 厚さ400~430メートルの棚氷の下に深さ10~24メートルの海水層を確認。
  • 海水層の温度が氷の融点よりも0.7℃高く、棚氷底面を融かしていることを確認。
  • 棚氷下の暗く(光は届かない)冷たい(マイナス1.5度)環境に生物を確認。
  • 激変する南極・グリーンランド氷床の変動予測に貢献。
  • 南極氷床の接地線まで広がる豊かな生態系を発見。

研究成果の概要

南極の沿岸部では、氷河が海に浮いて棚氷(たなごおり)を形成し、その下には厚い氷で覆われた特殊な海洋環境が広がっています。北海道大学低温科学研究所(江淵直人所長)の杉山慎准教授を中心とするグループは、南極昭和基地近くのラングホブデ氷河で棚氷に縦孔を掘削し、厚さ400メートル以上の氷の下で観測を行いました。観測の結果、棚氷の下には深さ10~24メートルの浅い海が広がっており、棚氷の底面が毎年2~3メートルの速さで融解していることが明らかになりました。また、ビデオカメラによる観察で複数の生物が撮影され、光の届かない棚氷の下に生態系が存在することが確認されました。

この研究成果は、2014年5月23日付で英国の科学誌『Earth and Planetary Science Letters』にオンライン出版されました。

なお、本研究は南極地域観測第Ⅷ期6か年計画の一般研究観測公募に採択されたもので、科学研究費補助金(課題番号23651002、23403006)の助成を受け、第53次日本南極地域観測隊(隊長:山岸久雄)において、国立極地研究所との共同研究として実施されました。

論文発表の概要

研究論文名:Active water exchange and life near the grounding line of an Antarctic outlet glacier
(南極から溢流する氷河の接地線付近における海水循環と生物の発見)
著者: 杉山慎(北海道大学)、澤柿教伸(北海道大学)、福田武博(北海道大学)、青木茂(北海道大学)
公表雑誌: Earth and Planetary Science Letters(地球惑星科学レター誌)オンライン出版 (オープンアクセス)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012821X14002957
公表日:英国時間 2014年5月23日(金)

研究成果の概要

背景

南極の氷河は沿岸で海に浮いて棚氷を形成します(図1)。数100メートルの厚さを持つ棚氷は、その底面で広く海と接しており、氷床と海洋の相互作用に重要な役割を果たしています。特に氷が大陸から離れて棚氷となる場所(接地線)の近くでは、海水によって氷が大量に融けており、近年の氷床縮小に大きな影響を与えています。しかしながら、厚い氷に覆われた棚氷下での観測は技術的にとても困難です。そのため、棚氷の下で測定された海水温度や塩分濃度などのデータはごくわずかです。また接地線の正確な位置さえも、直接確かめられた例はありません。棚氷が海洋によってどのくらい融かされているのか、融け水がどのように海洋に流入するのか、詳細な情報を得るためには棚氷下での測定が必要になります。そこで本研究では、棚氷の下での直接的な観測を目的として、日本の南極観測拠点である昭和基地近傍のラングホブデ氷河で観測を行いました。

研究手法

昭和基地から約20km南方に位置するラングホブデ氷河は、南極氷床から海へ流れ出る溢流(いつりゅう)氷河です(図2)。幅3kmの氷河末端から、年間100メートルの速さで海に氷山を排出しています。氷河の末端部は数kmにわたって棚氷を形成しており、氷の厚さは数100メートルに達すると考えられています。本研究では熱水掘削という技術を駆使して(図3)、氷の全層掘削と棚氷下での直接観測を試みました。その結果、氷河の接地線すぐ近くの2ヶ所で、深さ400~430メートルの掘削に成功しました。氷を貫通する掘削孔に測定装置を降ろして、棚氷下での海水測定、サンプリング、ビデオカメラ撮影などを実施しました。接地域と呼ばれる接地線のごく近傍において、氷河を全層掘削しての観測は世界で初めてになります。

研究成果

今回の観測によって以下3点の重要な発見がありました。
(1) 予想された接地線よりも上流に深さ10~24メートルの海水層が広がっていること(図1)
(2) 棚氷下の海水層は氷の融点よりも0.7℃高い水で満たされていること(図4)
(3) この海水層に生物が活動していること(図5)

