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[プレスリリース]消滅の危機にある熱帯氷河のユニークな生態系:アフリカの氷河上で新たに発見されたコケ無性芽の集合体

2014年11月18日

熱帯地域の高山に残された氷河は、気候変動の影響をうけ急速に縮小しており、近い将来消滅すると予想されています。一方で、熱帯地域の氷河に棲む生物、とくに、アフリカ大陸の氷河生物については、これまでまったく調査がなされていませんでした。

植竹 淳 特任研究員(新領域融合研究センター/国立極地研究所)らは、ウガンダとコンゴ民主共和国の国境にあるルウェンゾリ山(図1)の氷河上の生態系を調査し、コケを中心とする生物の集合体が氷河を覆っていることを発見しました。これは、他の地域の氷河で見られる微生物の集合体(クリオコナイト粒)とは異なるものでした。

分析の結果、この集合体は、コケの未分化の糸状体である原糸体(注1)と、その上に形成される無性芽によって構成されていることがわかりました。さらに5領域の遺伝子マーカーの解析の結果、このコケはCeratodon purpureusという、熱帯から極地まで幅広く分布している種であると同定されました。本種の至適光合成温度は20-30℃と、一見すると0℃に近い氷河上での増殖に適していないと思われる結果が得られました。しかし、コケ無性芽集合体の内部温度は日中には約10℃まで上昇しており、このことが氷河を覆うような本種の大繁殖を促進させた要因ではないかと推測されます。この集合体には、コケ植物の他にも様々な微生物が棲息しており、近い将来にやってくるこの氷河の消失は、この特殊な生態系の消失をも引き起こすと予想されます。

研究の背景

冷たい氷河の表面は生物にとって生きづらい環境のように思えますが、実は様々な好冷性、耐冷性の微生物が生息しています。これまで生物圏としてほとんど無視されてきたこのような地域は、環境変動の影響を受け易いこと、また極域ではその面積が非常に広大であることから、生物圏として重要であるという認識が広がりつつあり、極域や中緯度地域の氷河を中心に研究がすすめられてきました。しかしながら、熱帯における先行研究例はほとんどなく、とくにアフリカの氷河においてはまったく研究報告例がありませんでした。

アフリカには赤道直下に氷河が現存している3つの高山:キリマンジャロ山(タンザニア)、ケニア山(ケニア)、ルウェンゾリ山(ウガンダ、コンゴ民主共和国)がありますが、これらの氷河は急速に融けて縮小し、近い将来には消滅してしまうと多くの研究で予測されています。

なかでも、アフリカ第三の高峰ルウェンゾリ山(5,109m)の氷河は(図1、図2a)、地球温暖化や湿度の低下などにより急速に後退しており、航空写真や衛星画像を使った研究から2020年ごろに消滅するのではないかと予測されています。そこで本研究グループは、消失が目前に迫っているにもかかわらず生物学的な調査がまったく行われていないルウェンゾリ山の氷河を対象として、現地の氷河生態系を理解する為の研究を始めました。

研究の内容

研究グループは2012年2月と2013年の2月の2回にわたり、ルウェンゾリ山の氷河:スタンレープラトー上での観測調査を行い、この氷河の表面に楕円形をした黒色の有機物塊が多く分布していることを発見しました(図2b)。有機物塊の平均の大きさは、長径18.7mm、短径12.7mm、厚さ8.3mm、重量1.6gでした(図2c)。氷河上の有機物塊としては、これまでにクリオコナイト粒というシアノバクテリアを中心とする集合体が報告されていますが、クリオコナイト粒の大きさは0.2-2.0mm 程度であり、今回発見した有機物塊はクリオコナイト粒とは明らかに異なる、新しいものでした。

顕微鏡観察の結果、有機物塊は主にコケ植物の原糸体とその上に形成された大量の無性芽(注1)により構成されていることが分かり(図2c、d;図3)、研究グループはこの有機物塊を氷河コケ無性芽集合体(glacial moss gemmae aggregation: GMGA)と名付けました。GMGA中のコケ無性芽は、その形態的な特徴と遺伝子データベースと高い相同性(注2)を示したことから、南極でも報告されている蘚類のCeratodon purpureusであると断定しました。

さらに、本種の生理的な情報を得るために、GMGAから培養したコケ原糸体2サンプルとGMGAそのものについて、培養温度を変化させて各温度における光合成活性を測定しました。その結果、それぞれ5℃の低温でも活性があるものの、至適光合成温度は20-30℃であり(図4)、南極で報告された同種の至適温度よりも高いことがわかりました。

通常、氷河の表面は融解期でも0℃に近い温度ですが、現地のGMGAの内部温度は日中に8-10℃まで上昇していました。これはGMGAの構造が十分に厚いことにより、氷河からの冷気を遮断し、日射で吸収した熱を保持しやすくなったためであると考えられます。また、年間を通して気温の日周変化が0℃から5℃で安定し、長期の凍結期間がない熱帯の気象条件などが、これまで他地域では観察されなかった本種の氷河上への侵入に貢献したのではないかと推測されます。一方で、本種がコケ植物の生活環の主体である茎葉体を形成せずに原糸体やその上の無性芽といった状態に留まっている一因は、氷河上の低温と強い日射による環境ストレスではないかと推測されます。

