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研究成果

南極アイスコアと赤道太平洋堆積物より地磁気極小期の宇宙線変動史を詳細に解明

2016年4月12日

弘前大学
東京大学大気海洋研究所
情報・システム研究機構 国立極地研究所
東京大学総合研究博物館

地球大気に降り注ぐ宇宙線の強度変動は、地磁気の変動や太陽活動によって支配されていると考えられており、過去の気候・環境変動の指標として近年重要視されています。しかし、宇宙線強度の詳細な変動史は、過去数万年間を除けば、未解明なままでした。弘前大学理工学研究科の堀内一穂助教らは、東京大学大気海洋研究所の山崎俊嗣教授・同総合研究博物館の松崎浩之教授、国立極地研究所の藤田秀二准教授・本山秀明教授と共同で、南極アイスコアと赤道太平洋堆積物のベリリウム10(注1)を高時間分解能で分析することで、約19万年前に起こった地磁気極小期(アイスランドベイズンエクスカーション(注2))の宇宙線強度変動史を詳細に解明しました。その結果、①地磁気極小期に伴う際立った宇宙線強度の上昇は約7000年間継続したこと、②そのピークでは現在と比較して約2倍の宇宙線が大気に降り注いでいたこと、③当時の宇宙線強度の変動には地磁気に由来すると考えられる約4000年と8000年の周期性があったこと、④地磁気極小期には、太陽活動に由来すると考えられる1700年の周期変動と数百年スケールの周期変動が顕著に認められることが明らかになりました。こうした成果は、長期間にわたる宇宙線強度の上昇が当時の気候や生命に与えた影響や、地質時代の太陽活動周期を評価するための手がかりとなるものです。また、宇宙線変動に基づいて様々な古気候記録を全球対比できる可能性にも、つながる成果です。

なお、本研究は、日本学術振興会の科研費(Grant Number:22241003、22244061、25247082)の助成を受けなされたものです。本成果は、欧州科学雑誌「Earth and Planetary ScienceLetters」に2016年4月15日付けで掲載されます。

背景

地球に到達する宇宙線の強度は、太陽風や地球の磁場により宇宙線粒子の一部が反らされることで、太陽活動や地磁気変動に伴って刻一刻と変化しています。一方で、太陽の活動はもとより、宇宙線の強度変動が過去の気候に影響を与えて来た可能性が近年注目されています(文献1)。しかし、宇宙線変動の詳細な歴史は、過去数万年間を除けば、よく分かっていませんでした。特に地磁気逆転やエクスカーションと呼ばれる地磁気の極小期に、実際にどの程度宇宙線が変動したのかについては、直接的な情報を得ることが容易ではなく、課題のままでした。さらに地磁気の極小期には、相対的に宇宙線に対する太陽変調の効果が強くなることが数値シミュレーションなどから予想されており、宇宙線の強度変動が明らかになれば、太陽活動変動周期の検出も期待できます。本研究では、ブルン正磁極期(注3)において最も顕著な地磁気極小期の一つでありながらも(図1)、これまで詳細な宇宙線強度変動記録が得られていなかった約19万年前のアイスランドベイズンエクスカーションに着目して、研究を進めました。

手法

当時の宇宙線変動を正確に復元するために、地球上の全く異なる環境にある2つの地域から得られた3本のコアに含まれるベリリウム10を分析しました(図2)。一つ目の地域は、太平洋西部赤道域の西カロリン海盆です。この海域でのベリリウム10の滞留時間を考慮して、500年の時間分解能で2本の堆積物コアを分析しました。これらのコアからは、質の良い古地磁気強度の記録が既に公表されており(文献2)、ベリリウム10記録との直接的な比較が期待できます。もう一つの地域は、南極大陸の内陸域です。本研究では、日本の南極地域観測隊がドームふじ基地で掘削したアイスコアを、100年の時間分解能で分析しました。このドームふじアイスコアからは西暦695-1875年のベリリウム10記録が既に公表されており(文献3)、宇宙線変動史の標準記録の一つとして様々な研究に利用されています(例えば、文献4)。またこのコアに対しては、精度と信頼性の高い天文年代モデル(注4)が構築されております(文献5)。ベリリウム10の分析には、東京大学総合研究博物館タンデム加速器研究施設の加速器質量分析計(注5)を利用しました。

