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[プレスリリース]積雪が氷へと変化する速度に影響する2つの有力な要因を提起
~グリーンランド氷床コアの分析から

2014年10月2日

ポイント

  • グリーンランドNEEM地点で掘削された90メートル長のフィルン(雪と氷の中間状態)コアの密度、結晶構造、酸素同位体比、含有イオン濃度などを分析した。
  • フィルンの中では、晩秋から初夏にかけての積雪層は夏の層よりも圧密・変形が卓越し、ふっ化物イオンと塩化物イオンが高濃度で含まれることを発見した。
  • フィルンの圧密速度を支配するのは、(1)ふっ化物イオンと塩化物イオンによる促進、(2)夏の日射に起因した変態による阻害、の2つの要素からなる可能性が高いことを提起した。

 

国立極地研究所(所長:白石 和行)の藤田 秀二 准教授らを中心とした国際研究グループは、グリーンランド氷床内陸部で掘削された約90メートル長のフィルン(雪と氷の中間状態)コアを用いて、フィルンが密度を増し、氷に変化していく様子(氷化)を詳細に調査しました。その結果、晩秋から翌年の初夏にかけての降雪に起源をもつ層は、夏から秋にかけての降雪に起源をもつ層と比べて、常に卓越して圧密が進んでいることを見いだしました。さらに、そうした圧密卓越層には氷結晶の変形を促進させうる物質として「ふっ化物イオン」と「塩化物イオン」が相対的に高濃度で含まれていることが分かりました。これらの分析から、圧密速度を支配する要素は、(1)氷床の表面付近で、日射の効果として起こる雪の変態の季節変動と(2)ふっ化物イオンと塩化物イオンの量により、氷結晶の結晶格子中の転位の運動が変調すること、である可能性が高いことを提起しました。また、フィルンの氷化にともなって、空気が氷中に閉じ込められて流通しなくなるまでにかかる時間は、これらの2要素によって決まることを示し、従来の「氷中に閉じ込められる空気の量と酸素・窒素比率が日射量に応じて変動する」という経験的事実が合理的に説明できることを示しました。

本研究は、氷床を構成する氷が圧密・変形するメカニズムについて、「夏の日射による初期変態」と「ふっ化物イオン、塩化物イオンなどの不純物」という2つの重要な支配要素があることを提起しました。この知見は、アイスコアの研究で過去の気候変動の発生年代や氷期・間氷期といったイベントが発生し、持続する期間の長さを解析するうえでの基礎的な情報となります。

研究の背景

極地氷床の中で発生する結晶の特性や変形などの様々な物理過程を理解するためには、雪が圧密を経てフィルン(雪と氷の中間状態)、そして、氷に変化していく過程(氷化)を解明することが重要な基礎となります。

雪がひとたび氷床表面に堆積したとき、表面の気温や降雪量、日射、風などの様々な環境に応じて積雪の初期の変質である「変態」が発生します。そして、断続的に雪が降ると積雪により雪が圧密・変形を受けるため、フィルンの状態を経て氷に変化していきます。こうした積雪の圧密・変形と氷化の過程は、氷の粒子間にある空隙が気泡として氷のなかに閉じ込められるプロセスとも言えます。

過去のアイスコアの研究によって、アイスコアから抽出される空気の量や酸素・窒素比率が、現地の夏の日射強度と同期関係にあることが経験的にわかっています。また、南極氷床の内陸部で採取したアイスコアについては、夏期の日射が雪に与えた変態の効果が深部まで維持されることが指摘されています。夏に強い陽射しを受けた雪の層ほど変形しにくくなり、より長い時間をかけて氷に変化するのです。これに対して、グリーンランドや南極での一部のアイスコアではカルシウムイオンの分布と雪の圧密・変形に強い相関が見いだされており、カルシウムイオンに関連した作用によって圧密・変形の程度が決まることで、夏期の日射が雪に与えた変態の効果はおおむね消去されてしまうとの考え方も提起されています。

結果として、次のような2つの謎が残されたままになっていました。

(1)アイスコア中の圧密・変形を支配する要素は何か?特に、カルシウムイオンあるいは関連イオンの役割は何か?そして、夏の日射による変態が変形を規定すると考えるメカニズムとの関係をどう位置づけることができるか?
(2)アイスコアから抽出される空気の量や、酸素・窒素比率が、現地の氷床の夏の日射強度の経験的な同期関係があるのはなぜか?

