大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所ホーム>研究成果・トピックス

研究成果

人為起源の黒色酸化鉄粒子による大気加熱効果を発見

2017年5月17日掲載
東京大学大学院理学系研究科
気象庁気象研究所
情報・システム研究機構 国立極地研究所

発表のポイント
  • 独自の分析装置を搭載した航空機観測により、対流圏中に人為起源の黒色酸化鉄粒子が多量に存在することを発見し、その粒径別数濃度を観測した。
  • 観測データに基づく大気放射計算から、人為起源の黒色酸化鉄粒子が、気候に影響を与えうるほどの大気加熱効果をもつことを明らかにした。
  • 産業革命以降の人為起源の黒色酸化鉄粒子の放出量の増大が、平均気温や水循環の変化に影響している可能性が示唆される。

地球大気に浮遊する微粒子(エアロゾル)のうち、黒い物質からなる粒子は、太陽光吸収により大気や雪氷面の加熱をもたらします。黒い粒子による加熱は、気候全体の温暖化の一因となるだけでなく、降水量や雪解け速度など水循環にも影響を及ぼします。これまで人為起源の黒い粒子としては、化石・バイオ燃料燃焼時に放出される主に炭素から構成されるもの(炭素性粒子)しか知られていませんでした。東京大学大学院理学系研究科の茂木信宏助教、気象庁気象研究所の足立光司主任研究官、国立極地研究所の近藤豊特任教授らの研究グループは、独自開発の分析装置を搭載した航空機観測により、人為的な高温プロセスで生成した黒色の酸化鉄粒子が、東アジア上空の対流圏に高い質量濃度で存在していることを発見しました。同時に、観測データに基づいた理論計算から、この黒色酸化鉄粒子が炭素性粒子に比べて無視できない程度に大きい大気加熱効果をもつことを示しました。この結果から、温暖化や水循環変化の一因となる人為起源の黒い粒子として、炭素性粒子だけではなく、黒色酸化鉄粒子も重要である可能性が示されました。この研究が進むことで、未解明な現象が多い気候変動の解明に向けて、その不確実性を減らすことが期待されます。

地球大気に浮遊するエアロゾルには、硫酸塩や有機物などの白い粒子と、煤などの黒い粒子があります。前者は太陽光を散乱するため地球表層を冷却しますが、後者は大気中や雪氷面で太陽光を吸収するため地球表層を加熱し、また地上に届く光の量を減らします。人間活動に伴う黒い粒子の増加は温暖化の一因となるだけではなく、対流圏の不均一な加熱により雲量・降水量の空間分布を著しく変化させます。さらに大山岳地帯における雪氷の融解を加速し、広大な平野部の水資源の量に影響を与えていると考えられています。このため、産業革命以降の温暖化や水循環の変化要因を分析するためには、人間活動で放出される黒い粒子の影響を定量的に考慮することが必要です。これまで人為起源の黒い粒子としては、炭素性粒子しか知られていませんでした。具体的には、真っ黒な固体粒子であるブラックカーボンと、茶褐色の液体粒子であるブラウンカーボンです。これらの炭素性粒子については、発生源・放出量の空間分布や対流圏中の濃度など、基礎的なことがおおよそ明らかになっているため、スーパーコンピュータを用いた気候の数値シミュレーションにも反映され始めています。

今回、研究グループは、独自開発の分析装置を搭載した航空機観測により、東アジア上空の対流圏において、黒色の酸化鉄粒子がブラックカーボンの少なくとも40%(注1)の質量濃度で存在していることを発見しました。観測時に捕集したエアロゾル試料の電子顕微鏡観察から、この黒色酸化鉄粒子は何らかの高温プロセスで生成したマグネタイト(注2)のナノ粒子の凝集体であることもわかりました(図1)。このような黒色酸化鉄粒子は、自動車のエンジンやブレーキの高温部、製鉄工程などから発生しうることが先行研究から示唆されていますが、大気中の濃度については全くわかっていませんでした。本観測により、対流圏広域にわたる人為起源の黒色酸化鉄粒子の粒径別数濃度・質量濃度が初めて明らかになり、さらに、本観測データに基づく大気放射計算(注3)から、東アジア上空における黒色酸化鉄による大気加熱率は、ブラックカーボンによる大気加熱率の少なくとも4%~7%(注4)である事を示しました(図2)。この数値を人為起源炭素性粒子についての先行研究結果と比較すると、黒色酸化鉄の大気加熱率はブラウンカーボンと同程度に大きいといえます。また、黒色酸化鉄粒子の粒径分布は炭素性粒子とは著しく異なり、エアロゾル-雲-放射の相互作用(注5)の仕方が炭素性粒子とは異なる可能性が示唆されます。黒色酸化鉄の発生要因別の放出量は分かっていませんが、これについても炭素性粒子とは異なることが推察されます。主要な発生要因が異なれば、地球環境改善のための政策方針が異なるだけでなく、放出量の増減が気候へ及ぼす影響も変わります。

本研究の結果から、今後の温暖化や水循環に関わる気候研究において、大気や雪氷面の加熱の原因となる人為起源の黒い粒子として、炭素性粒子だけではなく、黒色酸化鉄粒子も考慮することの重要性が示されました。第一に、黒色酸化鉄粒子の発生要因別の放出量など、スーパーコンピュータを用いた気候の数値シミュレーションに必要な基礎データを整備することが必要です。また、ごく最近の研究により、都市大気中に存在する黒色酸化鉄粒子(マグネタイトのナノ粒子の凝集体)が呼吸を介して人間の脳組織の中に取り込まれていることが判明し、健康被害を及ぼしている可能性が指摘されています。気候影響だけではなく健康影響の観点からも、人為起源の黒色酸化鉄粒子の実態を解明することが重要です。