今回氷河上で発見されたGMGAは、氷河が融けて後退したばかりの植生のない岩の上でも、乾燥した状態で多数発見されました。この乾燥したGMGAには、氷河上には存在していなかった他の蘚類(Bryum sp.)が優占しており、氷河に削られたばかりで植生の全くない岩の上にいち早く土壌様の物質を形成していました。この事は、GMGAを中心とした氷河上の生態系が、その周辺の生態系と直接的に結びつき、熱帯高山植生にも強い影響を与えていることを示唆しています。

今後の展望

近い将来、気候変動などによってこの氷河が消滅してしまえば、この氷河上のコケ無性芽集合体とそれを中心とした特殊な生態系、氷河生態系と周辺の氷河への結びつきも消滅してしまいます。そして他の熱帯地域には、同様に近い将来に消滅する恐れのある氷河が多数存在しており、未だ全く研究の行われていないこれらの氷河の上にも、本研究のようにこれまで知られることのなかった特殊な生態系が存在している可能性があります。そのため熱帯氷河の生態学研究はまさに喫緊の研究課題であるといえ、今後は、より詳細な氷河生態系の形成プロセスを解明すると同時に、これらの消滅までをモニタリングしていく研究を進める必要があります。

注1: コケ植物では、胞子が発芽して出来る糸状の「原糸体」の上に芽が分化し、これが図鑑等に載っている「茎葉体」へと発達します。茎葉体の上には雌雄の生殖器官が形成され、受精によって胞子体が形成され、減数分裂により胞子が作られます。コケ植物ではこのような本来の有性生活環とは別に、原糸体や茎葉体から体細胞分裂によって「無性芽」が作られ、これが分離・散布されることで遺伝的に同一な集団を増やす現象が頻繁に見られます。
GMGAは、氷河上に飛来した胞子または無性芽から発芽した原糸体が、茎葉体を形成すること無く増殖し、さらにその上に無性芽を形成し、塊になったものです。おそらく環境ストレスによる影響で茎葉体を形成する事が出来ず、無性芽を形成し大きく成長したものと考えられます。

注2: コケ原糸体の培養細胞から、5つの遺伝子領域(18S rRNA、葉緑体(trnL、rps4 、atpB-rbcL間スペーサー領域)、ミトコンドリア(nad5))をPCR(polymerase chain reaction)法で増幅し、得られた塩基配列をGenBankのデータベースとBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)を用いて比較しました。それぞれの遺伝子の相同性が99.9%以上でCeratodon purpureusと一致しました。

発表論文

掲載誌:PLOS ONE

タイトル:
Novel biogenic aggregation of moss gemmae on a disappearing African Glacier
消え行くアフリカの氷河上で、新しく発見されたコケ無性芽の集合体

著者:
植竹 淳(新領域融合研究センター/国立極地研究所 融合プロジェクト特任研究員)
田中 聡太(千葉大学大学院理学研究科)
田邊 優貴子(早稲田大学高等研究所 助教/国立極地研究所 特任助教)
サミン・デニス(長岡技術科学大学)
本山 秀明(国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授)
伊村 智(国立極地研究所 生物圏研究グループ 教授)
幸島 司郎(京都大学 野生動物研究センター センター長・教授)

論文公開日:日本時間2014年11月17日午後2時

研究サポート

本研究はJSPS科研費(基盤研究A、22241005(研究代表者 幸島司郎))、および、情報・システム研究機構 新領域融合研究センター(融合研究シーズ探索)からの助成を受けて実施されました。

 

図1: 研究調査地であるルウェンゾリ山(ウガンダ共和国)の位置

図2:
a:調査地スタンレープラトー(氷河)とルウェンゾリ山最高峰のマルガリータ峰
b:氷河表面を覆う黒色の氷河コケ無性芽集合体(ST1地点)。下のベージュ色のメジャーは長さ62 cm。
c:氷河コケ無性芽集合体(背景のグリッド1mm)
d:氷河コケ無性芽集合体の断面図、表面付近に無性芽が多く分布している

図3:
a-b: 氷河コケ無性芽集合体の骨格を形成している蘚類: Ceratodon purpureusの無性芽
c:培養実験後にCeratodon purpureusの無性芽から伸びる原糸体
d:遺伝子実験に用いたCeratodon purpureus培養株の原糸体

図4:氷河コケ無性芽集合体(GMGA)とCeratodon purpureus培養株の異なる温度条件下における、光合成有効放射量(光合成に有効である波長400-700nmの光の量)変化に伴う光合成の電子伝達速度の変動。パルス振幅変調(PAM)クロロフィル蛍光測定法で測定した。いずれのサンプルも20-30℃で高い光合成活性を示している。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655 FAX:042-528-3105

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