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[プレスリリース]太ったほうが得
~浮力変化がアザラシの遊泳コストと採餌行動に及ぼす影響

2014年11月5日

研究概要

脂肪を蓄える、つまり「太る」ことは陸上動物において運動コストの増加に繋がります。しかし、その状況は浮力がはたらく水中では異なるかもしれません。

総合研究大学院大学・極域科学専攻の安達大輝氏らを中心とする総研大、国立極地研究所、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の共同研究チームは、カリフォルニア沿岸に生息するキタゾウアザラシに小型加速度記録計を取り付けることにより、アザラシが採餌深度までの往復のために、どのくらい泳ぐためにエネルギーを使ったか(つまり、どのくらい遊泳コストを支払ったか)、最大150日間に渡ってモニタリングしました。遊泳コストの指標としては、水中で1メートル進むのに要した尾びれのストローク数を用いました。アザラシの浮力と遊泳コストを数ヶ月という長期間にわたって記録したのは、本研究がはじめてです。

アザラシの遊泳コストは、負の浮力を持つ状態、つまり脂肪が少なく痩せた状態から「太る」に連れて減少し、浮力が正でも負でもない状態(中性浮力)に達した際に最小になることが明らかになりました。さらに、遊泳コストが減少するとともに、採餌深度での滞在時間が延びていることが分かりました。以上のことから、研究チームは、「太る」こと、つまり脂肪を蓄え中性浮力に達することは、キタゾウアザラシにおいて遊泳コストの減少、及び採餌時間の増加という二重のメリットがあると結論づけました。

本研究は、水中の動物において「太る」ことが運動コストの減少、さらには採餌時間の増加に繋がるという、陸上動物とは逆の傾向を示したはじめての研究です。

本研究成果は、英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)に掲載され、その表紙を本研究が飾ります。オンライン版には11月5日17時01分(日本時間)に掲載されます。

詳細研究内容

研究の背景

私達ヒトを含む地球上の全ての動物には重力がはたらいています。これは陸上に限らず水中でも同じです。ただ、水中で生活する動物には重力の他に「浮力」という鉛直方向の力もはたらいています。

浮力がはたらく鉛直方向の向き(上または下)や力の大きさは、動物の体内で脂肪が占める割合によって変動します。例えば、脂肪の密度は海水の密度よりも小さいため、脂肪の割合が大きい「太った」アザラシは浮きます(正の浮力)。一方、脂肪の割合が小さい「痩せた」アザラシは沈みます(負の浮力)。そして、その間には沈みも浮きもしない状態、つまり中性浮力の状態があります。

野生の潜水動物(アザラシなど)を対象とした先行研究から、彼らは浮力がはたらく方向に進む際、自らの力を使わず受動的に「楽」をして泳いでいることが明らかになってきました。例えば、痩せているアザラシは、自らの尾びれを動かすことなく負の浮力を借りて受動的に沈降し、採餌深度に到達することができます。しかしその一方で、採餌深度から息をするために水面に向かって浮上する際には、自らの尾びれを動かし能動的に泳いで負の浮力に逆らう必要があります。つまり、中性浮力ではなく負か正かどちらかに偏った浮力を持つ状態では、沈降・浮上のために使ったエネルギー(遊泳コスト)、つまり採餌深度までの行きと帰りに消費する酸素量がアンバランスです。

沈降・浮上のどちらかが大変でも、もう片方が楽であれば往復で考えた時の遊泳コストは小さくなるのでしょうか。それとも、中性浮力の状態、つまり沈降・浮上の両方に遊泳コストを均等に配分した方が、往復に支払う遊泳コストは小さくなるのでしょうか。

この問題は潜水動物の採餌行動を理解する上で重要です。なぜなら彼らは、採餌深度までの往復に支払った遊泳コストが小さければ小さいほど、つまり往復に消費した酸素が少なければ少ないほど、採餌深度に長く滞在することができ、沢山の餌を獲得できると考えられるからです。しかしながらこれまでは、この問題に取り組むことはできませんでした。その理由は、数ヶ月に渡って徐々に変化する潜水動物の浮力と同時に、遊泳コストを野外でモニタリングする手法がなかったからです。

