大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

北極のブラックカーボン測定の著しい高精度化に成功

2017年9月26日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

化石燃料やバイオ燃料の燃焼で放出されるブラックカーボンは太陽放射を強く吸収します。このためブラックカーボンは地球温暖化を促進すると言われており、その加熱効果は特に北極で大きくなります。ブラックカーボンが地球温暖化に与える影響を推定するためには、その濃度を正確に測定することが求められますが、他のエアロゾル粒子と混合している事などから困難でした。

図1:コスモスを正面から見た写真。コスモスの左側に設置した金属製のヒーターで、取り入れた大気を加熱し、ブラックカーボン以外のエアロゾル粒子を蒸発させて測定を行う。ヒーターにつながった温度計から400℃に加熱中であることが分かる。

国立極地研究所の近藤豊特任教授および東京大学の小池真准教授らの研究グループは、独自の高精度連続ブラックカーボン測定装置コスモス(COSMOS)(注1図1)を開発し、この装置を使って連続観測を行うことで、より高精度にブラックカーボンを測定する方法を確立しました。長期間の高精度なブラックカーボン濃度を取得することができたことは、ブラックカーボンの北極の気候への影響の変化を明らかにし、気候変化を予測するための数値モデルを改良することにつながります。

研究の背景

化石燃料やバイオ燃料の燃焼で煤が大気中に放出されます。煤の主成分であるブラックカーボン(black carbon; BC)は炭素からなる微粒子であり(大部分は直径1μm以下)、グラファイト構造を持っているため太陽放射を強く吸収します(注2)。このためブラックカーボンは地球温暖化を促進すると言われており、その加熱効果は特に北極で大きくなります。これはブラックカーボン粒子が雪氷面に沈着すると、表面反射率が低下し、太陽光が一層吸収されるようになるためです(図2)。ブラックカーボンが地球温暖化に与える影響を推定するためには、その濃度を正確に測定することが求められます。

ブラックカーボンの濃度は採取した大気が吸収する光の量により測定しますが、ブラックカーボンは他のエアロゾル粒子と混在しているため、ブラックカーボンのみを測定することが難しく、これまでその影響を正確に推定することが困難な状況でした(注3)。

図2:地球の気候システムにおけるブラックカーボンの発生源と循環プロセスの概念図。ブラックカーボンを発生させる排出源と、気候システムにおける役割が分かる。
Bond et al. (2013), Bounding the role of black carbon aerosol in the climate system: A scientific assessment, J. Geophys. Res., 118, doi:10.1002/jgrd.50171.

研究の内容

研究グループは、コスモス(COSMOS)と呼ばれる高精度のブラックカーボン連続測定装置を独自に開発しました。コスモスは取り入れた大気を加熱し、ブラックカーボン以外のエアロゾル粒子(硫酸塩、硝酸塩、揮発性有機化合物などからなる)を蒸発させることにより、それらの影響を除いて測定を行うことが可能です。

図3:ブラックカーボンの観測を行ったアラスカのバロー、スピッツベルゲン島のニーオルスンの位置を示す地図。

ただ、海塩粒子(注4)などのエアロゾルは加熱後も残留するため、不確定性を完全に排することは困難でした。そこで研究グループはまず室内実験を行い、この不確定性を定量的に評価する手法を確立しました。しかし、北極でのブラックカーボンの濃度は、これまでコスモスによる観測を行ってきたアジア域などに比べかなり低いため、北極で測定を行おうとする場合、現地での大気観測により海塩粒子の影響を評価する必要がありました。

そこで研究グループは、2012年~2015年に、米・アラスカのバロー、そしてノルウェー・スピッツベルゲン島のニーオルスン(図3)でコスモスを用いてブラックカーボンの測定を行いました。その結果、両地点で測定したブラックカーボンに対する海塩粒子の影響は、年平均で1立方メートル当たり約2ナノグラムと評価されました。これは年平均ブラックカーボン濃度の9%程度と小さいもので、北極におけるコスモスによる測定精度が高いものであることが確認できました。

さらにコスモスの測定精度を総合的に評価するため、ほかの手法で測定されたこの2地点のブラックカーボン濃度と、コスモスの測定結果を比較しました。それにより、コスモスの測定結果は両地点で整合性があり、かつ、ほかの手法に比べて信頼性が高いことが示されました。

