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研究成果

『明月記』と『宋史』の記述から、平安・鎌倉時代における連発巨大磁気嵐の発生パターンを解明

2017年3月21日
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館
国立大学法人 総合研究大学院大学
国立大学法人 京都大学

国立極地研究所(所長:白石和行)、国文学研究資料館(館長:今西祐一郎)、京都大学(総長:山極壽一)等の研究者からなる研究グループは、『明月記』などの古典籍に残されたオーロラの記述と、樹木年輪の炭素同位体比を比較することなどにより、平安・鎌倉時代における巨大磁気嵐(注1)の発生パターンを明らかにしました。本研究は、総合研究大学院大学(学長:岡田泰伸)の複合科学研究科極域科学専攻と文化科学研究科日本文学研究専攻の学融合共同研究事業「オーロラと人間社会の過去・現在・未来」及び「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」の中で実施されました。

藤原定家(1162-1241)が残した『明月記』には、1204年2月21日と23日、京都でオーロラが見えたとの記述があります。これは1週間のうちに何晩も、京都のような緯度の低い地域でオーロラが観測された「長引く赤いオーロラ」の記録としては、これまでに調査されている中では日本で最古のものです。中国の歴史書『宋史』には、同じ2月21日に、太陽に大きな黒点が観測されたという記述があります。これらの記述は、現代的な観測データから推定する限り、太陽から噴き出たコロナ質量放出(注2)が何度も地球に直撃することで、大きな磁気嵐が単発で終わらず何度も発生する「連発巨大磁気嵐」が起こっていたと考えられます。
研究グループは、さらに時代を遡って連発巨大磁気嵐の発生パターンを検討するため、『宋史』における900年代~1200年代の「長引く赤いオーロラ」の記録と、太陽活動の強弱を反映する樹木年輪の炭素同位体比の測定データを比較しました。その結果、太陽活動の極小期前後よりも、極大期付近に多く記録されていたこと、また、太陽活動が長期的に弱くなった1010~1050年には、そのような「長引く赤いオーロラ」の記述がないことが明らかになりました。

これらの知見は、今後の最悪の磁気嵐を予測する上で重要な情報となります。本研究は米国地球物理学会の発行する学術誌「Space Weather」にオンライン掲載され、同誌のEditors’ Highlightに選ばれました。

太陽活動の変動は、地球に住む我々と無関係ではありません。特に現代では、太陽活動が激しくなり、磁気嵐が発生することで、地上では大規模な停電、宇宙では人工衛星の故障を引き起こすといった実被害に結びつく危険性があり、「宇宙災害」という言葉も生まれています(文献1)。また、大きな磁気嵐の時には、日本のような緯度の高くない地域でもオーロラが観測されることが知られています。

実際に、2003年10月下旬には、太陽活動が激しくなり、太陽に巨大な黒点が発生、地球では巨大な磁気嵐が連日発生し、その結果、多くの人工衛星が故障する「宇宙災害」に見舞われました。この「過去20年で最悪の宇宙環境」は、専門家の間で「ハロウィンイベント」と称されています。同月30日、スウェーデンの南部では停電が発生し約5万人が影響を受けました(文献2)。日本でも同月29日と31日には北海道でオーロラが観測されています。

ハロウィンイベントのような巨大磁気嵐は、非常に稀にしか起こりませんが、そのような宇宙環境に関する過去の記録は、どこまで時代を遡れるのでしょうか?私たちは、そこから何を学べるでしょうか?本研究では、日本および中国の古典籍の記述と、過去の太陽活動の指標となる樹木年輪の測定結果から、過去の巨大磁気嵐の発生パターンを解明することを試みました。

研究の内容

研究グループは、鎌倉時代初期の歌人・藤原定家の日記『明月記』に記録された、「赤気」(オーロラの意)の記述に注目しました。『明月記』には、1204年2月21日の京都の夜空に「赤気」が現れて恐ろしい様子だという記述が残されており、それが一晩では終わらず、2月23日にも、また「赤気」が出現したと記されています。これは、現在調査されている日本の文献の中では、最古の「長引く赤いオーロラ」の記録です。また、『御室相承記』にも、同月21日、22日、23日と3日連続で「赤気」が現れ、高野山参詣をとりやめた、という記述があり、京都で複数の目撃例が残っていたことになります。以下に『明月記』の記述と現代語訳を示します。(斜字体は文献からの引用部分。以下同。)

『明月記』
建仁四年正月十九日 天晴(中略)
秉燭以後、北并艮方有赤気、其根ハ如月出方、色白明、其筋遙引、如焼亡遠光、白色四五所、赤筋三四筋、非雲、非雲間、星宿歟、光聊不陰之中、如此白光、赤光相交、奇而尚可奇、可恐々々

廿一日 天晴 風烈(中略)秉燭以後、北艮方又有赤気、如隔山焼亡、重畳尤可恐、

現代語訳: 1204年2月21日、晴れ。(中略)燭台に燈をともす頃(日が暮れてから)、北及び東北の方向に赤気が出た。その赤気の根元のほうは月が出たような形で、色は白く明るかった。その筋は遠くに続き、遠くの火事の光のようだった。白気(白いところ)が4、5箇所あり、赤い筋が3、4筋出た。それは雲ではなく、雲間の星座でもないようだ。光が少しも翳ることのないままに、このような白光と赤光とが入り交じっているのは、不思議な上にも不思議なことだ。恐るべきことである。

1204年2月23日、晴れ。風が強い。(中略)燭台に燈をともす頃(日が暮れてから)、北・東北の方向に再び赤気が現れた。それは山の向こうに起きた火事のようだった。重ね重ねとても恐ろしい。

