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[プレスリリース]メキシコ湾流の流路変化がもたらす北極海の海氷減少とユーラシア大陸の異常寒波

2014年8月16日

総合研究大学院大学・複合科学研究科・極域科学専攻の佐藤和敏氏らの研究チームは、近年進行する北極海の温暖化(海氷減少)およびユーラシア大陸の異常寒波が、メキシコ湾流の流路(流軸)の変化によって引き起こされていることを、気象データの解析及び数値モデルにより解明しました。

冬季北極海の温暖化と同時に引き起こされる大陸の寒冷化は、最近では社会的にも影響が増大しつつある現象です。これまでは、海氷の減少に起因する中緯度気候への影響が調べられてきましたが、その海氷減少の原因をも考慮した、より広域のメカニズムは未解明でした。そこで今回は、北極海に流れ込む暖流の源流であるメキシコ湾流に着目しました。近年メキシコ湾流の流路は北にずれる年が多く、冬季湾流上の対流活動の変化を通じて偏西風の蛇行に影響を与えます。その結果、本来ユーラシア大陸上に流れ込んでいた北大西洋上の暖かい空気は、南風として北極海に入り込みやすくなるため、北極海上を暖めるだけではなく、海氷をより北へ押し流すことでその面積を縮小させます。一方、大陸には例年よりも熱が運び込まれなくなるため寒い冬となります。したがって、地球温暖化が進行しているにもかかわらず近年欧州や東アジア域で厳冬年が頻発しているのは、湾流の変動が原因の一つと言え、このメカニズムは中高緯度気候予測に資する極めて重要な知見と言えます。

本研究成果は、2014年8月15日(現地時間)発行の英国の科学雑誌「Environmental Research Letters」に掲載されます。

研究の背景

近年生じている北極の温暖化は冬季に最も顕著で、海氷面積にもその影響が現れています(図1a)。特に、北極海のバレンツ海の海氷減少は著しく、これまで日本を含む中緯度領域で生じている寒波との関係性が指摘されています(※1)。一方、中緯度の暖冬・寒冬は、エルニーニョ・ラニーニャなどの低緯度からの影響や、北極振動などの高緯度の影響でも説明されています。しかしながら、中緯度の海流変動が及ぼす大気への影響も否定できず、さらに広範囲の議論を行う必要があります。そこで、本研究では北大西洋の熱輸送の大動脈であるメキシコ湾流に着目し、湾流の水温分布変化が極域の温暖化(海氷減少)や大陸上の寒波形成にどのような影響を与えているのかを調べました。

研究成果

バレンツ海の入り口に相当するベアーアイランドの12月の気温データを用い、平年より暖かい冬の9年分(暖冬年)と寒い冬の8年分(寒冬年)の合成解析(※2、図1b)を行うと、暖冬年は北極のグリーンランドに気圧の低い状態(低気圧偏差)、ユーラシア大陸沿岸に気圧の高い状態(高気圧偏差)が顕著で、北大西洋から北極海へ暖かい空気を伴う南風が生じやすい気圧配置になっていることがわかりました(図2a)。そのため、北極海上は例年よりも暖かくなる一方、大陸には暖かい空気が運びこまれず例年より寒い冬となりました。また、降水量の合成解析では、暖冬年は北極海での降水量の増加、大陸での降水量の減少が見られ、北極へ侵入する低気圧活動の増加を指摘した過去の研究とも矛盾しない結果です(図3)。注目に値するのは、この降水量の変化が北大西洋域から生じているという点で、これは当該海域での何かが大気に影響を与えている可能性を示唆します。

そこで北米東岸の表面水温分布に着目しました。海面水温の合成解析によると、暖冬年は北米東岸から東方1,500km沖まで表面水温が1.5℃高くなっていました(図4)。これは、暖冬年が寒冬年と比べてメキシコ湾流の流軸が北上し、暖かい水域が北側まで張り出したためです。この流軸の北上は、湾流上の対流活動(降水形成による上空の加熱分布)を変化させ、その結果生じる上空の偏西風の蛇行が北大西洋・北極海・ユーラシア大陸上の一連の変動をもたらしていました。

上記のメカニズムを確認するため、大気線形傾圧モデル(※3)でメキシコ湾流上の対流活動(熱源分布)を変化させた数値実験を行ったところ、北大西洋とユーラシア大陸沿岸での高気圧の強化、欧州を中心とした寒気の形成など観測事実(図2b)を支持する結果を得ました。また、再現されたバレンツ海付近の気圧配置は気温上昇・海氷減少の効果がある南風をもたらすため、先行研究で指摘されてきたバレンツ海の海氷減少に伴う大陸寒冷化プロセスを増幅する役割がメキシコ湾流の変動にはあることが示唆されます。すなわち、メキシコ湾流の変動は大陸の寒冷化に直接的に寄与しているだけでなく、バレンツ海上の熱源分布の変化を通じて間接的にも影響を与えていることになります。

