大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

南極ドームふじアイスコア最深部の物理化学的性質を解明

2016年12月22日発表
2016年12月24日掲載
北見工業大学
北海道大学
情報・システム研究機構 国立極地研究所

過去の気候変動の歴史を解明するために、南極氷床を円柱状にくり抜いた氷のサンプルである「アイスコア」の研究が、日・米・欧によって積極的に行われています。南極内陸部にあるドームふじ基地(図1)で2003~2007年にかけて掘削されたドームふじアイスコアの最深部は地球で最も古い氷の一つであり、70万年以上遡って過去の地球環境を読み解くことが期待されています。同時に、南極氷床最深部は、低温・高圧の環境に耐えうる未知の極限微生物が生息すると考えられています。しかし、南極内陸部における氷床底面付近の氷の起源や存在状態はほとんどわかっていませんでした。北見工業大学の大野浩助教(元国立極地研究所特任助教)と北海道大学の飯塚芳徳助教、および国立極地研究所(研究代表者:本山秀明教授)を中心とした研究グループは、ドームふじで採取された深層氷の詳細な物理化学分析を行い、①深層氷は全て温暖期の天水(降雪)起源であることを突き止めました。さらには、②氷床底面付近で化学成分の著しい再配分が生じていること、③再配分現象は不純物の空気ハイドレート(注1)粒子表面や氷結晶粒界への偏析や、粒界を伝った移流によって引き起こされていることなどが明らかになりました。これらの研究成果は、深層アイスコアに記録されている古環境情報を正確に解読したり、氷床底面近傍における極限生物の生態を議論したりするうえで不可欠な情報となります。

背景

南極氷床は降り積もった雪が圧密・氷化することでできています。氷床氷には雪と一緒に降ってきた不純物が微量に含まれており、これらの不純物の組成を調べることで過去の大気環境に関する知見を得ることができます。しかし、アイスコアを用いて古環境復元を行う際には、氷床内部における物質の凝集・拡散や相変化などの物理化学プロセスを考慮する必要があります。つまり、氷に閉じ込められた不純物などの古環境指標は不変ではなく、時が経つにつれて氷床内での位置や状態が変化していくのです。とりわけ氷床底面の近傍においては、比較的高温・高圧な環境や岩盤との相互作用によって、古環境情報が無視できない変調を受けている可能性があります。氷床における不純物の分布と組成は、その内部や底面に生息する微生物にも大きな関わりがあります。不純物は微生物にとって栄養源であり、生態環境を左右する要素でもあります。しかし、厚さ数千メートルにもなる氷の最深部にアクセスすることは容易ではなく、その実態を把握するための情報が極めて乏しい状況でした。

手法

本研究では、ドームふじの深層氷(最深部である3000~3035m深から回収されたアイスコア)の物理化学的性質を詳細に調べました。具体的には、X線回折を用いた氷結晶の構造解析、イオンクロマトグラフ・質量分析器・レーザーパーティクルカウンターによるイオン濃度・水同位体比・不溶性固体微粒子濃度の測定、走査型電子顕微鏡(SEM)/エネルギー分散型X線分析装置(EDS)ならびに顕微ラマン分光器を用いた不純物の構造解析、氷体内部の光学顕微鏡観察を行いました。

また、深層氷の起源と履歴を明らかにするため、深層氷と、浅層氷(0~13万年前、およそ0~1750m深)に含まれるイオンの濃度と水の酸素同位体比に対して主成分分析を行いました。

これらの多岐にわたる情報を系統的に取得して総合的に解析することで、氷床最深部の環境やそこで生じている物理化学プロセスを解明しました。

成果

ドームふじ深層氷に含まれるイオン(水溶性不純物)の濃度は特異な深さプロファイルを示しました。すなわち、図2の深さゾーン1~2(3000~3028m深)においてほぼ一定だったイオン濃度が、ゾーン3(3028~3033m深)で減少傾向に転じ、最深部のゾーン4(3033~3035m深)で急激に低下していました。

まず、解析したアイスコア全層にわたって、降雪の圧密・氷化過程で取り込まれたと考えられる空気がハイドレートの形で存在しており、水の酸素および水素同位体比が天水(降雪)特有の組成比を有することから、深層氷の起源は全て天水と考えられます。さらに、主成分散布図(図3)において、深層コアのデータは温暖期の領域に位置し、ゾーン1からゾーン4まで連続的に分布していることが見出されました。これらの主成分分析の結果は、深層氷は温暖期の天水に由来し、全て同様の初期化学組成を有していたことや、それが深さ(時間)とともに徐々に変化していったことを示唆しています。

また、氷結晶・不純物の詳細な観察や構造解析の結果、イオン濃度の傾向が変化するのと同じタイミングで、深層氷の物理化学特性が顕著に変化することを見出しました。

深さゾーン1~2においては、不純物の多くが氷結晶粒内に分散するハイドレート表面に存在していました。ところが、ゾーン3に入ると空気ハイドレートが崩壊しはじめ、分離・微細化したハイドレート粒子がついには氷結晶粒界(氷結晶の境目)に析出する様子が観察されました(図4)。ゾーン3~4の氷結晶に高い密度で転位(注2)が含まれることから、氷床最深部の氷は盛んに変形していたと考えられます。この大きな変形作用によって、ハイドレートやそこに付着していた不純物の変態が生じ、さらにはこれら含有物の再配分が誘発されたと思われます。また、氷床最深部の温度は氷の融点に極めて近かったことから、氷結晶の大規模な部分融解が生じていたことが理論的に予想されます。

