最速で瞬くオーロラの撮影に成功
2017年5月19日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科
国立大学法人名古屋大学
国立大学法人京都大学
福田陽子氏(論文執筆当時:東京大学大学院理学系研究科博士課程(国立極地研究所特別共同利用研究員))と国立極地研究所(所長:白石和行)の片岡龍峰准教授を中心とする、東京大学、名古屋大学、京都大学等の共同研究グループは、3年間にわたるオーロラの連続高速撮像により、これまで観測された中で最速のオーロラの明滅現象を発見し、発生メカニズムを明らかにしました。
オーロラと聞くと、ゆっくりとゆらめく光のカーテンを思い浮かべるかもしれません。ところが、ブレイクアップと呼ばれるオーロラの爆発現象が起こると、カーテンの一部で明るさや動きが非常に激しく変化する「フリッカリング」という現象が見られることがあります。このフリッカリングオーロラ(動画1)は、オーロラ現象の中でも明るさが最も速く変化するもので、酸素イオンのサイクロトロン振動数(注1)に相当する1/10秒前後の周期で明滅していることが報告されています。本研究では、さらに高速の明滅を検出するため、毎秒160フレームの撮影が可能な高速撮像カメラを使用して連続観測を実施しました。その結果、酸素イオンによる1/10秒周期の明滅と同時に、1/50秒周期の明滅や、1/80秒周期という高速の明滅を発見しました。これは、フリッカリングオーロラが酸素イオンだけではなく、水素イオンの影響を受けた電磁イオンサイクロトロン波(注2)によっても引き起こされている証拠と言えます。この結果は、オーロラの発生要因である電子とプラズマ波動の相互作用についての理解に貢献することが期待されます。
動画1:フリッカリングオーロラ。真ん中の淡いピンク色の部分が明滅する。撮影:Ayumi Y. Bakken、撮影地:米・アラスカ州フェアバンクス、撮影日時:2015年3月18日、再生速度:1倍速。
研究の背景
フリッカリングオーロラは、カーテン状オーロラの一部で明るさや動きが1/10秒前後の速さで周期的に変化するオーロラで、これまでの研究から、高さ数千kmの「オーロラの加速領域」(図1左、注3)にその明滅の原因があると考えられています。オーロラの元となる電子やイオンは、地球の磁力線の周りをサイクロトロン振動数と呼ばれる周期でらせん運動しており、1/10秒周期というリズムは、この高度に存在する酸素イオンのサイクロトロン振動数に相当します。さらに、ロケットや衛星によって酸素イオンのサイクロトロン振動数に近いプラズマ波動が観測されていることから、電磁イオンサイクロトロン波と呼ばれる波と電子の共鳴相互作用が、フリッカリングオーロラの形成メカニズムとして有力視されています(図1右)。
図1:オーロラの加速領域と、フリッカリングオーロラの形成メカニズムの概念図。
この高度には、酸素イオンのほかに水素イオンも存在しており、水素イオンの振動数に近いプラズマ波動がロケット等で観測されています。しかし、従来のカメラでは高速の明滅を捉えられなかったため、水素イオンに対応して発生すると考えられる、さらに高速のフリッカリングオーロラは観測されていませんでした。また、そもそも、フリッカリングオーロラの発生を待ちかまえて膨大なデータを取り続けることが困難で、フリッカリングオーロラが一体どれだけ速く明滅するかも十分に理解されていませんでした。
酸素イオンと水素イオンの両方の明滅周期を持つフリッカリングオーロラを発見できれば、電磁イオンサイクロトロン波がフリッカリングオーロラを形成することを示唆する、有力な証拠と言えます。
研究の内容
研究グループは、フリッカリングオーロラの明滅速度を詳細に調べるため、水素イオンに対応して発生する明滅をも観測できるよう、シャッター速度1/160秒のカメラ(図2)を用いて、冬季の約4ヶ月間の連続観測を、2014年から3年間にわたってアラスカで実施しました。
2016年3月19日、高速カメラは2014年以降の毎秒160フレーム観測でトップ5に入る明るさのオーロラを捉えました。その日に撮影した連続高速撮像の結果を詳しく解析した結果、1/80秒周期で振動するフリッカリングオーロラが、ブレイクアップの起きた最も明るい瞬間で観測されていることが分かりました。このフリッカリングオーロラは、動画2で示すように明るさも動きも非常に激しく複雑な乱流構造の一部で観測されていました。その時の1秒間をスロー再生したものが動画3で、視野の左端でオーロラが約1/10秒の周期で明滅し、×印の領域でさらに高速のフリッカリングが出現している様子が分かります。
図3は、典型的な1/10秒周期と高速のフリッカリングオーロラの位置関係と、2つのフリッカリングオーロラを南北方向にスライスした時の発光強度の時間変化を示しています。×印の周辺のオーロラの明るさの変化をより詳細に解析した結果が図4で、AとBの瞬間に1/60~1/50秒や1/80秒といった高速の明滅現象が観測されていることが分かりました。1/80秒という高速の明滅は、酸素イオンでは説明できず、水素イオンの寄与(注4)を初めて示唆するものです。また、この高速の明滅が典型的な1/10秒周期の明滅と同時に観測されたことから、フリッカリングオーロラを引き起こす原因は、酸素と水素の両イオンの影響を受けた電磁イオンサイクロトロン波であると考えられます。
図2:アラスカ大学のポーカーフラット実験場内にあるオーロラ観測施設に設置した高速カメラ。
動画2:毎秒160フレームの高速カメラが捉えたオーロラの乱流構造。
最も明るくなった1分間の様子を1倍速で再生。上が北、左が東。視野は14.8度 × 7.4度。