成果

得られた全てのベリリウム10変動記録は、年代軸をその誤差(数千年)の範囲内で平行に移動させるだけで、細部に至るまで類似した曲線を描きました(図3)。赤道の海洋域と南極の大陸域では全く環境が異なるため、これらの類似した変動は、双方に共通する要因—すなわち宇宙線の強度変動を示している可能性が極めて高いものです。またベリリウム10の変動は、地磁気強度の変動との相関が高く(図3)、主に地磁気に影響された宇宙線強度の変動を裏付けるものとなりました。さらに、それぞれのベリリウム10記録のピーク付近にて、短い減少イベントを中央に持ちながらも約7000年間継続する増大期が検出できました。他の共通する変動も含めて、こうした特徴は全球的に対比できそうです。

次に、この時代の堅牢な宇宙線強度の変動曲線を得るために、3つの記録を重ね合わせた変動記録(スタック)を作成しました(図4)。その結果、①この時代の宇宙線増加のピークは18.85〜19万年前であったこと、②当時の宇宙線は現在の2倍程度増加していたこと、さらに③ほぼ同等の宇宙線が約7000年間にわたって地球に降り注いでいたことが明らかになりました。続いて、このスタックを用いて宇宙線強度の変化に周期性があるかどうかを解析したところ、地磁気強度に由来する可能性のある4000年と8000年の周期が検出されました。また、宇宙線増加のピーク(地磁気極小期のピーク)付近にて1700年の周期が顕著に現れ、この特徴的な振る舞いより太陽活動による周期であることが示されました。これら全ては、本研究にて初めて明らかになった周期性です。さらに、100年の時間分解能を持つドームふじアイスコアのベリリウム10記録からは、1700年の周期と同様に地磁気極小期のピークにて、約300年、500年、700年の周期が検出されました。これらの周期は、過去1万年間の古宇宙線変動記録から推定されている数百年スケールの太陽活動周期と調和的です。一方で、過去1万年間の記録に認められている約1000年の周期(Eddy周期)と2200-2400年の周期(Hallstatt周期)は、この時代には明瞭に認められませんでした。

今後への期待

本研究によって、約19万年前の地磁気極小期では、現在のほぼ2倍の宇宙線が7千年間にわたって地球に降り注いでいたということが、直接的なデータから初めて明らかになりました。強い宇宙線に長く曝されたことで、当時の生命や気候はどのような影響を受けたのでしょうか。今後の研究が待たれます。また、本研究で検出された太陽活動や地磁気の周期性は、地質時代を通じてどの程度普遍的だったのでしょうか。双方の変動メカニズムの手がかりともなり得るこの種のデータは、未だほとんど得られていません。さらに今回、千年スケールの宇宙線強度変動が、アイスコアと堆積物の双方から検出できる可能性が示されました。これは、古気候アーカイブに対して、宇宙線強度の変動に基づいた高精度の年代同期、すなわち「宇宙線層序」が適用できることを強く示唆します。古気候アーカイブの年代モデルには、しばしば数千年以上の誤差がつきまといます。宇宙線の変動を「鍵層」として利用することで、気候変動の地域差などの議論が進むことが期待されます。

発表論文

タイトル

Multiple 10Be records revealing the history of cosmic-ray variations across the Iceland Basin excursion

著者

堀内一穂1、鎌田佳苗2,a、前島舜2、佐々木祥2,b、佐々木宣欣1,c、山崎俊嗣3、藤田秀二4、本山秀明4、松崎浩之5

所属

1 弘前大学理工学研究科
2 弘前大学理工学部
3 東京大学大気海洋研究所
4 国立極地研究所
5 東京大学総合研究博物館

現所属

a アサノ大成基礎エンジニアリング
b コスモエンジニアリング株式会社
c 上山試錐工業株式会社

掲載誌

Earth and Planetary Science Letters
doi:10.1016/j.epsl.2016.01.034

文献

1. 宮原ひろ子(2014)地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか. 化学同人, 206p.

2. Yamazaki, T., Kanamatsu, T., Mizuno, S., Hokanishi, N., Gaffar, E.Z. (2008) Geomagnetic field variations during the last 400 kyr in the western equatorial Pacific: Paleointensity-inclination correlation revisited. Geophys. Res. Lett. 35, L20307, doi:10.1029/2008GL035373.