上記の結果や事象を総合的に考えて、以下のような物理化学プロセスが氷床深部で進行していたと思われます(図5)。1)深さゾーン1~2までは化学成分の大半がハイドレート表面に固定されていた(気候情報の保持)、2)ゾーン3の深度になると(恐らく基盤地形との相互作用による応力場に起因する)不純物粒子の再分布がはじまって氷結晶粒界に析出し、さらにベイン(水路)を介して下方に流れた(気候情報の改変)、3)最深部(ゾーン4)では高温・高圧環境のために氷の再結晶や部分融解が急速に進行し、劇的な不純物の流出イベントが生じた。

今回明らかになった氷床深部における不純物の分布と化学状態は、従来の微生物学者の想定と大きく異なります。氷床氷の結晶粒界は生命活動に欠かせない化学成分(不純物)のたまり場であり、そのたまり場こそが微生物の生息場所と考えられていました。しかし実際には、氷床最深部を除いて不純物の大半はハイドレート粒子の表面に濃縮されています。今後ハイドレートの表面における微生物活動の可否を議論する際には、氷結晶粒界と違ってそこは閉鎖的な系であること、また空気ハイドレートからのガス成分が溶け込んでいるために好気的な(酸素に富んだ)環境であることなどを考慮する必要があります。

今後への期待

本研究によって,氷床深部における化学成分の分布と化学状態や、その変遷メカニズムに対する理解が飛躍的に進みました。ドームふじアイスコアの解析結果は、古気候情報は最深部(ゾーン3~4)では化学成分の移動に伴う大規模な改変を受けているものの、それ以浅においてはハイドレートによる固定効果で良好に保持されていることを示唆しています。大規模な氷の融解(ベインの発達)さえ起こらなければ、化学成分の流出イベントは発生しないと考えられるため、今後比較的低温環境下に置かれている古い氷を探し当てれば、そこから保存状態の良い古環境情報を抽出できるようになるでしょう。氷床微生物学については、今回明らかになった、生命維持活動に密接に関わる、氷の物理化学構造に関する新たな知見に基づいて、議論が進むことが期待されます。

本研究は、日本学術振興会の科研費(Grant Number: 21221002、26257201)および北海道大学低温科学研究所一般共同研究の助成を受けてなされたものです。研究成果は、米国科学雑誌「Journal of Geophysical Research: Earth Surface」に掲載され、当該号のカバーイメージにも採用されました。

論文出版情報

掲載誌:Journal of Geophysical Research: Earth Surface, Volume 121, Issue 7, July 2016, Pages 1230–1250
URL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2015JF003777/pdf
タイトル:Physicochemical properties of bottom ice from Dome Fuji, inland East Antarctica
著者(*は共同筆頭著者):大野浩1,2*、飯塚芳徳3*、堀彰1、宮本淳4、平林幹啓2、三宅隆之2、倉元隆之2、藤田秀二2,5、瀬川高弘2,6,7、植村立8、櫻井俊光2、鈴木利孝9、本山秀明2,5
所属:
 1 北見工業大学
 2 国立極地研究所
 3 北海道大学低温科学研究所
 4 北海道大学高等教育推進機構
 5 総合研究大学院大学
 6 新領域融合研究センター
 7 山梨大学総合分析実験センター
 8 琉球大学
 9 山形大学

注1:空気ハイドレートは、空気と氷(水)が低温・高圧下で反応することで形成される結晶です。水分子が結合してできた籠状構造の中に、空気を構成するガス分子が取り込まれています。

注2:転位とは結晶に含まれる線状の結晶欠陥のことです。結晶の変形の度合いに応じて転位が増加するので、転位密度は変形作用の指標となります。

参考図

図1:南極氷床における研究試料の採取地点。

図2:各種イオン濃度の深さ変化。濃度はゾーン1(3000~3018m)の平均値に対する相対値で示してある。イオン濃度は、ゾーン1~2にかけては顕著な変化を示さないが、ゾーン3で減少傾向に転じ(Cl-を除く)、ゾーン4で急激に低下している。

図3:ドームふじ浅層(0~13万年前)および深層(3000~3035m深)アイスコアにおけるイオン濃度と水の酸素同位体比に対する主成分解析結果。MISは海洋酸素同位体ステージを意味する。深層コアのデータは温暖期の領域に位置し、ゾーン1からゾーン4まで連続的に分布していることが見て取れる。

図4:アイスコア内部の光学顕微鏡写真。ゾーン1~2まで空気ハイドレート表面に選択的に存在した不純物が、ゾーン3~4にかけて深さとともにハイドレート表面から分離する様子が観察された。

図5:氷床最深部における物理化学プロセスの模式図。比較的浅い深度で不純物の大部分はハイドレート表面に固定されている(ゾーン1~2)。深さとともに、温度・圧力・応力場が増大し、化学成分の再配分や氷結晶の部分融解が促される(ゾーン3~4)。氷結晶粒界に析出した不純物は熱力学的濃度勾配によってベイン(水路)を介して下方に移流する。

お問い合わせ先

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TEL:042-512-0655

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