動画3:乱流構造の一部で現れたフリッカリングオーロラ。1秒間の様子を1/4倍速で再生。×印の周辺で最速の明滅が観測された。
図3:典型的な1/10秒周期のフリッカリングと高速フリッカリング(×印)の出現場所(上)、
南北方向に沿った発光強度の時間変化(下)。赤い矢印の先が、高速な明滅の“明”を表している。
図4:高速フリッカリングが観測された周辺(×印)での発光強度(上)と明滅周期(下)の時間変化。
今後への期待
オーロラの加速領域では、加速された電子やイオンにより様々なプラズマ波動が発生しています。また、今回の研究からも、そのプラズマ波動によって電子やイオンが再び影響を受けるというような複雑なエネルギーのやりとりが起きていることが推定されます。地球のように磁場を持つ天体は宇宙にあふれており、そのような天体では、加速粒子によるプラズマ波動の励起や、プラズマ波動と粒子の相互作用が普遍的に起こっていると考えられますが、その詳細を観察できるのは、現在のところ地球のオーロラだけです。宇宙空間でのプラズマの基本的な在り方を理解するために、今後、プラズマ波動と粒子の相互作用は地球物理学で追及すべき重要な課題であると言えます。
また、本研究で1/80秒周期という速いオーロラの変動が見つかったことにより、極限的なオーロラの未知の姿を明らかにするためにも、今後さらに高速で記録していく必要があることも分かりました。研究グループでは現在、毎秒320フレームでの連続観測を実施しています。
注
注1: サイクロトロン振動数
電子やイオンが磁力線の周りを円運動することをサイクロトロン運動と呼ぶ。サイクロトロン振動数はこの運動の角振動数で、電子やイオンの質量に反比例するため、軽いイオンほど振動数が高い。また、磁場の強度にも比例するため、磁場の強い低高度ほど振動数が高い。
注2: 電磁イオンサイクロトロン波
宇宙空間に存在するプラズマ波動の一種で、空間に存在するイオンの種類(酸素、ヘリウム、水素など)に応じたサイクロトロン振動数で振動する。
注3: オーロラの加速領域
カーテン状オーロラを形成する電子は、高さ数千kmに発生する電場で加速されることで、オーロラの発光層(高さ百~数百km)まで降下する。オーロラの加速領域では、加速電子やイオンによって様々なプラズマ波動が発生している。
注4: 水素イオンの寄与
オーロラの加速領域高度での酸素、ヘリウム、水素イオンの典型的なサイクロトロン振動数は、それぞれ1/10秒、1/40秒、1/160秒である。一方、電磁イオンサイクロトロン波の振動数は、波の伝わる方向で決まる性質があり、水素イオンの場合、1/160~1/40秒の幅を持つ。(オーロラの加速領域の低い所では、サイクロトロン振動数はさらに約2倍速いこともあるため、波の振動数は1/320~1/80秒となることから、1/80秒という明滅が水素イオンに起因するものと考察した)
発表論文
掲載誌:Geophysical Research Letters
タイトル:First evidence of patchy flickering aurora modulated by multi-ion electromagnetic ion cyclotron waves
著者:
福田陽子(論文執筆当時: 東京大学 大学院理学系研究科 博士課程(国立極地研究所 特別共同利用研究員))
片岡龍峰(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 准教授)
内田ヘルベルト陽仁(総合研究大学院大学 複合科学研究科 博士課程)
三好由純(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 准教授)
Donald Hampton(米・アラスカ大学フェアバンクス校)
塩川和夫(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 教授)
海老原祐輔(京都大学 生存圏研究所 准教授)
Daniel Whiter(英・サウサンプトン大学)
岩上直幹(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
関華奈子(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
URL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2017GL072956/abstract
DOI:10.1002/2017GL072956
受理原稿公開日:2017年4月25日
論文公開日:2017年5月13日
研究サポート
本研究はJSPS科研費(19403010、25302006、15H05747、15H05815、16H06286、15J07466)、山田科学振興財団、および名古屋大学宇宙地球環境研究所一般共同研究の助成を受けて実施されました。
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研究内容について
国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授 片岡龍峰(かたおか りゅうほう)
東京大学 大学院理学系研究科(論文執筆当時) 福田陽子(ふくだ ようこ)
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国立極地研究所 広報室
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