最後に、本研究を可能にした3つの先端技術を紹介します。1つ目は、大気エアロゾル中10万個のうち黒色酸化鉄粒子が1個しかない程度の状態でも、他のあらゆる種類の粒子と判別した上で、一粒一粒の質量をリアルタイムで連続的に測定する技術です。この技術は単一粒子レーザー誘起白熱法(注6)という原理に基づいており、第一、第三、第四著者が中心となって開発しました。2つ目は、透過型電子顕微鏡を用いた数ナノメートルの空間分解能を持つ局所的な組成分析技術です。多数の酸化鉄粒子の組成分析の結果から、レーザー誘起白熱法で検出された黒色酸化鉄粒子が人為起源のマグネタイトのナノ粒子の凝集体であることが解明されました。これは熟練した電子顕微鏡分析のスキルを持つ第二著者によるものです。3つ目は、金属ナノ粒子の巨大な凝集体のような複雑形状粒子による太陽光吸収率を、物理法則に忠実かつ現実的な計算時間で求めることが可能な光散乱シミュレーションコード(注7)です。これは第一著者が開発しました。

なお本研究は、JSPS科研費(課題番号15H02811, 15H05465, 16K16188)、環境省推進費(課題番号A-1101, 2-1403, 5-1605)、GRENE北極気候変動研究事業、ArCS北極研究推進プロジェクトの支援を受けて行われました。

注1: 少なくとも40%
本研究の航空機観測では、粒径600nm以上の黒色酸化鉄粒子のうち、ある割合は、外気を機内の分析装置まで導入する配管内で重力沈降により損失してしまい、また検出可能上限である粒径2100nmを超える大粒径の黒色酸化鉄粒子は観測できていない(図2)。すなわち、実際の黒色酸化鉄粒子の質量濃度はこの観測値よりは大きい。そのため、結果の数値に「少なくとも」をつけている。

注2: マグネタイト(Magnetite)
化学式Fe3O4の四酸化三鉄の鉱物名。磁性を持つ黒色の酸化鉄。

注3: 大気放射計算
各粒径の粒子の光吸収断面積を、現実的な粒子形状や物性を仮定した光散乱シミュレーションで計算し、また各高度における太陽放射フラックスを放射伝達シミュレーションで計算する。これらの計算値と粒径別数濃度の観測データから、その粒子に起因する大気加熱量が求まる。

注4: 少なくとも4%~7%
4%, 7%は粒子の混合状態の不確実性に起因する結果の下限と上限。「少なくとも」の理由は注1と同じで、実際の値はこれよりも大きい。

注5: エアロゾル-雲-放射の相互作用
エアロゾルが雲のでき方や光学特性を変えることで放射場へ影響を及ぼしたり、エアロゾルによる大気加熱が雲のでき方を変えたりすること。例えば、雲凝結核として働くエアロゾルが増えると、雲の太陽光反射率が上がり地球表層を冷却する。黒いエアロゾルは、大気加熱によって雲の発生を抑制したり、雲凝結核として雲粒に取り込まれ雲の太陽光吸収効率を高めたりする。

注6: 単一粒子レーザー誘起白熱法
連続発振の共振器内レーザーのビームに対して、直交する方向から微粒子を横断させ、粒子がビーム横断している最中の散乱光と白熱光(可視帯の熱輻射光)の時間波形を計測する。その時間波形をもとに、黒い粒子の種類(ブラックカーボンまたは黒色酸化鉄)の判別、粒子質量の定量、他の成分との混合状態の判別を行う。

注7: 光散乱シミュレーションコード
太陽光などの電磁波を、エアロゾルなどの微粒子がどのように散乱・吸収するのかを、マクスウェル方程式を数値的に解くことにより求める計算コード。本研究では、金属ナノ粒子の凝集体で特に起こりやすい離散化誤差を低減し、かつ多数の回転配向についての平均値を効率的に計算できる光散乱シミュレーションコードを開発した。

掲載論文

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Anthropogenic iron oxide aerosols enhance atmospheric heating
著者:Nobuhiro Moteki *, Kouji Adachi, Sho Ohata, Atsushi Yoshida, Tomoo Harigaya, Makoto Koike, and Yutaka Kondo
DOI番号:10.1038/NCOMMS15329
URL:https://www.nature.com/articles/ncomms15329

図1:航空機観測で捕集したエアロゾル試料中の黒色酸化鉄粒子の透過型電子顕微鏡画像の例(パネルa,b)。パネルcは、パネルa, bの黒色酸化鉄粒子が捕集プレート上で互いに近い位置にあることを示している。パネルd, eはそれぞれパネルa,bの粒子についての鉄・酸素原子の濃度分布を表す。

図2:ブラックカーボンと黒色酸化鉄について、観測された粒径別数濃度に基づいて算出した粒径別の大気加熱率(実線)。航空機観測で用いた吸気配管の粒子透過効率も示した(破線)。黒色酸化鉄の検出粒径範囲は赤実線が示された横軸範囲の170nm < Dm < 2100nm。粒子透過効率と検出粒径範囲の制限のため、本研究では、黒色酸化鉄の実際の大気加熱率を過小評価している。

ページの先頭へ