大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

[プレスリリース]南極ドームふじ・ドームCアイスコアの等年代深度の精密決定に成功
~急激な気候変動が伝播するメカニズムの解明へ~

2015年11月16日

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

南極大陸やグリーンランドは、数十万年もの間、雪が降り積もってできた氷床で覆われています。氷床を掘削して得られるアイスコアは、過去の地球環境を知る大きな手がかりです。アイスコア研究において、深度と年代を対照させることは重要な課題ですが、さらに、過去の気候の時間的・空間的な変化や、因果関係を調べるためには、異なる地点で採取されたアイスコアについて、特定の年代がそれぞれ何メートルの深さに該当するか(等年代深度)を知ることが重要です。

国立極地研究所(所長:白石和行)の藤田秀二准教授を中心とした国際研究グループは、南極大陸内陸の大西洋側に位置するドームふじ地域と、内陸インド洋側のドームC地域(図1)でそれぞれ掘削された深層アイスコアに含まれる火山噴火の痕跡を詳細に比較しました。火山噴火では、大気中に大量の硫酸ガスが放出されるため、アイスコアには硫酸イオンとしてその痕跡が刻まれています。比較の結果、それぞれのアイスコアの過去21.6万年間をカバーする氷のなかに、計1401対の共通の火山噴火シグナルがあることを見いだし、2つのアイスコアの等年代深度をこれまでにない精密さで割り出すことに成功しました。

さらに研究グループは、得られた等年代深度のデータに基づいて、この2地域のアイスコアに記録された水素同位体比の変動の発生にタイミング差があるかどうかを調べました。水素同位体比は、気温や降水の状況に敏感に反応する指標です。その結果、過去21.6万年の間にドームふじ地域で氷期に起こった急激な変動は、平均して約60年、ドームC地域で起こった変動よりも早かったことが分かりました。

この結果は、過去に北半球で起こった比較的急激な気候の変動が、大西洋を通じた北半球―南半球間の熱の再分配(「バイポーラーシーソー」)を通じて伝搬していたことを示しています。つまり、ドームふじは北半球から南半球へ熱が伝搬する経路の途中にあたるために、インド洋側のドームCよりも変動が早く生じていたと考えられます。

今後、さらに多くのアイスコアを用いて同様の解析が進めば、過去の気候変動の伝搬のしくみの解明につながり、ひいては地球全体の気候システムの理解につながると期待されます。

背景

アイスコアは、過去数十万年規模の期間の地球上の気候変動の歴史を探るための重要な情報源です。アイスコアの研究のなかで、各深度の氷の年代を決定すること「年代決定」は解析の基礎となる重要な作業です。なぜなら、気候イベントが起こったタイミングや、イベント発生期間の長さを知ることが、気候システムを理解する上で非常に重要であるからです。アイスコアは、南極地域やグリーンランドでこれまでに多数掘削されてきました。アイスコアの年代決定は、個々のアイスコアに対して独立に行いますが、さらに、多数のアイスコア間で等年代深度の照合ができれば、より精密な年代決定が可能になり、また、異なるアイスコアで認められた気候イベント間の時間的や空間的な因果関係の解釈も可能となります。

これまでに掘削されたアイスコアの中で、最も古くまで年代を遡ることができるものはドームふじアイスコア(1992-1998年と2004-2007年に日本チームが掘削。70万年以上の年代をもつ)とドームCアイスコア(1996-1997年と2000-2004年にEUチームが掘削。80万年以上の年代をもつ)です。これらについての等年代深度の照合はこれまでなされていませんでした。南極のなかでも、比較的大西洋の近くに位置するドームふじと、比較的インド洋の近くに位置するドームCのアイスコアの比較が進めば、2地点の気候変動の共通点や地域特性を割り出すことが可能になります。

本研究では、日本と欧州の共同研究として、これら2つのアイスコアに含まれる、過去の同時期の火山噴火シグナル(火山噴出物が堆積した証拠)を利用して年代照合を実施しました。照合の対象は、火山噴火シグナルが明瞭に判断できる現在から約21.6万年分としました。

研究対象・手法

アイスコアに残る火山噴火のシグナルは、異なるアイスコア間の等年代深度を照合する有効な手段のひとつです。大規模な火山噴火では通常、大量の硫酸ガスが大気中に放出されるため、噴火後の1年から数年にわたり、地球上の降水に含まれる硫酸イオンが増大します。南極のアイスコアにも、こうした火山噴火の痕跡を無数に見いだすことができます。

研究グループは、ドームふじアイスコアと、ドームCアイスコアの硫酸濃度の指標となるデータ(図2に例)の照合を実施しました。実施にあたっては、これらのデータを容易に照合するため、パソコン上のデータ処理インターフェースを独自に開発しました。

研究成果

効率的に照合と記録を進めた結果、2つのコアの21.6万年の年代区間に、1401対の火山噴火に起源をもつイベントを見いだしました(図3)。これは複数のアイスコアの年代照合としては前例のないほど多い一致点で、平均して154年に1回の割合で同一火山噴火イベントを見いだしたことになります。