研究グループは古典籍に残された太陽活動の記録を調査する中で、中国の歴史書『宋史』にたびたび記録されている太陽黒点が、『明月記』イベントと同じ1204年2月21日にも記録されており、その日は特に大きかったことも見出しました(注3)。

『宋史』 天文五p1088
嘉泰四年正月癸未…日中皆有黑子大如棗。

現代語訳: 1204年2月21日、太陽の中に黒点がありナツメのように大きい。

また、本研究では過去2000年の京都の磁気緯度の計算も行いました。その結果、『明月記』が記された1200年頃は地磁気の軸が今とは逆に日本のほうへ傾いており、過去2000年間で、日本からオーロラが最も観測しやすい時期であったことが明らかになりました。この時期に、定家という偉大な文筆家が存在し夜空の情報を残していたのは、とても幸運なことと言えるでしょう。

過去の研究で、『明月記』と『宋史』、それぞれの文献についての調査はなされていましたが、今回、2つの文献の記録を突き合わせることで、約800年前の“ハロウィンイベント”が「地球での現象」と「太陽の現象」の両面から再確認されました。つまり、定家の見た「赤気」は見間違いではなく、確かに太陽の異常を反映して日本の空にオーロラが出ていたことが、科学的に追及され、確かめられたことになります。

続いて研究グループは、このような巨大磁気嵐が、やはり太陽活動の活発なときに多かったのか、あるいはランダムに発生するものなのかを検証しました。『宋史』で900年代~1200年代の記録を調べると、長引く赤いオーロラが見られた事例が十数例見つかりました。また、樹木年輪の炭素同位体比から、当時の太陽活動の強弱を高精度で復元できます。この2つのデータを比較したのが下図です。

図:樹木年輪から復元された太陽活動の変化(黒・青・赤のグラフ。色は分析に用いられた樹木の違いを表す)。C01~C10の縦線は、中国で長引く赤いオーロラが見られた日を示す。また、太陽活動が長期間にわたり低下した「オールト極小期」、長期間にわたり激しくなった「中世の極大期」の年代も示した。
グラフの曲線から、太陽活動が11年周期で変動しており、長引く赤いオーロラの見られた日は、この11年周期の極小期よりも極大期付近にあることがわかる。また、太陽活動が長期間にわたり弱くなった「オールト極小期」には、長引く赤いオーロラは記録されていない。

比較の結果、11年周期の太陽活動の極小期の前後よりも極大期付近に、長引く赤いオーロラが多く記述されていることが明らかになりました。また、太陽活動が極端に不活発な状態が長期的に続いた1010年~1050年の「オールト極小期」には、長引く赤いオーロラが見られたという記録が、『宋史』中に一例も見つからないということも判明しました。

研究の意義

定家の観た連夜の「赤気」と、中国で観察された大きな「黒子」は、過去最悪の宇宙環境を調べる重要な手がかりが800年前にも存在することを気づかせてくれました。さらに、当時の地球を生きた樹木は太陽活動のリズムを教えてくれました。文献と年輪と宇宙との三位一体の形で、こうした発見に繋がったのです。また、このような研究は、自然科学と人文科学という、異分野の研究者が密接に協力して初めて実現できるものです。

本研究で得られた結果は、科学的には、将来起こりうる最悪の宇宙環境を理解、予測し、「宇宙災害」への具体的な対策を立てる上で重要です。また、人文学的側面としては、過去の宇宙環境が解明されることで、古典籍の読み方も変わってくる、つまり、当時の人々の天文観へのより深い理解に役立つことが期待されます。

発表論文

タイトル:Historical space weather monitoring of prolonged aurora activities in Japan and in China
雑誌:Space Weather
著者:
片岡龍峰(国立極地研究所/総合研究大学院大学)、磯部洋明(京都大学)、早川尚志(京都大学)、玉澤春史(京都大学)、河村聡人(京都大学)、宮原ひろ子(武蔵野美術大学)、岩橋清美(国文学研究資料館)、山本和明(国文学研究資料館)、武居雅子(総合研究大学院大学)、寺島恒世(国文学研究資料館/総合研究大学院大学)、鈴木秀彦(明治大学)、藤原康德(総合研究大学院大学)、中村卓司(国立極地研究所/総合研究大学院大学)
URL: http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2016SW001493/abstract
DOI: 10.1002/2016SW001493
論文公開日: 2017年2月27日

注1 磁気嵐: 地磁気が、世界規模で数日間弱くなる現象。大規模な磁気嵐では、活発なオーロラ活動によって地上の送電網に誘導電流が流れて停電が発生したり、人工衛星の故障が引き起こされたりする場合がある。

注2 コロナ質量放出:太陽フレアと呼ばれる爆発に伴って、大量のプラズマが太陽磁場を引き連れて一気に宇宙空間へ噴き出す現象。

注3 発見の経緯については、片岡著『宇宙災害』(文献1)に詳しい記述がある。以下のウェブサイトではそのページの一部を見ることができる。
https://www.kagakudojin.co.jp//files/actibook/252689/_SWF_Window.html

文献

文献1: 片岡龍峰(2016) 『宇宙災害』 化学同人

文献2: Pulkkinen, A., S. Lindahl, A. Viljanen, and R. Pirjola (2005), Geomagnetic storm of 29--31 October 2003: Geomagnetically induced currents and their relation to problems in the Swedish high-voltage power transmission system, Space Weather, 3, S08C03, doi:10.1029/2004SW000123.

研究サポート

本研究は、総合研究大学院大学の学融合共同研究事業「オーロラと人間社会の過去・現在・未来」、および、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」、人間文化研究機構機構長裁量経費「機関拠点型基幹研究PJにおける異分野融合研究創成に関するプロトタイププログラム作成事業」、京都大学の「宇宙における人類の総合的研究」の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授 片岡龍峰

報道について

国立極地研究所 広報室
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