3. Horiuchi, K., Uchida, T., Sakamoto, Y., Ohta, A., Matsuzaki, H., Shibata, Y., Motoyama, H. (2008) Ice core record of 10Be over the past millennium from Dome Fuji, Antarctica: A new proxy record of past solar activity and apowerful tool for stratigraphic dating. Quat. Geochronol. 3, 253–261. doi:10.1016/j.quageo.2008.01.003.

4. Miyake, F., Nagaya, K., Masuda, K., Nakamura, T. (2012) A signature of cosmic-ray increase in AD 774-775 from tree rings in Japan. Nature 486, 240–242. doi:10.1038/nature11123.

5. Kawamura, K., Parrenin, F., Lisiecki, L., Uemura, R., Vimeux, F., Severinghaus, J.P., Hutterli, M., Nakazawa, T., Aoki, S., Jouzel, J., Raymo, M.E., Matsumoto, K., Nakata, H., Motoyama, H., Fujita, S., Goto-Azuma, K., Fujii, Y., Watanabe, O. (2007) Northern Hemisphere forcing of climatic cycles in Antarctica over the past 360,000 years. Nature 448,912–916. doi:10.1038/nature06015.

脚注

(注1)ベリリウム10(10Be)
ベリリウム10は、宇宙線と大気中の酸素・窒素との相互作用(核破砕反応)でできるベリリウムの同位体で、宇宙線生成核種の一つです。アイスコアや堆積物中のベリリウム10は、過去の宇宙線強度の直接的な指標として用いられています。また、ベリリウム10には放射性核種としての側面もあり、半減期は136万年とされています。

(注2)アイスランドベイズンエクスカーション
地磁気は、N極とS極を持つ双極子磁場で近似できることがよく知られています。この極が、地軸の方向から45度を超えてふらついた現象をエクスカーションと呼びます。アイスランド南方から得られた約19万年前の海底堆積物より発見されたエクスカーションは、アイスランドベイズンエクスカーションと称され、規模の大きい地磁気イベントとして注目されています。エクスカーションは、磁極が完全にひっくり返る逆転現象と共に、地磁気強度の極端な低下期(地磁気極小期)としても知られています。

(注3)ブルン正磁極期
地質時代の最後の磁場逆転の後、現在と同様に方位磁石のN極が北を向いてきた時代のことをブルン正磁極期と呼びます。従来は、過去78万年間と考えられていましたが、近年の年代決定技術の発達により、過去約77万年間であることが有力視されています。

(注4)天文年代モデル
天文年代モデルとは、地球の軌道要素から計算された日射量の変化と地質記録との関係で編まれた年代モデルのことです。日射量と地質記録とを関連づけるためには、通常は地質記録に含まれる気候・環境の指標を媒介とする必要があります。しかし、ドームふじアイスコアの天文年代は、コアに含まれる日射量そのものの指標により直接的に関連付けられているため、誤差やバイアスの可能性がより少ないものです。

(注5)加速器質量分析計
加速器質量分析計は、試料から引き出したイオンを加速器で加速することで、極めて高感度の質量分析を行うことができる装置です。環境中に極微量しか存在しないベリリウム10を始めとした宇宙線生成核種の分析では、この装置が一般的に用いられています。

図1: ブルン正磁極期における地磁気強度の復元曲線(Sint-800: Guyodo and Valet, 1999)。軸方向の見かけの双極子モーメント(Virtual Axial Dipole Moment)で示されている。矢印がアイスランドベイズンエクスカーションの位置。

図2: 研究試料の採取位置

図3: 本研究で得られたベリリウム10(10Be)記録。赤と青が西カロリン海盆堆積物の10Be/9Be比。緑がドームふじアイスコアの10Beフラックス。黒線は西カロリン海盆堆積物から得られた相対古地磁気強度記録を10Be生成率に換算した推定値。灰色で覆った領域は約7000年間継続した10Beの増大期を、矢印は増大期の中にみられる特徴的な減少イベントを、それぞれ示す。

図4: 10Beスタック(上の図のオレンジの領域)と宇宙線強度の周期解析の結果(下の図)。上の図にて、灰色の領域は約7000年間継続した宇宙線の増大期を示し、その中でも極大である18.85〜19万年前を黄色で示した。下の図の縦軸は周期の年数で、色は周期性の強さを表している。色が濃く、紫に近いほど、その年代での変動周期がはっきりとしていることを示す。太線より外側は見かけの値。点線は90%の信頼限界。

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