これらの2つの謎に対し、回答あるいは一定の見解を得ることが、長年の課題でした。

研究対象・手法

本研究グループは、北グリーンランド氷床深層掘削計画(North Greenland Eemian Ice Drilling:NEEM計画)でNEEMキャンプ(図1、2)において2010年に掘削された88.55m長のフィルンコア(図3に例)と、2012年に表層2mから採取したフィルンを用いて、物理的な構造を調査しました。まず、それぞれの層のマイクロ波誘電率テンソル(※1)を測定し、この値からミリメートル分解能での密度および空隙の三次元異方性構造を分析しました。さらに、積雪のあった季節を同定するために酸素同位体比を求め、さらに不純物イオンの種類を同定し、その量を求めるために主要イオンの分析を行いました。マイクロ波誘電率テンソルの計測手法は、フィルンを構成する氷と空隙の空間的な異方性を連続かつ迅速に計測できるという点で革新的でした。従来は氷と空隙の空間的な構造の調査には、X線吸収コンピュータートモグラフィ(X線CT)を使用しており、計測とデータ処理の手間がとても大きいものでした。

本研究によってはじめて、グリーンランドのフィルンの層構造について、圧密・変形と、幾何学的な異方性、堆積の季節起源や不純物濃度との関係を調査できるデータセットが得られたことになります。

研究成果

晩秋から翌年の初夏にかけての降雪に起源をもつフィルン層は、夏から秋にかけての降雪に起源をもつフィルン層と比べて、常に卓越して圧密・変形がすすんでいることを見いだしました(図4に模式図)。さらに、そうした圧密卓越層には、「ふっ化物イオン」と「塩化物イオン」が相対的に高濃度で含まれていることを発見しました(図4)。ふっ化物イオンと塩化物イオンは、氷結晶の変形を促進させうる物質として、実験物理化学の分野では1970年前後には知られていましたが、氷河や氷床のような天然の氷で変形と濃度の相関が確認されたのは初めてのことです。

ふっ化物イオンと塩化物イオンは、氷の結晶格子の中の酸素原子と置換し、結晶格子に点欠陥(結晶物質を構成する原子配列の点状の乱れ)を形成することがあります。すると、結晶の転位(結晶面のずれ)が起こりやすくなり、すなわち結晶の変形が促進されることが知られています。このメカニズムによって、フィルンの圧密・変形が促進されたと解釈できます。

一方、圧密・変形はカルシウムイオン濃度とも高い相関をもっていました。しかし、カルシウムについては、その氷のなかでの存在状態が「塩微粒子」と呼ばれる固体粒子であることなどから、結晶の塑性変形を変調させる原因物質としてはありえないと結論しました。さらに、夏の日射による雪の変態が圧密・変形を支配する要素として支配的であることを指摘しました。これは、南極氷床のフィルンの研究では明らかになっていたことですが、グリーンランド氷床のフィルン研究では見過ごされてきた要素です。

これらの分析から、本研究では、フィルンの圧密速度を支配する要素が、(1)「氷床の表面付近で日射の効果として起こる雪の変態の季節変動」と、(2)「氷結晶の結晶格子中の転位の運動がふっ化物イオンと塩化物イオンの存在で起こること」の2つであることを提起しました。フィルンの氷化にかかる時間は、これら2つの要素の相互作用と考えることができます。つまり、夏期の日射が強いほど、夏から秋にかけての積雪層の変態がすすみ、結果としてその部分の圧密・変形が阻害されます。これに対し、ふっ化物イオンと塩化物イオンが比較的多い晩秋から初夏にかけての積雪層では、イオン量に応じて圧密・変形が促進されます。

また、夏の日射量とふっ化物イオンおよび塩化物イオンの量という2種の要素が、フィルンの氷化スピードに影響を与えていることから、これらの要素が、氷中に閉じ込められる空気の量や、酸素・窒素比率と相関していることが合理的に説明できます。つまり、次のようなメカニズムです。氷中への空気の閉じ込め(クローズオフ)はフィルンの氷化にともなって進行します。クローズオフの開始から完了までの間には、先行して氷に閉じ込められた孤立気泡と、まだ氷床表面に空隙が通じている開放空隙とが共存しています。孤立気泡には上部の積雪の荷重が圧力としてかかりますが、開放空隙にはそれがかかりません。この圧力差から、孤立気泡内の空気の分子が氷の結晶格子を通過して開放空隙に向かって拡散します。このため、フィルンの氷化スピードが遅く、クローズオフの開始から完了までの期間が長いほど、閉じ込められる空気の量は減ります。また、拡散係数は窒素分子より酸素分子のほうが高いため、クローズオフの開始から完了までの期間が長いほど、酸素・窒素比率は低下します。このようにして、研究の背景にあった2つの謎に対する回答を提案しました。