研究の内容

そこで、研究チームは尾びれを左右交互に振る回数(ストローク回数)が遊泳コスト(酸素消費量)と強い正の相関を示すこと(文献1)に着目し、ストロークロガー(Stroke Logger)という動物装着型の小型加速度記録計をデータロガー制作会社であるリトルレオナルド社と共同で開発しました。Stroke Loggerは取得した加速度データをその場で処理し、5秒間隔でストローク回数を記録するようにプログラムされています。先行研究でストロークを検出するために使用されていた従来の加速度記録計は、その電池消耗の激しさ故に記録時間が短いという制約がありました。Stroke Loggerは、この制約を内装されたプログラムによって克服、電池の消耗を減らし、最大150日間に渡ってストローク回数を記録することができます。

本研究では、潜水動物の浮力の変化と遊泳コストとの関係を調べるために、キタゾウアザラシの雌(図1)を対象としました。キタゾウアザラシの雌は1年に2回、長期に渡って、採餌のために北太平洋を回遊します。繁殖後の2月から2ヶ月半に渡って行う繁殖後回遊と、換毛後の6月から7ヶ月に渡って行う換毛後回遊です。そして、この採餌回遊期間中に、餌を食べ、脂肪を蓄えることで多大な浮力の変化を体験します。そこで、本研究では2011年と2012年において、アメリカ・カリフォルニア州のAño Nuevo州立公園で繁殖するキタゾウアザラシの雌計14個体(繁殖後・換毛後回遊を対象にそれぞれ7個体ずつ)の背中にStroke Loggerを装着しました。

回遊初期のアザラシは負の浮力でしたが、時間が経つに連れて、脂肪を蓄え、浮力は大きくなっていきました(図2(a))。それに伴い、沈降時の遊泳コストは少しだけ上昇し(図2(b)青、図3左)、浮上時の遊泳コストは大幅に減少しました(図2(b)赤、図3右)。そして、中性浮力の状態で、沈降・浮上時の遊泳コストが等しくなり(図2(a)(b)、図3)、採餌深度までの往復に必要な遊泳コストは最小となりました(図2(b)黒、4(a))。また、往復の遊泳コストが小さくなるほど、採餌深度での滞在時間は長くなっていきました(図2(c)、4(b))。これらの結果は、浮力の変化が、採餌深度までの往復に要する遊泳コストに影響を及ぼすだけでなく、採餌時間にも影響を及ぼしていることを示唆しています。

以上のことから研究チームは、太ること、つまり脂肪を蓄え中性浮力に達することはキタゾウアザラシにおいて遊泳コストの減少、及び採餌時間の増加という二重のメリットがあると結論づけました。陸上動物において太ることは、運動コストの増加に繋がると考えられます。しかし、今回の研究結果は、水中の動物において太ることは運動コストの減少、さらには採餌時間の増加に繋がるという、陸上動物とは逆の傾向を持つことを示しています。

今後の展望

キタゾウアザラシも含め、海洋の動物の中には、絶食しながら繁殖期を過ごす動物(capital breeding speciesと呼ばれます)がいます。capital breeding speciesは、子育ての間、体内に蓄積された脂肪だけをエネルギー源として母乳を与えるなどの繁殖行動をします。そして、これらの動物では、子育て期間中により多くの脂肪(エネルギー)を消費した個体ほど繁殖に有利だった、という先行研究があります。しかしその一方で、本研究の結果から、脂肪を使いすぎて痩せてしまうと遊泳コストが増加することが分かりました。

繁殖に脂肪を沢山使うと、子供はよく育つ。しかしその一方で、自らは遊泳コストの増加を免れない。つまり、今回の研究結果は、水中で生活する動物、特にcapital breeding speciesにおいて、遊泳コストと繁殖成功との間にトレードオフの関係があることを暗に示しています。今後、キタゾウアザラシなどのcapital breeding speciesが、遊泳コストと繁殖成功のバランスをどのように取っているのか、明らかにすることが必要となってきます。

文献1
Williams, T. M., Fuiman, L. A., Horning, M. and Davis, R. W. (2004). The cost of foraging by a marine predator, the Weddell seal Leptonychotes weddellii: pricing by the stroke. J. Exp. Biol. 207, 973–982. (doi:10.1242/jeb.00822)

