大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

日本の南極観測史上初、新種の菌類を発見

2016年12月16日掲載
2016年12月19日更新
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

図1:Cystobasidium tubakii(AとB)とCystobasidium ongulense(CとD)。A. C. tubakiiの顕微鏡写真、B. YM寒天培地で15℃、10日間培養した時のC. tubakiiのコロニー。C. C. ongulenseの顕微鏡写真、D. YM寒天培地で15℃、10日間培養した時のC. ongulenseのコロニー

国立極地研究所(所長:白石和行)の辻雅晴 特任研究員を中心とする研究グループは、南極・昭和基地のある東オングル島での菌類の多様性調査の過程で、新種の菌類2種(図1)を発見し、Cystobasidium tubakiiCystobasidium ongulenseと名付けました。この2種は氷点下でも成長が可能であることに加え、生育にアミノ酸やビタミンを必要としないことから、南極のような、低温で栄養素が限られた環境での生育に適応した種であることが示唆されました。菌類の新種の発見は60年に及ぶ日本の南極観測史上、今回が初めてとなります。

研究の背景

菌類は世界中で約10万種報告されており、多様性に富んだ生物です。菌類は有機物の最終分解者であることから、生息地の炭素循環や土壌の形成に関与しています。さらに、南極のような貧栄養の環境では、地衣類などの光合成生物の定着にも関与していると考えられていることから、菌類は物質生産にも大きな影響を及ぼしていると考えられています。しかし、南極域に生息している菌類は約1000種の報告にとどまっており、さらに日本の南極観測の拠点である昭和基地周辺に限ると、わずか31種が報告されているだけで、昭和基地周辺にどのくらいの種類の菌類が生息しているのかもはっきりと分かっていません。そこで、研究チームは昭和基地がある東オングル島(図2)全域でこの島に生息する菌類の大規模な調査を行うこととしました。

図2:東オングル島と昭和基地の位置(右図上の赤丸)

研究の内容

図3:49次隊での試料採取のようす(辻本特任研究員提供)

東オングル島の土壌試料は、第49次南極地域観測隊の伊村智隊長(国立極地研究所 教授)と観測隊同行者の辻本惠 国立極地研究所 特任研究員(当時:総合研究大学院大学)が、土壌細菌の調査のため、2007年12月から2008年1月にかけて東オングル島全域にわたる226の地点から採取し(図3)、日本に持ち帰っていました。

2015年11月に辻 特任研究員が冷凍保存されていた226の試料から菌類の取得を試みたところ、合計で293株の菌類が分離されました。さらに、分離された菌類に対して26SリボソームDNA(注1)などの塩基配列を用いた系統解析を行った結果、新種の担子菌酵母(注2)2種を発見しました。日本の南極観測の歴史の中で、新種の菌類が発見されたのは初めてのことです。

発見した新種は日本で最初に南極の菌類を報告した故・椿啓介教授(注3)の名前と、東オングル島にちなんで、それぞれCystobasidium tubakiiCystobasidium ongulenseと名付けられました。

これらの新種について、詳しい生育の特徴を調べた結果、両種ともマイナス3℃という氷点下でも成長が可能であることが分かりました。また、南極以外で発見された他のCystobasidium属菌では、成長にビタミンが必要であるにも関わらず、これらの新種は生育にアミノ酸やビタミンを必要としないことが分かりました。これらのことから、今回新たに発見した2種は南極のような低温かつ栄養素の限られた環境での生育に適応した種であると考えられます。

今後の展望

極地に生息している菌類の中には、低温で活性の高い酵素を持っているなど、極限環境を生き抜くための優れた特徴を有するものがあり、微生物資源としても注目されています。今回、発見した新種の菌類は低温でも脂質分解酵素などの菌体外酵素を分泌します。これらの特徴が産業利用できる可能性について検討する予定です。

また、昭和基地周辺の陸上生態系は未知の部分が多く残されていることから、次世代シーケンサーを利用し、49次隊などで採取された環境試料に含まれる菌類や細菌、微小動物の多様性の解明も試みます。並行して土壌成分の分析も実施し、その結果と昭和基地周辺の菌類を含む陸上生物の多様性の結果を元に、この地域における陸上生態系の全体像の解明を目指します。

注1:26S リボソームDNA:タンパク質を合成するリボソームを構成するDNAの1つ。担子菌酵母の分 類や同定に広く利用されている。
注2:菌類は大きく分けて子のう菌類(いわゆるカビ)と担子菌類(いわゆるキノコ)に分けられる。この担子菌類のうち、生活環の一部を単細胞で過ごす菌類のことを担子菌酵母という。
注3:椿 啓介:1924年〜2005年。菌類学者で筑波大教授、日本菌学会学会長などを務めた。日本で初めて南極観測で採取された試料より菌類を報告した。

発表論文

掲載誌:Mycoscience
タイトル:Cystobasidium tubakii and Cystobasidium ongulense, new basidiomycetous yeast species isolated from East Ongul Island, East Antarctica
著者:
 辻 雅晴(国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
 辻本 惠(国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
 伊村 智(国立極地研究所 生物圏研究グループ教授/総合研究大学院大学併任教授)
公開日: 2016年12月10日(オンライン公開)
URL: http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1340354016300845
DOI:10.1016/j.myc.2016.11.002

研究サポート

本研究はJSPS科研費(基盤研究(B)18310024、挑戦的萌芽研究16K12643、若手研究(A) 16H06211)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 生物圏研究グループ 辻雅晴

報道について

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655  FAX:042-528-3105

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お詫び

初出時、以下の点に誤りがありました。お詫びいたします。現在は修正されています。(2016年12月19日)
・図2の昭和基地の位置
・注3の記述

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