また、研究グループは全てのタイプのエアロゾルによる光吸収を測定するPSAP(注5)という測定器を用いて得られた測定結果と、コスモスの測定結果の比較も行いました。これにより、PSAPで測定した光吸収は、コスモスの測定結果に比べ、バローで22%、ニーオルスンで43%高いことが示されました。この比較結果から、PSAPがブラックカーボン以外のエアロゾルの吸収効果の影響を受けていることが分かります。

PSAPで測定された結果が、常にコスモスの測定結果を上回ったという事実をもとに、研究チームは、バロー(1998年~2012年)とニーオルスン(2006年~2012年)の過去の光吸収データを再評価しました(図4)。長期間の高精度なブラックカーボン濃度を取得したことで、北極域の大気中に含まれるブラックカーボン濃度の経年変化が、人為起源の排出量の変化を反映している可能性が明らかになりました。

図4:様々な手法で測定されたニーオルスンでのブラックカーボンの大気中濃度。コスモスで測定されたもの(黒丸)と比べると、これまでに他の研究グループにより発表された測定値(白丸および青四角)は著しく過大評価になっていることが初めて示された。赤線はコスモスでの測定をもとに補正したPSAP測定のブラックカーボン濃度。

今後の展望

ブラックカーボンの測定において、今まで以上に信頼性の高い精度で測定するための有望な方法が確立されたこと、また、このように補正された長期のデータを用いることで、北極でのブラックカーボンの傾向に対する理解が進むことが期待できます。また、ブラックカーボンが北極の温暖化に与える影響理解が深まることで、全球気候モデルの改良に役立つことが期待されます。

なお本研究は、環境省推進費(課題番号A-1101, 2-1403, 2-1703)、JSPS科研費(課題番号12J06736, 23221001, 16H01770)、GRENE北極気候変動研究事業、ArCS北極域研究推進プロジェクトの支援を受けて行われました。
この研究で取得されたデータは著者に連絡することで利用できます(連絡先:kondo.yutaka@nipr.ac.jp)。

注1: COSMOS
Continuous Soot Monitoring System(連続ブラックカーボン測定装置)の略。

注2: 太陽放射を強く吸収します
大気中のほとんどのエアロゾルは白っぽく、太陽光を吸収しないが、ブラックカーボンは例外的に黒いため、太陽光を強く吸収し、大気を加熱する。

注3: これまでその影響を正確に推定することが困難な状況でした
ブラックカーボンのみを選択的に測定することが困難なだけでなく、測定法により測定値が大きく異なるため、ブラックカーボンの定義自体もあいまいな時期が長く続いてきた。本研究は、この問題の解決にも貢献している。

注4: 海塩粒子
大気中に含まれるエアロゾル粒子の一種で、海洋や塩湖の水(海水)が風の作用などで液体の飛沫として空気中に浮遊し、大気中での乾燥により大部分の水分が除去された後に残される塩分からなる微粒子のこと。

注5: PSAP
Particle Soot Absorption Photometer(吸光式煤粒子測定器)の略。

発表論文

掲載誌:JGR-Atmospheres
タイトル:
Evaluation of ground-based black carbon measurements by filter-based photometers at two Arctic sites
著者:
P. R. Sinha(東京大学大学院理学系研究科/Tata Institute of Fundamental Research(インド))
近藤豊(国立極地研究所)
小池真(東京大学大学院理学系研究科)
J. A. Ogren(NOAA/University of Colorado Boulder(米国))
A. Jefferson(University of Colorado Boulder(米国))
T. E. Barrett(Baylor University(米国))
R. J. Sheesley(Baylor University(米国))
大畑祥(東京大学大学院理学系研究科)
茂木信宏(東京大学大学院理学系研究科)
H. Coe(University of Manchester(英国))
D. Liu(University of Manchester(英国))
M. Irwin(Cambustion Ltd(英国))
P. Tunved(Stockholm University(スウェーデン))
P. K. Quinn(NOAA(米国))
Y. Zhao(University of California(米国))
DOI: 10.1002/2016JD025843
URL: http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2016JD025843/abstract
論文公開日: 日本時間 平成29年3月29日(オンライン公開)

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