今後への期待

現在、6万年をこえる年代をもつアイスコアの分析において、空気の量や酸素・窒素比率は、誤差が約2千年(標準偏差の2倍を誤差とした場合)と、最も信頼できるタイムマーカーであり、このタイムマーカーが存在しなければ、誤差は約6千年(同上)まで後退します(※2)。本研究は、フィルンの氷化スピードに影響を与える要素を提起することによって、アイスコア中の空気の量や酸素・窒素比率によるタイムマーカー解釈の物理的根拠を強化するものであり、過去の気候変動の発生年代や、氷期・間氷期といったイベント発生期間の長さを解析する研究の基盤となりえます。

さらに、本研究の結果、氷床を構成するフィルンそして氷の圧密・変形を規定するメカニズムについて、初期変態、および不純物という2つの重要な要素を提案しています。ふっ化物イオンと塩化物イオンの存在による氷の変形の促進は、今回のような氷床としては浅層のフィルンのみではなく、さらに深層の氷でも発生していると考えられます。今後、こうした観点から、氷床が変形・流動するメカニズムを検証する必要があるといえます。

※1 マイクロ波誘電率テンソル:電場ベクトルが三次元空間のなかで印加される方向に応じて、誘電率の大きさが変動する直交3成分のこと。フィルンの場合には、鉛直軸方向を軸として1軸対称性をもっている。水平面内の2軸成分は、ほぼ等価とみなすことができる。

※2 6万年をこえない若い年代をもつアイスコアの分析においては、空気の量や酸素・窒素比率以外にも信頼度の高いタイムマーカーが多様に存在するため、空気の量や酸素・窒素比率のもつタイムマーカーとしての役割は相対的には小さくなる。

発表論文

論文タイトル
Densification of layered firn of the ice sheet at NEEM, Greenland
(グリーンランドNEEMでの、氷床の層構造をもったフィルンの圧密)

著者
藤田秀二1,2、平林幹啓1、東久美子1,2、Remi Dallmayr1、佐藤和秀3、Jiancheng Zheng4、
Dorthe Dahl-Jensen5
1 国立極地研究所
2 総合研究大学院大学 極域科学専攻
3長岡工業高等専門学校
4 Geological Survey Canada, Natural Resources Canada
5 Centre for Ice and Climate, Niels Bohr Institute, University of Copenhagen

論文出版情報
Journal of Glaciology, 60(223): 905-921, 2014
doi: 10.3189/2014JoG14J006
URL: http://www.igsoc.org/journal/60/223/j14j006.html

オンライン版掲載日
2014年9月30日(日本時間)

図1: NEEM地点(北緯77.45°、西経51.06°、 表面高度 2,450m、年平均気温 -29℃、年間堆積量 0.22m氷相当)


図2: NEEM地点のキャンプ


図3: 研究に用いたフィルンコアの例。掘削時は円柱形をしているが、写真は分析用に板状に加工したあとのもの。長さは55センチメートル。

図4: NEEM地点での、層構造をもった圧密過程の発達の模式図(上側)。下側には、フィルンの圧密・変形プロセスとしてこれまで知られている3段階のステージを示す。深度の増大にしたがって層構造をもちながらフィルンが圧密していく状況を、誘電率(右側軸)、密度(左側軸)、深度(横軸)を用いて表現している。本研究のデータをもとに、ゆらぎながら増大する密度の2σ(標準偏差)上端、2σ下端、それに平均値を示している。各深度帯で発生している具体的なプロセスは図中に記載している。830 kg m-3が、氷化が成立する密度である。上記の2σ上端(青線)が830 kg m-3を横切ってから2σ下端(赤線)が830 kg m-3を横切るまでの時間の長さに応じて、氷中に閉じ込められる空気の量や酸素・窒素比率が決定される。

お問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授 藤田 秀二(ふじた しゅうじ)
TEL:042-512-0679 FAX:042-528-3497

報道について

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655 FAX:042-528-3105

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