これにより、2本のアイスコアでそれぞれ独立に推定されていた年代スケールの整合性を詳細に比較検討することが可能になりました。たとえば、今回得られた等年代深度のデータによって、2つのアイスコアから既に得られていた水素同位体比の変動について、精密な時間の前後関係の分析が可能になりました(図4)。さらに、2つの地点での水素同位体比が変化したタイミングに何年の差があるのかを調べるため、片方のアイスコアの水素同位体比の年を変化させたときに相関係数がどのように変化するかを検討しました。その結果、ドームふじの年代を60年遅らせたときに相関係数が最大となりました。また、相関係数のピーク形状の中心は126年遅らせたところに該当しました(図5)。つまり、ドームふじの位置する大西洋側の南極内陸は、ドームCの位置するインド洋側の内陸よりも、21.6万年の全区間の平均で、60年先行するタイミングで変動が起きていたことが分かりました。さらにこのタイミング差は時代よって変化し、氷期には平均約60年の値を示すことや、間氷期ではほとんど出現しないこと、それに、間氷期から氷期への遷移時期には+710年~-230年の範囲で変動することが分かりました。

この結果は、過去の北半球で起こった比較的急激な気候の変動が、「バイポーラーシーソー」と呼ばれる大西洋の深層循環を通じて北半球―南半球間で起こる熱の再分配過程で伝わっていたことを示していると考えられます。最近の研究で、北半球の急激な気候変動のシグナルが海洋を通じて西南極に到達するまで約200年を要するとされています(文献1)。南極の中でも大西洋側に近いドームふじは、大西洋側の気候を反映したシグナルがアイスコアに記録されるため、インド洋側に位置するドームCに到達するよりも幾分早く(平均約60年)気候の変化が現れている、と解釈することができます。

また、バイポーラーシーソーは氷期に発生する現象です。今回の研究で、氷期にタイミング差が安定して出現したという結果は、ドームふじとドームCのタイミング差にバイポーラーシーソーが関連していることの状況証拠であると捉えることができます。

今後への期待

本研究で、南極で最も古い年代まで到達している2本のアイスコアについて、21.6万年間の詳細な年代一致点が明らかになりました。今後、2本のアイスコアに記録されたシグナルは、常に共通の年代軸を用いて解析できることになり、アイスコアを用いた古気候の研究の進展が期待できます。また、さらに多地点のアイスコアで同様の作業を進めれば、氷期・間氷期サイクルの中での気候の変動の伝わり方を詳細に解明することが可能となります。また、さらに古いアイスコアについても同様の作業を実施することで、さらに長期的な様相を解明することができると期待されます。

発表論文

発表1
掲載誌: Climate of the Past
タイトル: Volcanic synchronization of Dome Fuji and Dome C Antarctic deep ice cores over the past 216 kyr (過去21.6万年間の、ドームふじとドームCの南極深層アイスコア間の火山同期)
著者(*は共同筆頭著者):
*藤田秀二 (国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授、総合研究大学院大学 併任准教授)
*F. Parrenin(CNRS, France、Univ. Grenoble Alpes, France)
M. Severi(University of Florence, Italy)
本山秀明(国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授、総合研究大学院大学 併任教授)
W. Wolff(University of Cambridge, UK)
論文URL: http://www.clim-past.net/11/1395/2015/
DOI: 10.5194/cp-11-1395-2015
オンライン版公開日: 2015年10月19日

発表2
『第6回極域科学シンポジウム』での口頭発表
セッション名: 分野横断セッション [IG] 全球環境変動を駆動する南大洋・南極氷床
発表タイトル: Phasing between Deuterium records at Dome Fuji and Dome C in Antarctica over the past 216 kyr
発表者: *藤田秀二(国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授、総合研究大学院大学 併任准教授)
F. Parrenin(CNRS, France、Univ. Grenoble Alpes, France)
M. Severi(University of Florence, Italy)
本山秀明(国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授、総合研究大学院大学 併任教授)
W. Wolff(University of Cambridge, UK)
発表日時: 2015年11月16日(火) 14:00-14:15
会場: 国立極地研究所 2階大会議室

文献

文献1:
WAIS Divide Project Members (2015), Precise interpolar phasing of abrupt climate change during the last ice age, Nature, 520(7549), 661-665, doi:10.1038/nature14401

研究サポート

この研究の一部はJSPS科研費 基盤研究(A)20241007の助成を受けて実施されました。

図1:南極氷床上の、ドームふじとドームCの位置

図2:20メートル深の区間での、年代一致点を決定するためのデータセットの例。上側2段(a-b)と下側2段(d-e)のデータセットは、それぞれドームふじとドームCのアイスコアからのデータ。ピーク形状の信号(赤印位置)は過去の火山噴火による硫酸に起因する。これらの信号の出現パターンを照合することにより、同一火山噴火と判定し、それをcの段に記載している。

図3:ドームふじアイスコアとドームCアイスコアとの間で、共通の起源をもつ火山噴火の痕跡が見つかったアイスコアの深さ(上段縦軸)とその年代(横軸)。ドームふじアイスコアとドームCアイスコアの深度はそれぞれ赤色と青色で示している。中段のバーコード状のグラフで、年代一致点が見いだされた年代を示す。時代毎に一様ではなく、それぞれの時代の南極で雪が堆積する環境に影響をうけている。下段の棒グラフでは、各千年毎に、年代一致点が何イベント発見されたかを示している。

図4:ドームふじアイスコアとドームCアイスコアの水素同位体比のデータを、共通の年代軸で示した。3段のグラフは、それぞれ、7万5千年の区間を示している。各グラフの底部には、年代一致点の位置を示している。これらの水素同位体比のデータセットを比較して、信号の変動の時間前後関係を調査した。

図5:21万6千年間の平均としてのアイスコア信号の位相差を調査するために、ドームふじとドームCの水素同位体比の信号を、X年(横軸)ずらしながら、2つの信号の相関係数を調査した。相関係数は、Xが60年のとき最大値をとった。このピークは左右非対称の形状を示したため、ピーク形状の中心位置を調べたところ、Xが126年のところに該当した。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655
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