資金
本研究は科学研究費補助金基盤研究A(2325501)および特別研究員奨励費(12J04316)の助成を受けて実施されました。

論文全著者

安達大輝(あだちたいき)(論文筆頭著者、担当:実験、解析、論文執筆)
(総合研究大学院大学 極域科学専攻 博士課程5年)

Jennifer L. Maresh(担当:実験)
(Ph.D., Department of Ecology and Evolutionary Biology, University of California, Santa Cruz;カリフォルニア大学サンタクルーズ校 生態・進化学専攻 博士)

Patrick W. Robinson(担当:実験)
(Ph.D., Department of Ecology and Evolutionary Biology, University of California, Santa Cruz;カリフォルニア大学サンタクルーズ校 生態・進化学専攻 博士)

Sarah H. Peterson(担当:実験)
(Ph.D. candidate, Department of Ecology and Evolutionary Biology, University of California, Santa Cruz;カリフォルニア大学サンタクルーズ校 生態・進化学専攻 博士課程)

Daniel P. Costa(担当:実験)
(Distinguished Professor, Department of Ecology and Evolutionary Biology, University of California, Santa Cruz;カリフォルニア大学サンタクルーズ校 生態・進化学専攻 ディスティングイッシュトプロフェッサー)

内藤靖彦(ないとうやすひこ)(担当:実験、機器開発)
(国立極地研究所 名誉教授)

渡辺佑基(わたなべゆうき)(担当:実験)
(国立極地研究所 助教;総合研究大学院大学 極域科学専攻 助教)

高橋晃周(たかはしあきのり)(担当:実験、論文執筆)
(国立極地研究所 准教授;総合研究大学院大学 極域科学専攻 准教授)

論文原題

The foraging benefits of being fat in a highly migratory marine mammal

発表雑誌名

Proceedings of the Royal Society B

出版社名

Royal Society Publishing

オンライン掲載日

11月5日17時01分(日本時間)

図1:換毛期間中のキタゾウアザラシの雌(ストロークロガー装着前)。(©総研大/国立極地研究所)

図2:(a)アザラシの浮力、(b)遊泳コスト、及び(c)採餌深度での滞在時間の時系列データ(換毛後回遊中のアザラシ1個体の例)。(a)において、値がマイナスの場合は、アザラシは負の浮力を持つ。値が0の場合(点線)は中性浮力。(b)において、遊泳コストは1メートル進むために何回ストロークしたか(strokes m-1)を示している。青丸は水面から採餌深度に到達するまでの沈降時に支払った遊泳コストを、赤色は採餌深度から水面に戻るまでの浮上時に支払った遊泳コストを示している。黒丸は、沈降時と浮上時の遊泳コストを足した値、つまり採餌深度までの往復に支払った遊泳コストを示している。(©総研大/国立極地研究所)

図3:遊泳コストとアザラシの浮力との関係。全14個体のアザラシのデータを示している。左(青)は沈降時、右(赤)は浮上時の、また、それぞれの色のうち濃い色の点は繁殖後回遊(2月~4月)の、薄い色の点は換毛後回遊(6月~12月)のデータを示す。アザラシの浮力の指標(横軸)の値がマイナスの場合は、アザラシは負の浮力を持つ。値が0の場合は中性浮力。また、遊泳コスト(縦軸)は1メートル進むために何回ストロークしたか(strokes m-1)を示している。(©総研大/国立極地研究所)

図4:(a)アザラシの浮力と採餌深度までの往復に支払った遊泳コストとの関係。(b)採餌深度までの往復に支払った遊泳コストと採餌深度での滞在時間との関係。(a)、(b)のどちらとも全14個体のアザラシのデータを示している。
 (a)においてアザラシの浮力の指標(横軸)の値がマイナスの場合は、アザラシは負の浮力を持つ。値が0の場合は中性浮力。また(a)、(b)の両方において、往復の遊泳コスト(沈降時と浮上時の遊泳コストを足した値;(a)では縦軸、(b)では横軸)は1メートル進むために何回ストロークしたか(strokes m-1)を示している。(©総研大/国立極地研究所)

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655

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