今後の展望

本研究の成果は、北極の海氷減少や日本を含む東アジア域に形成される寒波の予測向上に貢献すると考えられます。特に、数ヶ月前のメキシコ湾流の水温分布を指標にし、冬季の中緯度の寒波予測に応用することが期待されます。本研究では、他の研究に先駆けてメキシコ湾流の水温変化に着目しましたが、黒潮など他の海流に焦点を当てた研究も今後重要となると思われます。

海氷減少に伴う大陸の寒冷化は地球温暖化における過渡的現象であると考えられており、今後は冬季中緯度でも温暖化が再開すると予測されています。しかし、本研究では中緯度海洋の重要性を指摘しており(図5)、より精緻な将来予測を行うには中緯度海洋を駆動する海洋大循環と大気−海洋相互作用分野の研究発展が望まれます。

※1:バレンツ海の海氷減少と大陸寒気形成の関係
北極海のバレンツ海の海氷が減少することで北極海へ侵入する低気圧の経路が北上し、大陸に高気圧が生じることで寒気が形成される。この高圧偏差が継続することで大陸上に寒気が蓄積され、日本に移流することで寒波を引き起こす。
 海洋研究開発機構プレスリリース「バレンツ海の海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化(2012年2月1日)」と「日本および東アジアに強い寒波をもたらすバレンツ・カラ海上の大気循環とユーラシア大陸上の寒気蓄積メカニズムの実態解明(2011年2月10日)」を参照
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20120201/
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20110210/

※2:暖冬年と寒冬年の合成解析
合成解析では、ベアーアイランド(図1b)の気温時系列から暖かい年9年分(暖冬年)と寒い年8年分(寒冬年)を抽出し、暖冬年から寒冬年を引いた差を調べた。

※3:大気線形傾圧モデル(LBM)
大気線形傾圧モデルは、熱源変化に伴う大気への影響を調べる数値モデルで、異常気象発生時に気象庁でも用いられる(Watanabe and Kimoto 2000)。主に熱帯からの影響について議論されるが、今回は北大西洋域からの影響について議論した。

論文全著者

佐藤 和敏(さとう かずとし)
(総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 博士課程4年、海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター 研究生)

猪上 淳(いのうえ じゅん)
(情報・システム研究機構 国立極地研究所 准教授、総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 併任准教授、海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター 招聘主任研究員)

渡部 雅浩(わたなべ まさひろ)
(東京大学 大気海洋研究所 准教授)

論文原題

Influence of the Gulf Stream on the Barents Sea ice retreat and Eurasian coldness during early winter

発表雑誌名

Environmental Research Letters、2014年8月15日オンライン掲載、http://iopscience.iop.org/1748-9326/9/8/084009/article

研究サポート

本研究は、科学研究費補助金 特別研究員奨励費(13J10583)、基盤研究A(24241009)、文部科学省気候変動リスク情報創生プログラムの助成を受けたものです。

図1:(a)バレンツ海の海氷面積(%)、(b)12月のベアーアイランドの気温の平年に対する差の時系列。赤点は暖冬年、青点は寒冬年、黒点はそれ以外の年を示している。©総研大/極地研/海洋機構/東大

図2:(a)ベアーアイランドの暖かい年に出現する気圧偏差(線)と気温偏差(色)。(b)メキシコ湾流の水温分布変化により引き起こされる大気応答。 ©総研大/極地研/海洋機構/東大

図3:暖冬年の降水偏差(色)と低気圧の活動度を示す南北熱輸送量(色)。 ©総研大/極地研/海洋機構/東大

図4:メキシコ湾流の湾軸の北上の様子。暖冬年は湾軸が緯度で約1°ほど北上し、北側の水温が高くなる。 ©総研大/極地研/海洋機構/東大

図5:メキシコ湾流の湾軸北上から日本への寒波到達までの概念図。 ©総研大/極地研/海洋機構/東大

お問い合わせ先

研究内容について

総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻
海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター 研究生
佐藤 和敏(さとう かずとし)
TEL:042-512-0761

国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授
総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 併任准教授
海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター 招聘主任研究員
猪上 淳(いのうえ じゅん)
TEL:042-512-0681

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