観測結果(1)は、接地線が予想よりも上流側にあり、氷河がより広い範囲でその底面を海にさらした脆弱な状態にあることを示しています。また観測結果(2)より、海洋から比較的暖かい水が供給されて、棚氷底面の融解を促進していることが明らかになりました。これらの結果は、棚氷の底面が外洋と強く結びついており、もし海が温暖化すれば、その影響が棚氷の接地線付近まですぐに伝わることを示唆しています。さらに観測結果(3)は、厚い棚氷の下に生態系が広がっていることを示すもので、接地線付近での生物確認は世界で初めてとなります。観察された生物はオキアミ、魚類、ワラジムシの一種で、海から運ばれる栄養素に支えられた生態系を形成していると推測されます。この発見によって、南極氷床をとりまく棚氷の下すみずみまで生物が活動していることが強く示唆されました。

以上の成果は、南極氷床の変動をコントロールする棚氷と海洋の相互作用解明に重要な知見を与えるとともに、暗く冷たい環境に広がる海洋生態系の存在を明らかにしたものです。

今後への期待

本研究成果によって、南極沿岸での氷床融解プロセスをより正確に理解することができます。その結果、数値シミュレーションによる南極氷床の将来変動予測が、より正確なものになると考えています。杉山准教授を中心としたグループは、2014年夏にはグリーンランドで、2015年には南極半島でそれぞれ氷河の熱水掘削と観測を予定しており、さらなる成果が期待されます。南極やグリーンランドの氷床変動は、海水準(陸地に対する海面の相対的な高さ)の上昇や海洋循環の変化など地球規模の環境変化を引き起こすため、そのメカニズム解明と将来予測が急務となっています。また熱水掘削を使った観測は、氷床底面に存在する湖の調査や極限生物の探査など、地球に残された未知の領域を解明する重要な役割を担っています。

お問い合わせ先

研究内容に関して

所属・職・氏名:北海道大学低温科学研究所 准教授 杉山 慎(すぎやま しん)
TEL:011-706-7441  FAX:011-706-7142  E-mail:sugishin@lowtem.hokudai.ac.jp
ホームページ: http://wwwice.lowtem.hokudai.ac.jp/~sugishin/
本研究に関する情報:http://wwwice.lowtem.hokudai.ac.jp/~sugishin/research/hokudai2/langhovde/langhovde.html

第53次日本南極地域観測隊に関して

所属・職・氏名:国立極地研究所広報室 広報係長 小濱 広美(おばま ひろみ)
TEL:042-512-0655  FAX:042-528-3105  E-mail:kofositu@nipr.ac.jp

参考図

図1. 本研究で明らかになったラングホブデ氷河の断面図と研究成果の概要。南極氷床が海に浮いて棚氷となる境界(接地線)付近で掘削を行い、棚氷の下を直接観測した。

図2. (a)南極における研究対象地。(b)昭和基地周辺の人工衛星写真。(c)観測を行ったラングホブデ氷河の人工衛星写真。接地線付近の2ヶ所で熱水掘削を行った。

図3. (左)ラングホブデ氷河の末端から上流を望む写真。氷河末端から2.5~3kmの地点で掘削を実施した。(中)ラングホブデ氷河上での熱水掘削の様子。(右)観測を行った掘削孔。

図4. (a、b)2つの掘削地点における棚氷下海水層の塩分濃度(赤)と水温(青)。深さ10〜24メートルの層はほぼ一様な温度と塩分濃度の海水で満たされている。(c、d)同じ海水層における海水の流速(青)とその方向(黒)。海水は毎秒2~3センチメートルの速度で流れており、1~2日で海まで到達することを示している。

図5. (a)氷の深さ400メートルで掘削孔が棚氷の底を貫通した部分。(b)棚氷の下に広がる海の底面。(c)棚氷下の海底で見つかった生物。(d)棚氷下の海水サンプルから得られた植物プランクトン。このほか、棚氷下で撮影した映像を論文のオンライン版(オープンアクセス)でご覧いただけます。

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